軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「〈黒穴〉が出現しました」

クラスがそう報告すると、どよめきが上がった。

報告したクラス自身も、落ち着き払っているようにみえるが、実はひどく興奮していることがエダにはわかる。

ここはゴンクール家の離れの前の庭である。

離れには、集まった人々すべてを収容できるような部屋はないので、池のほとりの草むらに椅子を並べて座り、とりとめもない話をかわしつつ、このときを待っていたのである。

レカンとボウドが〈黒穴〉の向こうに消えてからすこしのち、エダはユフのルビアナフェルに手紙を書いて事の次第を説明した。

レカンの安否を案じるルビアナフェルは、断食を行って神に祈り、五日目に神託を得た。

〈十年後同じ場所に再び異界への門が開く。レカンと同じ血を持つ者は、そこを通ってレカンのもとに行くことができる〉

神に問いをなげかけても、必ず神託が得られるものではなく、また、得られたとしても、抽象的な言葉が下がることが多い。ここまで具体的な神託は、ユフのライコレス神殿長もはじめてだという。

この神託を得て、ノーマとエダは何度も何度も話し合った。

一番よいのは〈黒穴〉を使ってレカンを連れ帰ることだ。

だが、神託は、「レカンのもとに行ける」とは言っているが、「レカンを連れて帰れる」とは言っていない。レカンに出会って連れ帰るまで〈黒穴〉が開いたままだとは考えにくく、そこに不安がある。

次に考えられるのは、ノーマとエダとこどもたち全員が、レカンのもとに行くことだ。

だが、〈黒穴〉が何人の人間を通してくれるのか、また、どのくらいの時間開いているのかわからない。それに、ノーマとエダは「レカンと同じ血を持つ者」ではない。つまり〈黒穴〉に入っても、二人は別の場所あるいは別の世界に出てしまうかもしれない。

何年も続いたこの議論に決着をつけたのは、エダの長男ホルスだった。

「オレが〈黒穴〉に入っておやじを連れて帰る。帰ってこれなければ、あっちでおやじを助けて戦う」

ノーマの長女ユナもこう言った。

「あたしも行く。行って、父さんと兄さんを、〈浄化〉で助ける」

ホルスの妹レーヌと弟のリュード、そしてユナの弟のクラスは、自分たちはこの世界に残って母さんたちを支える、と言った。

それからの数年間は、ホルスとユナを鍛え上げるための期間となった。

ホルスに剣技を教えたのはニケ、つまりシーラだ。アリオスも時々やって来て、指導した。

ホルスに〈炎槍〉と〈集中〉を教えたのはジザ・モルフェスだ。ジザはニケから〈交換〉の魔法を教わってから、ゴンクール家の離れにやって来るようになった。

ユナは、施療の知識をノーマから、〈浄化〉のわざをエダから仕込まれた。弓術は〈千本撃ちのエダ〉直伝だ。ニケが〈硬直〉〈探知〉〈鑑定〉を教えた。

ワズロフ家の学者から教わったので、ホルスとユナは、レカンの世界の言葉も多少は話せる。レカンが今どこにいるのかわからないが、以前レカンが話していたところから、一応もとの世界に帰ったのだと考えている。

そうして準備を調え、ここしばらくは交替でみまもっていた。

あの日からちょうど十年後となる王国暦百三十九年の九の月の今日、縁深い人々が集った。

そうしたところ、本当に〈黒穴〉が出現したのである。

ホルスは、大炎竜の鎧の上に貴王熊の外套を羽織っている。サイズが合わないので袖は折返しているし、裾は地に着いている。ホルスも十九歳としては並外れて大柄だが、さすがにレカンのサイズに合わせて調えられた外套は、少しばかり大きすぎる。外套の左右のポケットには、ジザが〈自在箱〉を付与している。

腰に吊っているのはニケから譲り受けた〈彗星斬り〉だ。〈自在箱〉のなかには、鍛冶匠バルガンが鍛えた銘入りの剣も入っている。バルガンはアゴストの息子で、生涯最高傑作だという逸品をヴォーカに届けてくれたのである。そのほか、シーラやジザや、ワズロフ家からの贈り物が入っている。

首には〈インテュアドロの首飾り〉を着けている。

ユナのまとうマントと帽子は、パルシモ迷宮の深層で出た恩寵品だ。愛用の短杖はニケから受け継いだもので、服に付いた〈自在箱〉にはエダから譲り受けた〈イェルビッツの弓〉が入っている。

もちろん〈インテュアドロの首飾り〉を着けている。

このとき、ホルス、十九歳。

ユナ、十八歳。

レーヌ、十七歳。

クラス、十六歳。

リュード、十五歳。

目的を持ってみずからを鍛えてきた五人のこどもたちは、まばゆい命の輝きを放っている。

レカンは家名を決めずにこの世界から消えたので、ノーマとエダは話し合って、レカンティアという家名を決めた。〈レカンに連なる者〉という意味だ。今後レカンの子孫は、嫁に行った者も含め、すべてレカンティアを名乗ると定めた。

ノーマとエダのほか、ニケとジザもいる。

ジンガーがいる。

ユリウスもいる。

ジェリコとユリーカとラゴスもいる。

ゴンクール家の若き当主ガイプスと執事のフィンディンもいる。

ユフから遣わされた騎士もいる。

ワズロフ家の騎士もいる。ぽっちゃりもいる。

ヴォーカ領主アギト・ウルバン子爵もいる。

ザイドモール家筆頭騎士エザク・トロンギルトもいる。

そしてもちろん、チェイニーもいる。

ゴンクール家の家族や使用人たちもみまもっている。

「では、行きましょう」

エダがそう言い、ホルスとユナが家に入り、エダとノーマが続く。そのあとに、レーヌとクラスとリュードが続く。少し遅れてニケとジザ、そしてジェリコとユリーカとラゴスが続く。

居間には大きな〈黒穴〉があった。ニケとジザは細杖を抜いて穴に向けた。何かを調べているようだ。

ホルスとユナが手をつないだ。

「じゃあ、行くぜ」

「ホルス」

「なんだい、母さん」

「レカンに会えたら、どんな方法ででもいいから、会えたことを私に知らせて」

「もちろんさ。それだけじゃないぜ。おやじを連れて帰れないようなら、オレは向こうでいい女をみつけて嫁にする。そしてこどもをたくさん作る。そのこどもの一人は母さんたちのもとに差し向けるよ。母さんの血を引いたこどもだ。きっと母さんのもとにたどり着ける。だから待っててくれ」

「まあ」

エダは目をみはった。

目の前にいるのはレカンその人なのではないかと一瞬思った。

それほどに、ホルスはたくましく、未知なるものを求め未知なるものに立ち向かう心と身体の力にあふれていた。

受け継がれていく。

強い敵との戦いを求めるレカンの熱い魂は、子らへと受け継がれていくのだ。レカンの子孫たちが冒険の心を失うことは、決してない。

そうだ。永遠に、狼は眠らない。

エダの胸にそんな思いがよぎったとき、ノーマもまた、自分とレカンとエダの血を引くレカンティアたちが、あまたの世界に雄飛する未来を幻視した。今、自分たちは伝説の始まりに立ち会っているのだと思った。

ホルスとユナは、皆に短く別れを告げて、手をつないだまま〈黒穴〉に飛び込んだ。