作品タイトル不明
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「だから、どうでも戴冠式までにはお妃を決めていただきます」
「いやだ。そもそも戴冠式なんていらんだろう。今さらだ」
「何をおっしゃいますか! 歴史上はじめての大陸統一王の誕生なのですよ。大陸中の諸州から諸侯を集め、盛大に式典を行わなくてはなりません。準備に時間がかかりますので、来年の後半にせざるを得ませんが、戴冠式は必ず行います」
「お前が戴冠されろ」
「またそういうことを」
十年前、レカンとボウドが落ちたのは、もとの世界のみしらぬ場所だった。
その地では、領主の苛政に耐えかね、反乱が起きていた。その反乱者たちの拠点に、二人は落ちたのだ。
若き指導者のファズに懇願され、二人はわずかな報酬と引き換えに、反乱に加担する。そして囚われていたファズの恋人を解放し、領主を討って、反乱を成功させる。
そのまま去ろうと思っていた二人だが、隣接領の領主がこれを好機とみて、侵略軍を送ってきた。しかたないので、撃退を手伝った。それを撃退するとまた別の領主が攻めてくるという、その繰り返しだった。
農地や財産を奪われた難民が、庇護を求めて押し寄せた。ファズはレカンとボウドの武威を頼りに、彼らに食べ物と住まいを与えた。その噂を聞きつけて、どんどん人が押し寄せた。
故郷の大陸は、戦乱のさなかにあった。滅ぼすか滅ぼされるか、勝って従わせるか負けて奴隷のように扱われるかという戦いが、大陸中のあちこちで起きていた。レカンたちは、その渦のなかに巻き込まれてしまったのである。ナルーム国も王の死後分裂して諸侯が争っていた。
田舎の農民にすぎなかったはずのファズは、政治の才を持っていた。顔だちも上品だし、どこかの貴族の落とし種ではないかとレカンは思っている。ファズの才に支えられ、いつのまにか領主に祭り上げられてしまったレカンは、ボウドとともに戦いに明け暮れた。
ボウドは将才を存分に発揮した。戦いには素人である農民や職人を率いて、騎士や兵士や傭兵の軍団を引きずり回し、罠にかけ、打ち破り続けた。敵は強力な武器を持ち、強大な戦士や魔法使いを従えていたが、レカンとボウドには、異世界で手に入れた大量の武器や装備品があった。
最初のうち、レカンたちには金がなく、養わねばならない民衆ばかりが増えていった。敵対勢力は金にあかせて腕利きの冒険者たちを雇った。
だが、レカンとボウドが有力な冒険者たちを撃破し続けるうちに、味方する冒険者も出てきた。今は報酬がなくても、あとで利益が期待できるし、何より敵として派手な働きをすると、レカンかボウドに殺されてしまうからだ。
年月が過ぎ、気がついてみれば大陸統一国家の王となっていた。レカンが形ばかりではあるが、ナルーム国の王の養子だとばれたのもまずかった。
ボウドは戦いのなかで死んだ。しかし敵の大軍を引きつけ、甚大な損害を与えてくれたので、重要な決戦でレカンは勝利を拾った。
ボウドは妻と二人の子を残した。レカンが庇護している。
「もう戦争は終わりだ。オレは放浪に戻る。お前が王になれ」
レカンの言い分に、ファズ宰相は本気で怒った。
「いいかげんにしてください! 大陸は統一されたといっても、人が住まない土地のほうが多いんですよ! そこに逃げ込んでいるやつらも少なくない。山の奥や砂漠や森のなかには、人間の国に従う気のない異族どもが蟠踞しています。それに、人間同士で戦いに明け暮れているあいだに各地で魔獣が大繁殖して、人間の近寄れない地域が大陸中にたくさんできています。人々の平和な暮らしを守るには、ここからの戦いこそが大切なんです」
「じゃあ、オレが戦うから、お前が統治しろ」
「そうはいかないんです! 今や〈解放者レカン〉の名は、人々の希望であり、よりどころなんです。各地の諸侯も、国や王権にではなく、あなたの武威と名声に頭を下げているんです。それに何といっても、〈黒穴〉からの帰還者という神秘性は圧倒的です。誰もあなたに代われません」
「つまり、オレに王様と将軍と両方やれということか?」
「そこです。やはり今はあなたが前線に出ないといけない場面が多い。でも、あなたも人間ですから、死ぬかもしれない。あなたのもとに集まっている者たちも、各地の有力諸侯も、あなたが死んだら全部が終わりだと知っています。そこに不安定さがある。だから、あなたの跡継ぎがどうしても必要なんです。戴冠式までには、せめてお妃を決めていただかないと」
「お前、三人も息子がいるだろう。お前が王になれ」
「何を聞いていたんですか! あなたが王でなければまとまらないんです! だからとっとと結婚して息子を作れ!」
「オレの妻はエダとノーマだけだ。オレにはホルス、クラス、リュードという息子がいる」
「じゃあ、ホルス王子を、今すぐここに連れてきてください!」
「無理を言うな。そんなことができるくらいなら、オレがあっちに……よけろっ、ファズ!」
「えっ?」
「天井だ! 何かが……なにっ? 〈黒穴〉か? 〈黒穴〉が天井に? 待て! 何かが……何かが来る!」
ホルスとユナが〈黒穴〉に入ると、〈黒穴〉はすぐに小さく縮んだ。そしてさらに小さくなってゆき、消えた。消えたあとも、エダとノーマは長いあいだ〈黒穴〉があった場所をみつめていた。ほかの人々も同じだ。ニケとジザは、杖をしまった。
やがてクラスが部屋の端に歩いていき、落ちていたものを拾ってノーマに渡した。
「母上。こんなものが飛び込んできました」
それは〈黒穴〉が閉じる寸前に穴から飛び出してきた、小さな何かだ。それが飛び込んできたことをエダは気付いていたが、もしやレカンが〈黒穴〉から出て来はしないかと、エダはそれだけに心を向けていた。
ノーマは受け取ったものをしばらくながめた。
レカンがこの世界からいなくなってから、ノーマはエダと、レカンのことを語り合った。だからそれが何なのか、ノーマにはすぐわかった。
ノーマはそれをエダに渡した。
エダは目を大きくみひらいた。
それは、石だった。
何のへんてつもない、ただの小さな小さな石ころだ。
赤、オレンジ、黄、緑、青、紫、白と七色に彩られていて、それなりに美しいが、しょせんはどこかの道端に落ちているような、ただの石だ。誰も金を出して買おうとはしないだろう。
けれどもそれは、エダにとっては特別な石だ。
両親から幸運のお守りとして譲り受け、レカンに預けていた、願いのこもった〈幸せの虹石〉だ。
エダは、その小さな石を両手で押し包んだ。
そして石を挟み込んだまま手のひらを合わせて唇を押し当て、ひざまずいて 頭(こうべ) をたれた。
閉じた両目から涙があふれて床に落ちる。
「……レカン」
その姿は祈りに似ていた。
(「狼は眠らない」完)