作品タイトル不明
ダンジョンの代わりに
ダンジョンは世界中にある。
ダンジョン内では資源となる鉱石が採れることもあれば、燃料として使える魔石、そのほかさまざまな物資を得ることができる。
モンスターの素材なんてのは地上では絶対に手に入らないだけにお宝と言えるだろう。
そんなわけで、たいていの国にはダンジョンから貴重な物品を持ち帰る 探索者(シーカー) が存在する。
が、それがどんな扱いのもとでダンジョン探索をしているかは国ごとで結構違うらしい。
日本はもともとはダンジョンの入り口には通称ギルドと呼ばれる機関の建物が設けられていて、ダンジョン内で手に入れたものはそこで売却などされることが多かった。
探索者(シーカー) を厳密に管理していたわけではない。
だが、誰が出入りしているのかは大まかに把握はしていたようだ。
世界的に見れば、日本の 探索者(シーカー) は比較的国の管理下に置かれているほうだったらしい。
これが、完全に自由化されている国というのはどちらかというとやばい国にあたるところが多いみたいだ。
国という組織がダンジョンという金のなる木を管理できない状況というのは、ある意味で国として成り立っていないことを意味する。
武器を手にダンジョンに入りモンスターを倒して報酬を得た連中が、その後地上でどういう行動をとるかといえば、たいていは荒っぽいことになるらしい。
やくざやマフィアも顔負けの 探索者(シーカー) クラン同士の抗争が起こり、力だけで均衡を保つ危うい状況になりがちらしい。
逆に完全な管理下にある国というのも、それはそれでやばい国であるとも言われているそうだ。
というのも、本来ダンジョンの中でモンスターと戦うというのは命がけの行為である。
それを好き好んでするのは頭のねじが外れた人間で、たいていはそうではない。
ほかにお金を稼げる手段を持たないからこそ自分の命をチップにして、一獲千金を夢見てダンジョンに入る者のほうが多いのだ。
にもかかわらず、国がダンジョンを探索する人間を完全に管理して探索させるというのは、人の命を、国のための消耗品みたいに扱っているとも言える。
日本では 探索者(シーカー) の法規制を変える際には結構揉めたようだ。
それまでは割と自由に出入りできていたダンジョンに、急に資格が必要ですなんて言われたら反発する人が出るのも当然だろう。
僕の両親は子どもがダンジョンで行方不明になったのは、ダンジョンに入る人間をきっちり管理していなかったからだという意見のタイプであり、法整備強化は賛成だったのだろう。
世間的にはそういう意見の人が多かったからこそ、その法整備が進んだ。
要するに、僕が遭難する以前と比べるとダンジョンは身近な存在ではなくなっていた。
さらに、スタンピードなんてものが起きてしまい、もはや僕が気軽に入れる場所ではなくなってしまっていた。
残念だ。
なにも考えず、ひたすら穴を掘り続けられるあの空間は、僕にとっては楽しい場所だったのに。
僕がそう思っているときだった。
「佑馬は穴掘りがしたいの? なら、ダンジョンじゃなくてもいいじゃない。畑仕事を手伝ってちょうだいよ」
お父さんがなんでそんなにダンジョンに行きたいんだと聞いてきて、スコップでダンジョンの土を掘るのが楽しかったからと説明する。
すると、それを聞いたお母さんが別角度で提案してきた。
畑仕事?
ダンジョンじゃなくて普通の畑ってこと?
うーん、まあいいか。
やったことはないから楽しいかはわからないけど、今の僕は学校に通っているわけでもない。
時間ならある。
そんなわけで、僕はお母さんがしている畑にお手伝いに行ってみることになった。