軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4 ビルと弟子の話 1

ビルは伯父マシューの葬儀の為、何年振りかで旧クロフト領、現アレン男爵領に戻ってきた。

十五の年までここ領都のマシューの店で研鑽を積んだが、今年四十五歳になるビルは、王都での生活がここでの生活の二倍の長さになっている事に初めて気が付き、忙しさに紛れて遠ざかっていた日々を思った。

(もう少し頻繁に、伯父さんに会いに来れば良かった)

ビルが王都へ行ってから、王太女殿下、続いて女王陛下御用達になれた節目は勿論、何か大きな作品を作った時などに、親友であるビルの師匠に会うという口実を設けて、マシューが王都まで会いに来てくれていた。

会う度に伯父さんが少しずつ老いている事を感じてはいたが、それ以上にいつ見ても変わらない豪放磊落な笑顔や、人をからかうのが好きで悪戯をしかける隙を狙っている子どもっぽさに、『ああ、伯父さんはいつまでも変わらないな』と安心して、伯父の年齢や健康を心配することをなおざりにしてしまっていた。

だから年に一度は必ず王都を訪れる伯父が、今年はもうすぐ年末になるというのに『遊びに行くよ』という手紙を寄越さないのに気づかないでいた。

ある朝早く郵便屋が「ビル、アレン領から急ぎの手紙だ」と特別料金の早便を届けてくれた時、初めてマシューからの連絡が途絶えていた事を思い出し、冷たい手で背中を撫ぜられたような気持ちで封を開いた。

それはマシューの店で最古参のダレンから、マシューの容体がひどく悪いと知らせる手紙だった。

『親方が止めるので今まで連絡しませんでしたが、秋ごろから息が苦しいと床に臥せる日が続いて、最近は眠ってばかりいます。医師はおそらく心臓が弱っているのだろうと言い、栄養を良くして休養を取るくらいしか方法は無いと言っています。ビルさんの顔を見たら元気が出るのではないかと考え、親方には言わず手紙を書きました』

ビルは手紙を握り締め、今頼まれている仕事は何だったのか思い出そうとした。

(王家の仕事は仕上げたばかりだ。あのネックレスはまだ二か月余裕がある。指輪…子爵が夫人に記念日に贈りたいと言っていた指輪。申し訳ないが今領都に帰ると、あれは間に合わない。すぐに子爵に手紙を書いて、他に頼んでもらおう)

ビルがまだ無名の時から目をかけてくれ、エドワードにも自分を推薦してくれた子爵が、愛する夫人に贈る品をやっつけ仕事で作る事は出来なかった。

しかし伯父の事を後回しにして、すぐに領都に向かわない選択はもっと出来ない。

子爵に失望されることを覚悟して、ビルはすぐに面会を求める手紙を書き、運良くその日の内に会ってもらう事が出来た。

「ビル、どうしたんだい。珍しいね、突然訪ねてくるとは」邸に着くと、子爵は長年の付き合いの気安い笑みを浮かべて迎えてくれた。

応接室に通してもらい座ったビルは、茶を出そうとしてくれるのを断って、まず子爵に頭を下げた。

「シエル子爵、ご注文頂いた奥様の指輪ですが、私事で今から故郷へ戻らなければならず、記念日までに作成出来なくなりました。

私を信頼してご依頼頂いたのに、誠に申し訳ございません。預けて下さったエメラルドを持参いたしました。どうぞ記念日に間に合うよう、他の優秀な職人へご依頼ください」

シエル子爵は眉を上げて、差し出されたエメラルドを一旦受け取り「故郷に帰るという訳を聞いても良いかな」と尋ねた。

ビルは自分の育ての親の容体が悪い事、それを今まで自分は気付かずに過ごしていた事、今朝届いた手紙で初めてそれを知り、すぐに会いに行きたいという事を伝えた。

「そうか。それなら指輪は、君が王都に帰ってきてから作ってくれれば良い」

「しかし、指輪は奥様への記念日の贈り物と伺っています」驚くビルに子爵は笑った。

「私が記念日の贈り物を、一つしか準備していないとでも思っているのかい。キャスリンにもドレスを頼んでいるし、妻の好きな芝居のボックスシートも、気に入りの店のディナーだって予約しているさ。

その中でもきっと彼女が一番喜ぶのは、君の作るジュエリーだろう。彼女は女王陛下御用達に上り詰めた職人の品を、自分が以前から気に入っていた事を誇りに思っている。だから君が作れるようになるまで、私たちはゆっくり待つさ」

