軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5 ビルと弟子の話 2

話を聞いてどういう事か分かったビルは、二人に近づいてダレンに尋ねた。

「伯父さんは、この子を弟子にするって言ってたんですか」

「はい。この子は来年十五歳で孤児院を出るんですが、前から宝飾職人になりたいと言って、親方の仕事をよく見に来ていたんです。

親方もマイクがあまりに熱心なので、実際に少しやらせてみました。そうしたら筋が良いと驚いて、来年から雇ってやるとこの子に約束していたんです。

ビルさん、マイクは私から見ても、本当に才能がある子です」

ダレンは話の途中から期待を込めた様子で、ビルにマイクを推薦した。

「そうですか。 …マイク、俺はマシュー伯父さんの甥で、王都で宝飾店をやってるビルだ」

マイクはそれを聞いて目を見張った。

「女王陛下の宝飾職人のビルさんですか」

「そうだよ。 マイク、俺にはまだ弟子がいないんだが、伯父さんの代わりに俺の弟子になるのはどうだろう。もしそれで良ければ、俺が帰る時一緒に王都に行かないか」

「俺は…嬉しいです。とても。でも女王陛下の宝飾職人が、俺みたいな孤児でよく分からない奴を、弟子にしても本当に良いの?」

思いがけない幸運に目元を赤くして、けれど尚信じ切れず不安気に尋ねるマイクに、ビルは笑って答えた。

「マシュー伯父さんが見込んで、弟子にする約束をした。その上ダレンさんからの推薦もある。それだけで充分だろう。いつか俺が伯父さんに、こんな素晴らしい弟子を譲って貰ったと、感謝する日が来るかもしれないぞ」

それを聞いたマイクは、今度こそ嬉し涙をこぼして頭を下げた。

「ありがとうございます。俺、本当にずっと宝飾職人になりたかった。

だからこれから、死に物狂いで頑張ると約束します。よろしくお願いします、師匠」

「おう。こちらこそよろしくな」

ビルの弟子となって一緒に王都に戻ったマイクは、マシューが見込んだ通り才能がある上、日々努力を怠らなかった。ビルはそんなマイクに、マシューが自分にしてくれたのと同じく、惜しみなく全ての技術を教えていた。

ある日、ビルが遂に弟子を取ったと聞いたアイリーンとエドワードが、好奇心を抑えられずお忍びで店にやって来た事があった。

マイクはその時、ビルに教えられた彫金の練習を繰り返していたが、集中するあまりこの国の女王陛下と王配殿下が自分の背後にいる事に全く気付かなかった。

アイリーンはマイクが薄く伸ばした金に精密な葉脈を彫る姿を見て、「ビルの作ったブローチを思い出すわね」とエドワードに囁いた。

その声に後ろを振り向いたマイクは、絵姿で何度も見た女王陛下がいる事が信じられず、自分の頬をきつくつねって「痛っ」と声を上げ、皆は笑い声をあげた。

「あ、俺、私、ビルさんの弟子にしてもらったマイクと言います」ビルに促されて、アイリーンとエドワードにしどろもどろに挨拶したマイクに「ビルの初めてのお弟子さんね。きっと素晴らしい宝飾職人になると信じています。期待していますね」とアイリーンは微笑んだ。

マイクの頬は見る間に紅潮し、それを見たビルとエドワードは『あ、これはもう進む目標が決まったな』と確信した。

それからエドワードが「熱心に学ぶのは素晴らしいが、ビルから夜遅くまで頑張って、ろくに休まないと聞いたよ。きちんと休みも取って身体に気を付けなさい」と心配したが、マイクは「私は生まれてから、今が一番楽しいです。時間がいくらあっても足りません」と笑うので(まあ、師匠も似たようなものだしな)と「ビルもマイクも、ちゃんと食事を取って休むように」と苦笑いした。

そんなマイクをビルは励まし導きながら見守っていたが、弟子になって数年経った頃、こんな提案をした。

「マイク。お前さえ良かったら、俺の養子にならないか。俺は今は天涯孤独だし、お前もそうだろ。俺はお前に、将来この店を遺してやりたいと思ってるんだ」

生まれてから一度も、確かな物を手にした事の無かったマイクは、自分の耳を疑った。

マシューが亡くなった時潰えたかと思った夢だったが、ビルは自分を弟子にしてくれ、王都に連れて来て叶えてくれている。

それだけでも十分なのに、どうしてこんなことまで言ってくれるのだろう。

「師匠。俺は師匠に何一つ返せません。どうしてそんなに良くしてくれるんですか」

「マイクは、俺にたくさん返してくれてるよ。お前のジュエリーへの情熱と新しい視点は、俺の中の情熱もやる気も、日々呼び起こしてくれる。お前が店の色んな事をやってくれるのも、とても助かってるんだ。

でもな、それだけじゃない。俺はお前っていう人間が好きだし、弟子だけど尊敬もしてる。お前は約束されてた雇い入れを断られた時も、きちんと事情を聞いて、決してダレンを責めなかっただろ。諦める癖がついている事もあるだろうが、それでも相手の立場を考えて笑顔を見せた。

そう言う事は、大人でもなかなか出来るもんじゃない。

だがお前は王都に来てから、休みの日も何か自分に出来る事がないか探してるだろう?

