作品タイトル不明
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ゴロウン子爵は、ジンガーをみた。何とかしてくれ、という目つきだ。
ジンガーは王から騎士位を授けられた勅任騎士であり、その所属はワズロフ家だ。引退したからといって、ワズロフ家の騎士でなくなるわけではない。何より、ワズロフ家への忠義一筋に生きてきた騎士なのだから、当然ワズロフ家当主の意に従って取りなしてくれるだろうと、子爵は思ったのだろう。ゴロウン子爵とジンガーは古いなじみなのだから、なおさらのことだ。だが、ジンガーの口から出たのは、子爵を驚愕させるような言葉だった。
「わがあるじを、その意に反しお連れ参らせんとなさるなら、命の限りお手向かいいたす」
まるで敵に相対するかのような物言いである。だが、ジンガーの感情の温度の高さは、主君ノーマのそれを反映している。すなわち、ゴロウンがそれだけノーマを怒らせてしまったということなのだ。
こうなると、ジンガーの所属がワズロフ家であるということもあやしくなる。
嫁に出した娘に付けた騎士の所属がもとの家なのか婚家なのかは微妙な問題であるが、この場合も似たところがある。嫁に出した娘が死んだとき、付き騎士はもとの家に戻ることが多いが、そのまま婚家でこどもに仕えることもある。その騎士の給料をどちらの家が支払うかも、さまざまだ。要するに場合場合によってちがうのである。
ゴロウン子爵は、老練な外交官らしい切り替えをみせた。ソファから立ち上がると、両手を胸に当てて頭を垂れて謝罪したのである。
その謝罪は、ゴンクール家の後継者であるノーマを、ワズロフ家の人間であるかのように扱ったことへの謝罪である。
ノーマもこれ以上子爵を追い詰める気はなかったので、謝罪を快く受け入れた。
そのうえで子爵はあらためてノーマをマシャジャインに招いた。
だがノーマは、今自分にとってきわめて重要な事業に取り組んでいる最中であり、いかにマシャジャイン侯爵のお招きといえど、遠方に外出する時間はないと断り、それでもどうしてもマシャジャインに行かねばならないような緊急の用件があるのなら、その用件とは何かを話してもらわなければ判断のしようもありません、と告げた。
子爵は、用件の内容を明かすことは許されていないが、これはこの国の高位貴族数家にとり抜き差しならない重要な問題なのだと説明した。
ノーマは、その問題とやらはゴンクール家に何か関係があるのかと聞いた。
子爵は、関係はないと答えるほかなかった。
こうしてさんざん子爵を揺さぶって交渉の主導権を確保してから、ノーマは条件を付けて、マシャジャインを訪問することを承諾した。
その条件とは、ヴォーカを出てから三十日以内にヴォーカに戻れるようにはからうことと、ノーマの同意なくして何かをさせることは決してしないことを誓うことである。
ゴロウン子爵がその場で誓いを立てると、ノーマの行動は早かった。ただちにフィンディンに命じて旅の支度をさせ、筆写師ラクルスに事情説明をして留守中の作業を打ち合わせし、翌日にはヴォーカを出発したのである。
ジンガー、フィンディン、エダ、侍女一人が同行した。
エダは自分から同行を志願した。ノーマとしてもエダが同行してくれれば心強かったし、薬聖の言葉がある以上、ワズロフ家といえどエダを拘束することはしないだろうと考えた。
最初は侍女三人を付けるという話になりかかったのだ。ノーマは、侍女などいらないと考えていたし、ワズロフ家のほうでもノーマの身の回りを世話する侍女を差し向けてきていた。だがこれは家としての体面に関わる問題であるとプラドもカンネルも譲らず、一人だけ連れていくことは断りきれなかった。また、ノーマはワズロフ家が差し向けた馬車には乗らず、ゴンクール家の馬車に乗った。御者も一名付けられた。
ワズロフ家からは騎士二名が差し向けられていたが、年長の騎士はジンガーがかつて指導したことのある人物で、深くジンガーを尊敬していた。また若い騎士がジンガーをみる目にも敬意がこもっていた。ゆえに一行はジンガーの指揮のもと、順調に旅をした。一度蜘蛛猿数頭に襲われ、また盗賊に襲われたが、いずれもエダが〈イシアの弓〉で追い払い、人も馬車もまったく傷を負わなかった。騎士二人は、〈薬聖の癒し手〉が腕利きの冒険者だと知って、大いに驚いていた。ワズロフ家の侍女も出しゃばらず、しかも行き届いており、ノーマは道中一切不快な思いをしなかった。
道中、ノーマは多くの時間をワズロフ家の馬車で過ごした。旅のあいだに、ゴロウン子爵から、ワズロフ家とその周辺について、できるだけ情報を得ておきたかったのだ。
馬車は十四日でマシャジャインに到着した。
ノーマは客棟に案内された。非常によい部屋だった。風呂が準備されており、夕食が供された。
そして翌日、ノーマはワズロフ家当主マンフリーと対面した。ジンガー、フィンディン、エダが同席した。
マンフリーは、今年四十一歳。従兄弟ではあるけれども、ノーマより十四歳年上である。
「ゴンクール家継嗣ノーマ・ゴンクール殿、お忙しいなか、わが頼みを受けてご来訪くださり、まことにありがたく存ずる。久しぶりだな、ノーマ」
「はい。お久しぶりです、マンフリー様」