作品タイトル不明
平和ボケ
「あそこで倒れている人たちは武器を持っているっぽいな。ってことは、あの人たちは 探索者(シーカー) か。もしかすると、 探索者(シーカー) がモンスターと戦っているところを見ようとして人が集まっていたのかもな」
複数車線ある大きめの交差点でモンスターが躍動する。
近くにいた人たちへと攻撃を行い、鮮血が飛ぶ。
それを見て恐慌状態に陥った野次馬たちが逃げ惑う。
だが、人が多く周囲は渋滞で車という物理的な壁もある。
逃げようとも逃げられる状態ではなく、多くの人が三つ目黒犬に襲われてしまう事態となっている。
そんななかで僕は冷静に状況の把握に努めていた。
交差点内では人が倒れている。
そして、その人たちのそばには剣や短剣といった武器が落ちている。
こんな町中でそんなものを持っているというのは間違いなく彼らが 探索者(シーカー) だったからだろう。
その 探索者(シーカー) たちが倒れている姿を見て、今の状況がなんとなくつかめた。
要するに、ここにいる人たちは平和ボケしていたということになるのだろう。
ダンジョンがあり、そのダンジョンからモンスターがあふれ出るスタンピードが起こった。
普通ならばそんな危険な場所からはすぐに離れるべきだ。
実際、半壊ビルの撤去作業に取り掛かる人手が減ったことで渚に仕事が舞い込む程度にはこの町から人は離れたはず。
だが、日本では比較的対応がうまくいったということで、ダンジョンのそばにあるビルが半壊しそうになったりという被害はあれども、壊滅的な状況には至らなかった。
だからこそ、今もダンジョンがあるこの都市には今もこんなに多くの人が残っているのだ。
そして、人はどんなに怖く刺激的な状況であっても一度経験してしまえば慣れてしまう生き物なのだろう。
あるいは、鈍い生き物であると言えるのかもしれない。
ダンジョンからモンスターが出てきても自分たちは平気だった。
だったら次も大丈夫に違いない。
そんなふうに考えたかどうかはわからないが、今もこの地から離れずに生活していた人たちは、再びこの交差点でモンスターが現れたときにもこう思ったのかもしれない。
モンスターは 探索者(シーカー) 、あるいは警察や自衛隊員が倒すから大丈夫だ、と。
だからこそ、こんな大渋滞になっているのにモンスターがいるこの場から走って逃げる人が少数で、この場にとどまる人が多かったのではないだろうか。
モンスターが出たけれど剣や短剣という武器を持つ 探索者(シーカー) がいるから平気だ。
むしろ、彼らがモンスターを倒すところを見ようと思ったのかもしれない。
この場に残ったら危険かもしれないなんて考えもせずに、 探索者(シーカー) の雄姿を見届けてやろうと思ったのだ。
ばかげていると思う。
だけど、集団心理みたいなものもあるんだろうな。
皆がいるから大丈夫。
それが今は逆転した。
探索者(シーカー) が倒れ、周囲にいる野次馬たちにモンスターが攻撃を始めてしまった。
それを見て、今度は自分だけでも逃げようと全員が動き始めた。
するとどうなるか。
ドミノ倒しだ。
人が人を押しのけ、倒してでも逃げようとする。
しかし、そんなことをすれば逃げられるはずもない。
倒れた人が進路をふさいでしまうからだ。
だが、地面に伏した人を踏みつけながらこの場を離れようとする人もおり、そういう人が躓いてこけてしまい、さらにその上から人が押し寄せる。
とんでもない状況に陥ってしまった。
さすがに人に押しつぶされて死ぬのは嫌だな。
冷静に今の状況を観察し、ここに残った人たちを平和ボケしている、なんて評してはいる。
だが、それは僕も同じだ。
モンスターの気配を探知してわざわざその姿をこの目で見に来たのだから。
だけど、僕は今の状況に逆に安心していた。
だって、モンスターをこの目できちんと見たのは初めてだったから。
ダンジョンの中ではなく、外で見る初のモンスター。
スタンピードが起きたときから怖くて仕方がなかった。
白龍やあるいはそれと戦っていたあの超巨大なモンスターがダンジョンから出てきたらどうしようと夢にまでみたのだ。
あんな化け物が出てきたらきっと人間では太刀打ちできない。
戦闘機からミサイルを撃ち込んでも、勝てるとは思えない。
草原を一瞬にして荒野に変える化け物モンスターがいたら、逃げるどころの話でもない。
この地上に、安全な場所なんて無くなるだろう。
だが、今僕の目の前にいるモンスターはそれらの化け物と比べると小物もいいところだ。
体の小さいし、なにより迫力が違いすぎる。
あれなら僕でもなんとかなりそうだ。
そう考えた僕は、周囲の人の流れを無視してジャンプする。
スーちゃんの力を借りて、足裏にゴムのばねでもつけたかのようにピョンと高く飛んで、交差点内に着地した。
周囲の人がドミノ倒しになりながらも離れようとしたモンスターのいる交差点。
そこはこの場で唯一の空白地帯だ。
人のいないフィールド。
僕はそこに降り立ち、それを見た三匹の三つ目黒犬による九つの瞳が僕のほうへと向いたのだった。