作品タイトル不明
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王国暦百二十三年である。
ユリウスと一緒に迷宮に潜れるのは、今年いっぱいだ。
二の月にボウドが帰着し、レカン、ボウド、ユリウスの三人は、フィンケル迷宮の探索を再開する。五十日で最下層を踏破する。
そのあと三人はロトル迷宮の小火竜を狩る。ボウドは旅に出た。ユリウスは肉を里に持って帰った。
五の月、レカンはバンタロイの町でシャントラー神殿の暗殺神官に襲撃される。四回目である。
六の月に入り、レカンとボウドとユリウスはエジス迷宮に行き、十二日から探索を開始し、八の月の十五日に踏破する。
レカンは、ユリウスの卒業冒険にはツボルト迷宮がふさわしいと考え、九の月の三日に探索を開始する。ユリウスはすでに百二十階層に到達している。三十日でボウドを百二十階まで連れてゆき、そこから本格的な探索が始まる。翌年一の月の五日、ユリウスは迷宮の主を倒す。
侯爵家の人々が、ユリウスの快挙をひどく喜んでいた。実は、当主ギルエントの孫で将来の侯爵となるカディエントの剣の指導をイリーズの一族に依頼しており、ユリウスがそれにあたることになっているのだ。しかしユリウスは王国暦百二十四年でやっと二十歳であり、危ぶむ声もあった。だがツボルト迷宮の主の単独撃破という偉業は、ザカ王国建国以来レカンに次いで二人目だ。もう誰にも文句のつけようがない。
ツボルト迷宮の休眠期間は二十日なので、このまま待ってもよかったが、ここで解散することにした。
そのあとレカンはマシャジャインに立ち寄ったのだが、マンフリーから大目玉をくらう。昨年十の月の十日に、ノーマが第二子を出産していたのだ。男児だ。レカンがいないため、まだ名前も決まっていないという。超高速でヴォーカに帰り着いたレカンは、エダやジェリコやゴンクール家の人々のつるし上げに遭ったあと、クラスと命名する。「叡知」という意味で、もとの世界の古代の賢者の名だという。
王国歴百二十四年の二の月には、ボウドがツボルト迷宮の主を撃破する。
四の月に、レカンは一人でロトル迷宮の小火竜を狩る。そのあとバンタロイで、シャントラー神殿の暗殺神官に襲撃される。五回目である。
五の月の十二日、レカンとボウドはワード迷宮の探索を開始し、六の月の四日に踏破する。
七の月に、シャントラー神殿の総主教が訪ねてきて、五度の試練をくぐり抜けたレカンを神殿の守護天使に認定したと告げる。レカンはシャントラー神の加護を得たらしい。以来シャントラー神殿の神官たちがレカンにつきまとうようになる。暗殺神官は、さまざまな手法で襲撃をしてきたので訓練になったが、つきまとわれてもうっとうしいだけなので、レカンとしては襲撃を再開してほしかった。
その憂さ晴らしのように、レカンは単独でツボルトに赴き、百四十階層台でしばらく訓練をしたあと、迷宮の主に挑戦して撃破している。このときレカンは〈虚空斬り〉を手に入れている。
九の月になり、エダが第三子を出産する。男児だった。レカンがリュードと命名する。「守護者」の意味で、もとの世界の伝説の英雄の名だという。
翌月、プラド・ゴンクールが死去する。七十八歳だった。ノーマはゴンクール家当主となり、フィンディンはゴンクール家執事となった。
王国暦百二十五年の一の月、プラドの後を追うように、カンネルが死去する。八十一歳だった。
同じく王国暦百二十五年一の月、レカンとボウドは、海の迷宮に出発する。グリッジ島には、風のよい季節ならスマークから二日で着く。三の月の七日に探索を開始し、十二日で百階層に到達する。そこから先は水に潜れないと探索できないとレカンは考え、いったん探索を中断する。
ボウドをスマークに残し、レカンは一人でロトルに行き、小火竜を狩る。ユフ侯爵を訪ね、竜肉と交換で〈ヒッポドーラの護り〉を譲ってほしいと頼む。〈ヒッポドーラの護り〉は、所持している人間が水中で呼吸ができるようになる恩寵品だ。以前レカンはユフ迷宮の三巨人を倒してこの品を手に入れたが、同じものを侯爵家が複数所持していることを、そのとき聞いていたのだ。ユフ侯爵は笑って、〈ヒッポドーラの護り〉をレカンに譲る。竜肉は半分を受け取り、半分をレカンに返した。
