軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2 アルカン村のマギー2

翌朝、激しい頭痛と燃える様な身体の熱さで目覚めたマギーは、自分も疫病に侵されたのだと悟った。エマを自分から遠ざけなければと思い、昨夜抱きしめて眠った、幼い娘を起こそうとした。『エマ』痛む喉から何とか声を振り絞り名前を呼ぶと、胸の中に抱いていた娘の身体が燃える様に熱く、呼吸が荒くなっている事に気が付いた。

『エマ、エマ』熱でままならない身体を何とか起こし、マギーは娘の顔をのぞき込んだ。

エマは意識が無く、口を開けて苦しそうに息をしていた。

マギーはよろめく身体を叱咤し、エマを抱きしめて立ち上がった。

昨日どこの部屋を使っても良いと言われ、マギーは食事を取りに行く事を考えて、一階の一番玄関に近い部屋を選んでいた。そのことに感謝しながら何とか玄関までたどり着き、声を振り絞った。

『マリーさん。エマが疫病にやられた。熱が高いの。お願い、先生を呼んで』

声が届いたのか分からなかったが、ここまでがマギーの限界だった。

エマの小さな身体を抱きしめながら、マギーは玄関の内側で意識を失くし倒れた。

遠くの方で誰かが『これを飲んで』とマギーに呼びかけていた。

喉が痛み、身体が熱く、息が苦しい。

舌の上に薬を置かれたマギーは、口元に当てられたグラスから水をこぼしながらも飲み込み、喉の渇きを覚えてもっとと口を開けて何度かに分けて飲み干した。

『きっと助かるよ。明日には熱も下がるからね。大丈夫だよ』自分を励ます声に、エマとサミュエルはどうなったのか尋ねようとしたけれど、また意識が遠のいて抗えず眠りに落ちた。

次に目を覚ました時、マギーの熱は下がり喉の痛みも消え、身体は重く怠かったが意識ははっきりしていた。

目を開けて周囲を見てみると、村長の別棟の部屋だという事が分かった。

『エマ』呼んでみたが、声は返ってこない。

起き上がったマギーは目まいがしたが、ゆっくり気を付けて立ち上がりドアを開けて、部屋の外に出た。

玄関ホールには沢山のシーツや洗面器、タオルが積んであり、置いてある椅子に腰かけて医者の娘のアンが座っていた。アンの顔色は悪く、疲れ切って眠っているようだった。

マギーは彼女を起こすのはしのびなかったが、どうしてもエマの事が聞きたくて、悪いと思いながらそっと揺すってみた。

しばらくしてアンの目が薄く開き、自分を揺すっているのがマギーだと気づくと『熱が下がったんだね!』と声を上げた。それから『こんなにすぐ起き上がっちゃダメだよ。まだ寝ていなけりゃ、また倒れるよ』と部屋に戻そうとしてきたので、それを押し留めてマギーは尋ねた。

『アン、私の夫と娘はどうしているか分かるかい。娘は、ここに私と一緒にいたんだよ。夫は家にいて、先生に頼んだんだ』

アンはそれに答えようとしたが、言葉がうまく出なかった。

言いあぐねているアンを見て、マギーの顔は絶望の色に染まりながらも『私と同じで元気になったんだよね』と聞きながらアンの両腕をすがるように握り、その力の強さがアンを更に追い詰めた。

『マギー。サミュエルもエマも、もう亡くなってしまった』

やっとアンが言葉を発した時、マギーは獣のように声を上げ、泣きながら崩れ落ちた。

『どうして!どうしてなんだ。それなら私も死にたかった。なんでエマを助けてくれなかったんだ。私なんて助けなくて良いから、エマを助けて欲しかったよ!』

泣きながら床を弱々しく叩くマギーを、アンは黙って抱きしめるしかなかった。

それから別棟の部屋で養生し、身体が回復して家に帰る日まで、マギーは一言も口をきかなかった。

彼女の中には、サミュエルを一人で死なせてしまった事、エマをすぐに遠ざければ良かったという後悔と、何よりも自分だけが特効薬を飲み、助かったことへの罪悪感が渦巻いていた。

そして罪悪感が大きくなると共に、行き場の無い怒りがマギーの中で恨みの気持ちに変わり、日に日に大きくなっていった。

サミュエルの事を、先生はちゃんと診察して気にかけてくれたのか。

私はサミュエルの看病もさせてもらえず、エマと一緒にここに押し込まれ、死に目にも会えなかった。サミュエルはどんなに寂しく辛かっただろう。

エマだってそうだ。エマは亡くなる時、きっと私を呼んだだろう。

私は二人と一緒に逝きたかった。二人がもういないのなら、私にも薬を飲ませる事なんてなかったじゃないか。

マギーは一人ベッドに横たわって、誰にぶつければ良いか分からない悲しみと怒りを、抱え込み募らせていた。

マギーが別棟に来て三週間近くが経ち、ついに回復して家に帰る朝、部屋までやってきたマリーが『回復するまでは、あまり教えない方が良いと思っていた』と言い、あれからの事を話してくれた。

マギーとエマの感染が判明した頃、既にサミュエルは亡くなっていた事。

エマも倒れてから二日後には亡くなり、二人共疫病を広げない為に、すぐに教会の墓地へ埋葬されたという事。マギーはその話を暗い目で黙って聞いていた。

マギーはマリーが以前より痩せて、目の下にはひどいクマが出来ていることに気付かなかった。

村長の妻であるマリーは、特効薬がアルカン村に届けられるまで、この別棟に運び込まれる人々の食事や世話の指揮をとり、まだ元気な人は病にかからないよう、口元を覆い手を石鹸で洗うなど、医者の教えを皆に広めるのに奔走してきた。石鹸を持っていない家には、村長宅にある分を渡し、働き手が倒れた家には食料を運んだ。

自分がここで病に倒れている間、自分の役割を精一杯果たしている人がいたという事を、夫と娘を一緒に亡くしたマギーには考える事が出来なかった。

『マギーは症状が軽くて体力があったから、薬が来るまで持ちこたえたんだよ。あんた達がここで倒れているのを私が見つけて、あんたもエマちゃんも先生がすぐ診に来てくれたんだけど、薬が無かったから出来る事がほとんど無くてね。熱さましを飲ませても熱が下がらなくて、エマちゃんはそのまま儚くなってしまった』目に涙をためるマリーに、マギーは尋ねた。

『先生は、どこにいるんだい。目が覚めてから、娘のアンしか見ていないんだ。先生には聞きたい事がたくさんある』

マギーの恨みのこもった目を見て驚いたマリーは、一つ息を吐いた後、抑えきれない非難を込めた目を向けた。

『あんた、先生を恨んでいるのかい。あんたが辛くて苦しいのはよく分かるけど、先生を責めるのはお角違いだ。そんな事で楽になんてなれないよ。恨みつらみを抱えて、ますます暗がりにはいっていくだけだ。それにね、先生にあんたは会えない。いや、もう誰も会えないさ。

先生は、あんたの旦那を看取ってエマちゃんを診察して、それから何人もの村人を診た後、自分も疫病にかかって倒れたんだ。先生も特効薬が間に合わなくて、もう亡くなってるんだよ。

たった一人の家族を亡くしたアンは、それでも別棟で働いてあんたの看病もしてくれてたさ。

二人を亡くしたあんたに、きつい事は言いたくないよ。それでもね、先生もアンも、精一杯の事をしてくれたのは分からなきゃいけないよ』