作品タイトル不明
4 ルイの悩み事
「おじい様、今日は何して遊ぶ?」
今日もルイ王子は朝から、おじい様の所へ自分のおもちゃを持って訪れた。王子の背後に従っている乳母は「殿下。前王陛下のお邪魔をなさってはいけません」とおろおろしているが、王子は意に介さないで突撃した。この末っ子は、おじい様が自分を叱らないと知っているのだ。
「おお、ルイ。今日も早いな。ちゃんと朝食は取ったのか」
「はい。今日はミルクをお代わりしました。お父様が、背が伸びるにはミルクだぞとおっしゃったので」胸を張るルイは、今年で五歳になる。
アイリーンが女王になってから一年が経ち、即位後の業務移行も順調に進み、そろそろ自分は妻との思い出の離宮に移ろうかと考えている前王陛下だったが、こうして毎日自分を訪れる孫と会っていると、心が揺らぎそうになる。
「ルイは、もうすぐ家庭教師がつくんだろう?」
「はい。来月からクロス伯爵夫人が来てくれるとお母さまがおっしゃっていました」
「おお。クロス伯爵夫人か。アイリーンと学生時代から親しかった女性だな。とても優秀な方らしいから、ルイもよく勉強しなくてはな」
「はい。だけど、本当は僕、勉強よりもやりたい事があるんです」
「それはなんだか聞いても良いかい」
ルイは、乳母には聞こえない様におじい様の耳に口を当てた。
「僕、ビルみたいに宝飾職人になりたいの」
前王陛下は、自分もルイの耳に口を当て「ほう。それは何故だい」と小声で尋ねた。
「だってお母様が女王陛下になった時、ティアラがとても綺麗だったでしょう。僕はあれをずっと見ていたかったな。後でビルに聞いたら、あれは月桂樹と太陽なんだって。ビルのお店に行ったら、作っている所を見せてくれるかな」
前王陛下は、可愛い幼い孫の希望を消してしまうのは忍びなく「そうだな。きっと見せてくれるよ」と励ました。
「さあ、今日はおじい様と一緒に馬に乗りに行こうか」と誘うと「わあ!僕、馬に乗るのも大好き。おじい様と一緒なら怖くないです」大喜びのルイと手をつなぎ、二人は早速厩の方へ歩いて行った。
それから十年が経った。前王陛下は、五年程前から湖のほとりにある離宮へ移り住んで、今は夏に避暑に来るアイリーン達と会うのを楽しみに、日々魚釣りをしたり庭で小さな菜園を作ったりと、のんびり暮らしていた。
しかしいつもは静かなこの離宮に、今は突然の訪問者があった。
十五歳になり、今年から正式に王族として公務を始めるルイである。
ルイは、思いつめた表情で少数の護衛だけを連れて馬で現れ「おじい様。突然すみません。でも僕の考えを聞いてもらえるのは、おじい様しかいないと思って来てしまいました」と訴えたのだ。
いつも元気で明るいルイの深刻そうな顔を見て、前王陛下は「そうか。まずは汗を流して食事をしなさい。疲れを取ってから、ゆっくり話を聞こう」と招き入れたのだった。
離宮の侍女にルイを任せて一緒に行かせてから、前王陛下は護衛騎士に、この事はアイリーンも知っているのか尋ねた。
「知っています。殿下が女王陛下に啖呵を切って、ここに来るとおっしゃられたので」と苦笑した。「なんと、啖呵か」「はい、啖呵です。自分にはやりたい事があるのだと。王族の義務は分かっているけれど、自分の夢は諦められないとおっしゃっていました」
「夢とな…」前王陛下はルイがまだ幼かった時に、自分に打ち明けた‘’やりたい事‘’を思い出した。
「まさか、あの夢をまだ持っているのではあるまいな」護衛騎士達にも休養を取る様言いつけてから、前王陛下はひとり言を言った。
数刻が過ぎ、湯あみをして食事を取り、仮眠もとったルイが、スッキリした顔で「おじい様」と顔を出した。
兄アーサーと姉ソフィアがアイリーンと同じ黒髪に菫色の瞳に対し、このルイだけは父親であるエドワードと同じ茶色の髪に榛色の瞳のせいか、決してあからさまではないが、アイリーンはこの子に甘かった。その上末っ子らしく甘え上手な質である為、家族皆に可愛がられ、我儘ではないがどうも自由にのびのびと育ち過ぎたきらいはある。
(しかしそうは言っても、私もこの子にはどうにも甘くなってしまう)
アーサーとソフィアは、早い内から将来国を背負っていくという自覚の元、父母の背中をひたすら追いかけていたが、ルイは「僕は外で遊んだり絵を描いたり、馬に乗るのが好きなんだ」と言って、家庭教師との勉強や課題が終わるとすぐに「おじい様。遊ぼう」とやって来るので、ついつい一緒に図鑑を持って花や虫を見に付き合ったり、乗馬に連れて行っていた。その後で花や虫、馬の様子を絵に描いて見せてくれるのだが、それがまた上手で、ほめちぎったものだった。
しかし思い起こせば、その度にルイは「僕ね、こういうジュエリーが作りたいの。ビルさんみたいに」と言っていた。
「おお、ルイ。疲れは取れたか」
「はい。おじい様もお元気そうで良かった」ニコニコと笑うルイに、前王陛下は自分もつい頬を緩めたが、気を引き締めて「では、話を聞こうか」と人払いをした。
「私…僕が昔、おじい様に話した事覚えてる? なりたい物の話」
「ああ。ジュエリーが作りたいと言っていたな」前王陛下が答えると、ルイはパッと明るい顔で「そう。やっぱり、おじい様はちゃんと覚えていてくれた」と喜んで、さっきから脇に置いていた紙束を差し出した。