俺の役に立たなければと、ずっと自分を縛り付けているようにも見える。

俺はマイクにもっと沢山の物を見て、好きな事に挑戦して欲しいと思う。俺もそうだったように、その経験が、お前のこれからの作品に生かされるからだ。

だからマイクがこの先の生活に安心して、もっと我儘を言えるようにしたいと思った。

それが養子にならないかと提案して、店をマイクに遺したい理由だ。

…もっとも、俺も父親の事はほとんど知らないから、マシュー伯父さんが俺にしてくれた事の受け売りしか出来ないけどな」

ビルが自分について考えてくれていた事を聞くうち、マイクは言葉では表せない思いでいっぱいになった。

ビルの言うように、マイクはいつでも諦める準備をして生きてきた。

自分の出来る限りの事はする。それでも運命が願う物を奪って行く時に備え「俺は最初から何も持っていない。失っても最初に戻るだけだ」と何を失くしても平気で、しがみつかないで生きるようにしてきた。

けれど王都に来てビルの弟子になれてから、この暮らしを失うのが怖くて、追い立てられるように修行し、役立たずと思われたくなくて、休む間もなく働いていた。

それを、師匠は見抜いていた。

「俺…もし師匠が父親になってくれても、ちゃんと息子が出来るか分からないです」マイクはやっとの事で声を振り絞った。

「俺だってちゃんと父親になれるかなんて、分からないよ。だから最初は無理せず、今まで通り師匠と弟子でも良いし、お互いちょっとずつやっていかないか」とビルは笑った。

マイクは黙ったまま何度もうなずいていたが、やがて小さな子どもの様に泣き出した。

ビルは昔、隣国に迎えに来てくれたマシュー伯父さんが自分にしてくれたように、しっかりとマイクを抱きしめた。

マイクはその後、興味を抱いた事は何でも柔軟に学ぶようになった。必要とあらば王都から離れて遠い地まで赴き、その土地の独自の技術も習得した。ビルから教えられた技術を身に付けた上で、そうやって自分なりの工夫を編み出した結果、マイクはいつの間にか、王都でも指折りの宝飾職人に成長した。

やがてソフィア王女が、マイクのジュエリーを愛用するようになり、ビルとマイクが二人でルイ王子デザインのジュエリーも制作するようになった頃、二人の店は『王室御用達』を賜る事になった。

王宮に赴いて任命を受ける時、ビルにプレートを受け取る栄誉を譲られたマイクは、アイリーンから「二人共おめでとう。マイク、よく頑張りましたね。これからも二人のジュエリーを楽しみにしています」の言葉と共に、新しい金のプレートを授けられた。

その日店に戻ったビルとマイクは、二人で一緒にプレートをかけ替えた。

ビルが外した『女王陛下御用達』のプレートを、マイクが受け取って綺麗に磨いて布に包み、それをビルが大切に箱に収めた。

それからビルが取り出した『王家御用達』のプレートを、マイクが今までの場所に掲げると、二人は通りに並んで新しい金色に輝くプレートを見つめた。

「お父さん、ありがとう」

不意にマイクがビルに言った。ビルがお父さんと呼ばれるのは、これが初めてだった。

「なんだよ、急に」ビルがうろたえると、

「俺が今持ってるものは、全部お父さんがくれた物だよ。俺は小さい頃から、自分の願いが叶うなんて信じていなかった。だけどお父さんに出会えて、自分が何かを望んで良いって事を信じられた。そのおかげで、今こうしてここにいられる」

マイクはもう一度ビルの目を見て「ありがとう。お父さん」と言った。

(何だよ、これじゃあマシュー伯父さんの事を笑えないじゃないか)

ビルは必死で涙をこらえようとしたが、ダメだった。

「お前が今持ってるものは、全部お前が自分の努力で手に入れたんだ。俺はそれを少し手助けしただけだ。だからお前は、自分を誇って生きろ。

俺だってお前が息子になってくれて、頑張る意味が増えた人生に感謝しているんだ。息子になってくれてありがとう、マイク」

出会った頃よりずいぶん大きくなったマイクが、少しだけ小さくなったビルを抱きしめ、二人は喜びと共にもう一度、二人のプレートを見つめた。

やがて宝飾職人の父と子は祝杯を上げようと、今日と言う日にふさわしい『幸運な偶然』という名の居酒屋へ歩き出した。