ボウドと合流して、海の迷宮の探索を再開する。三か月で百八十階層まで到達する。
レカンは、水中で動きやすくなっているのに気付いた。たぶんこれがシャントラー神の加護とやらだ。
これまでも〈ウィラード〉が迷宮探索で得た品は、自分たちで所持するものを除いてすべてチェイニー商店にまかせてきたのだが、海の迷宮の百階層以下で出た品々は、ほかではみたことのない品ばかりで、チェイニー商店はさらに重みを増してゆく。だが、どれだけ誘いを受けても王都に直営店を出すことはしなかった。その代わり、ヴォーカとその近辺の商店を援助し盛り立てることに力を注いだ。ヴォーカの公共事業にも惜しみなく投資した。ヴォーカの町を繁栄させ、周りの商人たちとよい関係を築いておけば、自分が死んだあとも商店は盤石である、とチェイニーは考えたのだ。
なお、このころ魔力回復薬と体力回復薬の素材の採取は、エダとジェリコに任せきりになっている。
この年の四の月、ザック・ザイカーズが死去している。八十九歳だった。
七の月、ノーマが『サースフリー薬草学全集』最終刊の原稿を脱稿する。以後、ノーマは薬草学の弟子を取るようになる。
八の月、エジスの北で、魔獣の大発生が起きた。いくつかの村が消滅し、エジス侯爵は騎士団と冒険者を派遣したが、魔獣の数は多く、恐吠竜、烈弾竜などの大型竜種や、大雷竜などの飛竜族も含んでいたため、討伐隊は苦境に陥る。
エジス侯爵はトランシェ侯爵に助けを求め、トランシェ侯爵は騎士団を派遣するとともに、マシャジャイン侯爵に対し、冒険者レカンの派遣を要請した。
マンフリーからの使者がヴォーカに飛び、レカン、ボウド、エダの三人がエジスに急行する。
〈ウィラード〉の活躍は、圧倒的だった。
レカンの索敵能力と機動力と突破力と、尽きることのない高火力魔法攻撃。
ボウドの打たれ強さと破壊力。
エダの〈浄化〉の連発と遠距離発動と無尽蔵な魔法矢の雨。
そして大物をさっさと倒したあと、山野に散らばる魔獣たちを追い立てて騎士団や冒険者をうまく利用して殲滅した戦術の妙。
この活躍により、また、ツボルト、パルシモ、ユフ、フィンケル、エジス、ワード、ダイナの七大迷宮を踏破し、現在海の迷宮を探索中であるという事実とあいまって、〈ウィラード〉の名は、王国全土に広く知れ渡り、伝説的な魔獣討伐パーティーとなる。
ちなみに、このあと、〈ウィラード〉は、ヴォーカの町の魔獣討伐の特級冒険者パーティーに任じられる。
また、ヴォーカの町とジオ領に、秘密裏に〈ナータの鏡〉が設置された。そして、北方に変事があった場合の報告を命じられた。
十の月のある日のことである。
この日、エダはケレス神殿に治療の手伝いに出かけており、ノーマは弟子たちに講義をしていた。ボウドは、ゴンクール家の庭に住まいを建ててもらっているが、今日はどこかに出かけている。
レカンは遊び疲れて眠ったこどもたちをベッドに運び終え、ニケが淹れてくれた茶を飲んでいた。
レカンにこどもができてから、ニケはよくこのゴンクール家の離れに足を運ぶようになった。以前はこのニケの姿がシーラの本体で、老婆の姿はみせかけだったが、今は逆である。
エダの長男ホルスが五歳、ノーマの長女ユナが四歳、エダの長女レーヌが三歳、ノーマの長男クラスが二歳、そしてエダの次男リュードが一歳。五人そろうと、信じがたいほどさわがしい。だが、今のレカンはそれが楽しかった。
「こども嫌いだったあんたが、変われば変わるもんだねえ」
「そうだな」
「あんた、今、幸せかい?」
「うん? ああ。そうだな。幸せだな」
暖炉でばちばちと薪がはじける音がする。
静かな時間が流れた。
「シーラ」
「何だい」
「あんたは、最初からエダをかわいがった」
「唐突に何の話だい」
「あんたはひどく用心深い。人間というものを恐れていて、世の中から隠れるように暮らしてきた。付き合う人間は狭い範囲に限られていて、それも大抵の場合は、ごく浅い付き合いしかしなかった。隠れ家がたくさんあるのも、いざというときの逃げ場所にするためでもあるんだろうが、他人との関係を深めないためなんじゃないかと、オレはにらんでいる。懐に入れた人間に対しての面倒見はいいが、そこまで関係が深くなることは、めったにない。臆病といっていいほど、人との交わりを控えていた。そのあんたが、エダだけは最初から特別扱いだった。それは、なぜなんだ」