「おじい様。これを見てもらえますか。僕が書いたジュエリーのデザインです」
それは何枚もあって、全て絵の具で色が塗られている様々なジュエリーのデザインだった。
「見せて貰おう」
前王陛下が最初に取り上げた紙には、朝露に濡れたような鈴蘭が描かれていた。緑色の葉はゴールドにエナメル、白い鈴の花は真珠、そこについている露は小粒のダイアモンド。使う宝石がすべて指定されて書き込まれているそれは、ブローチのデザインだった。
次は何かと思ったらこれもまた本物そっくりな松ぼっくりで、一面に小粒のダイアモンドが散りばめられて、今雪の中から拾ったばかりのように見える。
そして、次の紙をみて思わず前王陛下は吹き出した。
それは今にも動き出しそうなカエルで、ぎょろりと突き出た目と背中のいぼに宝石を使っている。昔一緒に庭で見つけて、ソフィアが嫌がって泣いたカエルにそっくりだった。
ルイの描くジュエリーは自然の物ばかりで、他にも貝殻、魚、馬、太陽をモチーフにしたネックレスやブレスレットが並んでいた。
豪華であると同時に温かみがあり、見る人を笑顔にさせるような力があった。
(これは、すごい才能じゃないか)前王陛下は言葉も無く見続けた。
「おじい様、どう思いますか。お母様もお父様も、兄様も姉様も、皆僕が間違っていると言います。僕は王族に生まれたのだから、国の為の仕事をするべきだと。僕もそれはちゃんと理解しているんです。この国も、民も、家族も、大好きですから。けれど、ジュエリーを考えてデザインする事も止められないんです。僕はこれを取り上げられたら、きっと心が無くなってしまう。自分の心を無くして、人の為に尽くす事は出来ないです」
ルイは言い終えて涙をこぼした。
前王陛下は押し黙って考えていた。
(私も、アイリーンも、おそらくアーサーもソフィアも、王族として国を導く仕事が自分の心から望む道だった。エドワードは、多分アイリーンを支えるのが自分の道だったのだろう。しかし、ルイは違っていた。この子にこの有り余る才能と情熱を捨てさせる事が、果たして正しいのだろうか。いや、それがこの国の為になるのだろうか。何とかしてこの才能を、国の為に生かす道を考えてやれないのか)
黙って自分の意見を待っているルイに、前王陛下は話しかけた。
「まずルイの描いたこのデザインは、どれも素晴らしい。私は、お前には紛れもなく才能があると思う」
ルイは、それを聞いて頬を紅潮させた。嬉しそうな顔を見ながら、続けて
「改めて聞くがお前は昔、ビルのように職人になりたいと言っていただろう」
「はい」
「もし今でもそう思っているなら、お前は今すぐ継承権を手放し、王家を離れて誰か宝飾職人の弟子に入らなければならない。お前はもう十五だ。職人になるには遅いからな」
それを聞いたルイは「僕はあれからビルの仕事を見せて貰って、僕には職人は向いていないと分かりました。あれは、本当に根気のいる緻密な作業です。僕には、部屋にこもってずっと細かい作業をする事は出来ません。それなら自然の中に出て行って、心惹かれた物をジュエリーという形に出来るデザイナーになりたいと思ったんです」
「そうか。デザインなら、王族の公務をしながらでも出来るんじゃないか。
お前がこの国の中を視察する時、その地方の美しい花や自然を見てジュエリーのデザインを考えたら、ビルや素晴らしい職人に作ってもらえば良いんだよ。
考えてごらん。これほど素晴らしいジュエリーを、王子がデザインしている国なんて聞いたことが無い。要人に贈る品としてもふさわしいし、他国に作成を乞われれば、外交での有利なカードになることだってある。
エドワードが進めている新しいジュエリーで作ったら、ますますガラス産業も潤って外貨をもたらすだろう。
言い方は悪いが、王子であるルイがデザインすることで生まれる価値は、多少公務をする時間が削られるとしても、それをしのぐ。
その代わり、お前は名声や栄誉を受ける理由を自分の為ではなく、国の為と心しなければいけないよ」
「おじい様、ありがとうございます。僕、自分のデザインでこの国の役に立てるのなら、こんなに幸せな事はありません。王都へ帰ったら、お母様達にも今おっしゃって頂いた事を話してみます」
「ああ、そうしなさい。私からも、アイリーンには手紙を書いて持たせよう」
ほっとした顔になったルイは、椅子から立ち上がって言った。
「そうと決まればおじい様。まずは離宮の庭に行きましょう。何か良い物が見つかるかもしれないですよ!」
「おお、そうだな」ルイに手を引かれた前王陛下は、あの頃に戻って嬉しそうに孫と一緒に庭に向かった。
その後、王家としては異色のジュエリーデザイナーとなったルイは、生まれ育ちで自然に身に付いた宝石の審美眼も手伝って、名声を得る事となる。
ルイのデザインでビルが制作した作品は、ジュエリーでもあり美術品でもあると言われ、大陸でも限られた人間しか身に着けられないジュエリーとして知られた。
しかしルイは終生前王陛下の教えを忘れず、著名なジュエリーデザイナーである前に、カーツァイト王国第二王子ルイとして、国に貢献する事を第一として生きた。