それを聞いたビルは、膝につくほど深く頭を下げた。

「ありがとうございます。戻ってきたら、精魂込めて作らせていただきます」

子爵の邸を出たビルは、本当はそのままアレン領都へ向かうつもりだったが、再度手渡されたエメラルドを店の金庫へ戻そうと一旦店へ戻った。

店の前まで来ると、今朝早便を届けてくれた郵便屋が『しばらく休みます』と張り紙をしたドアの前に立って、中をのぞき込んでいるのが見えた。

郵便屋は近づいて来るビルに気付くと、ホッとしたように持っていた手紙を差し出した。

「ビル、また早便だ。留守じゃなくて良かったよ」

「ありがとう」手紙を受け取って店の鍵を開け中に入り、エメラルドを金庫に納めてから、ビルは手紙の封を急いで開けた。

折ってある手紙を震える指で広げた時『親方が今朝亡くなりました』という一文が目に入って、ビルはその場に崩れ落ちた。

「すまない。すまない、伯父さん」たった一人の肉親の死に目に会えなかったビルは、悄然としてアレン領都へ向かった。

マシューの葬儀は、ダレンを中心とした店の者や宝飾職人組合の者、街で親しかった者、アルカン村からジャックとマリーも来てくれて、沢山の人に見送られて執り行われた。

ビルは改めて伯父が皆に愛され、親しまれていた事を知り、少しだけ心が慰められた。

ダレンは二日かけて到着したビルに「もっと早く知らせなくて済まなかった」と謝ってくれた。

しかしビルにしてみれば、マシュー本人に連絡を止められていた上、病気の間身の回りの世話や、店の切り盛りを全てやってくれたダレンに感謝こそすれ、責める気持ちは毛頭なかった。

葬儀の時に見た棺の中のマシューの顔は、痩せてはいたが穏やかで、皆が最後まで手厚く看護してくれていたのがよく分かった。

だからビルは全てが終わって、後は店をどうするかという話になった時、迷わずこう申し出た。

「ダレンさんが、この宝飾店をやってくれませんか。俺は王都から離れられませんが、この伯父の店を無くしたくありません」

それを聞いたダレンは、信じられない様子でビルに聞き返した。

「ビルさん。あなたが王都から離れられないのは分かっています。しかしこの店は、領都でも良い場所にあります。この店を売ったら、今の王都の店を表通りに移す事も出来ますよ」

親身になってそんな事を言ってくれるダレンに、ビルは自分が考えていた事を話した。

「ダレンさん。俺は知っての通り、伯父さんと一度絶縁した妹の子どもです。

母さんも俺も、伯父さんがこの店を手に入れて大きくするまでの間、何一つ伯父さんの力になれていません。俺は伯父さんに助けられ、力になって貰っただけです。

伯父さんが一人で頑張って店を手に入れた後、伯父さんと店を支えてくれたのはダレンさんです。伯父さんが病気になってからも、親身に世話をしてくれていました。

だからこそ、俺はダレンさんにこの店を任せて、続けてもらいたい」

「本当に、良いのですか。私がこのままここで、宝飾職人としてやっていっても」

「はい。それが俺の願いです。

それでダレンさん。店の家賃はいらないので、月々の利益で、少しずつこの店を俺から買い取りませんか。伯父さんが汗水たらして買った店を、タダでとは言えませんが、格安で分割ではどうでしょう。相場より、うんとお安くします」

ビルがそう話すとダレンは、「私は、親方に憧れて宝飾職人を目指しました。その親方が手塩にかけた店を任せて頂ける上、いつか自分の店に出来るかもしれないなんて、夢のようです。親方に恥じないよう精一杯努めて、いつか必ず店を買い取らせていただきます」

「それでは、これからもよろしくお願いします」ビルとダレンは握手して、数日後一緒に役場に行き、きちんとした書類を作ってもらって契約を取り交わした。

届け出を終えた二人が店に向かって歩いていると、一人の男の子が孤児院の前に立ってこちらを見つめていた。

男の子に気付いたダレンはハッとして「ちょっと待っていてください」とビルに断ってから、その子の方へ向かった。

「マイク。連絡をしないでごめんよ。親方のお葬式にも来てくれてありがとうな」

ビルはそれを聞いて、そういえば葬式に子どもも何人か来ていたなと思い出した。

面倒見の良いマシューの事だから、孤児院の子の事も気にかけていたのだろうと思っていると、二人は意外な事を話し出した。

「やっぱり俺を弟子にとってもらうのは、もうダメかな」マイクは、切実な目でダレンを見上げた。ダレンは苦しそうな顔で「すまない、マイク。あの店は俺が続けられる事になったが、親方のいた時のようにはいかなくなると思うんだ。お客さんは親方のジュエリーが欲しくて店に来てくれていたから、今までのようには売れなくなるだろう。

俺も頑張るが、今働いている者の給金を払った上に、新しくマイクを雇うのは無理そうだ」

マイクは目を伏せて聞いていたが、聞き終わって顔を上げた時は、笑顔を浮かべて言った。

「分かったよ。ダレンさんが店を続けられて良かった。あそこはマシューさんが大事にしていた店だもんね。俺はこれから、よその宝飾店で雇ってもらえるか当たってみる。マシューさんがちょっとの間教えてくれてたし、筋が良いって褒められたって言えば、きっとどこかで雇ってもらえると思うんだ」

「本当にすまないね。マイク。俺も組合に聞いて、人を探している店が無いか当たってみるよ」

「ありがとう、ダレンさん」