シーラはエダがやって来るなり受け入れた。間違いを犯しても許し、見当外れのことをしても優しく諭した。甘いのではないかとレカンは何度も思ったものだった。
しばらくして、シーラは口を開いた。
「レカン。あんたはね。根っこのところでは優しくて善良だ」
「そんなことはない」
「あたしがそうだって言ってるんだから、そうなんだよ。それにあんたは、いよいよのところでは正義を信じてる」
「正義などこの世のどこにもない」
「正義などこの世のどこにもない、なんて大まじめで言えるやつはね、この世のどこかに正義があってほしい、あるべきだと思ってるのさ。そしてあんたは並外れて強く、陰性だ」
「陰性?」
「物事の悪い面をついみてしまう性格のことさ。そして、ほらみろこんなに悪いじゃないかって言う。そうだねえ、わかりやすくいうと、暗い所はいやだと言いながら、日陰にいないと落ち着かない性格だね」
何となく思い当たるふしがあった。
「その年で正義や善を本気で信じられるってのは、要するに純粋なのさね。悲観主義で、純粋で、並外れた力の持ち主。そういうやつはね、ほとんどの場合破滅に突っ走っちまうのさ」
「破滅、か」
「そうさ。あたしはせっかくできた最後の弟子を破滅させたくはなかったから、どうにかならないもんかと思ってた。そこにエダちゃんが来た」
「なに?」
「エダちゃんは、陽性そのものだった。これだ、と思ったね」
「ちょっと待て。エダがやって来たのは、オレがあんたに弟子入りして一か月もたたないころだぞ。そのころからあんたは、オレが破滅型とやらの人間だとみぬいて、解決の手だてを探っていたというのか」
「そうさ」
「そんなばかな。早すぎる」
「あたしが何年人間をやってると思っておいでだい?」
「ここ三百年ちょっとは人間じゃなかったろう」
「おだまり。とにかく、エダちゃんがそばにいれば、あんたは破滅せずにすむ。あたしはそう思ったのさ」
この答えは予想外だった。まさかレカンのためだったとは。
「強い陽性と強い陰性は引きつけ合うからね。あんたたちは一緒にしときさえすればうまくいくと思ってたよ」
「最初からオレとエダを結婚させるつもりだったのか」
「べつに結婚までは考えてなかったさ。パートナーになってくれればと思った。その結果が結婚に結びついたことに驚いてはいないけどね」
そのあとシーラはため息をついた。
「それにしても、平和だね」
「平和ではいかんのか」
「いかんことはないんだけどね。あんたに地竜トロンが倒せたわけがわからない」
「オレにはあんたの言うことがわからん」
「独り言のようなもんさ。忘れておくれ」
王国暦百二十六年の二の月、レカンとボウドは海の迷宮の探索を再開し、四か月で二百八十五階層まで踏破する。
この年の九の月、薬師カーウィンがヴォーカを訪れ、「カーサ・スーラの名のもとに」という合い言葉を告げた。レカンは二か月半をかけて、カーウィンに魔力回復薬と体力回復薬の特別な作り方を伝授した。
王国暦百二十七年の三の月、海の迷宮の探索を再開し、四か月で三百六十七階層まで踏破する。
王国暦百二十八年の三の月、海の迷宮の探索を再開し、四か月で四百三十五階層まで踏破する。
王国暦百二十九年の三の月、海の迷宮の探索を再開し、五か月で四百九十六階層まで踏破する。
この年の九の月のことである。
こどもたちは寝てしまい、レカンとボウドは居間でくつろいでいた。
エダとノーマが酒とつまみを持って居間に入ると、レカンとボウドの姿はなかった。
それどころか、部屋の中央には何もなかった。
二人が座っていたソファも、テーブルも、消え失せていた。
部屋の中央の床があるべき場所には、黒いもやもやとした穴のようなものがあって、ぐるぐると旋回している。
よくみれば、その中央に穴のようなものが開いている。
ひどく深い穴であり、底のほうは闇に包まれてみとおせない。
渦を巻きながら黒いもやもやは小さくなっていく。
やがて、消えてしまった。
そこには元通りの床があるばかりだ。
どこを探しても二人の姿はなかった。
二人は突然現れた〈黒穴〉に吸い込まれてしまったのだった。