軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2 アルカン村のマギー1

いつものようにアンとマギーがゴシゴシと洗濯物を板にこすりつけ、汚れを落としていると「アン、マギー。セシールとジョージが遂に結婚したんだって」と、村長の妻であるマリーが、手紙を手に近づいてきた。

「あら、やっとですか。ジョージと来たら、いつまで経ってもセシールを迎えにいかないで、このままお爺さんになるんじゃないかと思ってたよ」マギーが嬉しそうに悪態をつくと、アンも「セシールもやっと娘さんの事が落ち着いたんだね」と穏やかな笑みを見せた。

「そうみたいだよ。リリーがデビュタントを迎えたからって、書いてある。デビュタントなんて想像も出来ないけど、セシールがここにいた頃、娘さんはまだ一歳かそこらだっただろ。早いもんだね」

「そうですねえ。人様の子どもはすぐに大きくなっちまう。ハンナさんもきっと喜んでいるだろうね」マギーが懐かしそうに言うと

「きっと、どこかでセシールの晴れ姿を見てたと思うよ。ハンナさんの可愛い娘だからね、セシールは」アンも同意して三人で少ししんみりとうなずき合った。

その日ジャックの家から帰る道すがら、アンと別れたマギーは、教会にある共同墓地へ寄った。もう知っているだろうけれど、ハンナに直接報告してやろうと思ったのだ。

それと同時に、マギーは墓地に来れば必ず立ち寄る先もあった。

ハンナの墓は、村長宅の皆が代わるがわる訪れ綺麗にしていて雑草も無く、誰かが飾った花もまだ萎れていなかった。

‘’ ハンナ・ウィルソン ここに眠る ‘’ ハンナが平民ではなく名字を持つ男爵令嬢だった事は、この墓碑を刻む時にクロス伯爵家から来た侍従が教えてくれて、皆初めて知った。

セシールが病気になったと聞いてアルカン村にやって来たハンナは、既に平民になっているセシールの世話を献身的に行っていた。

自分達はそれを見て(もう同じ平民同士になってもこんなに大事にしているのは、きっと幼い頃からの関係があるからだろう)と思っていたが、まさか、ハンナが貴族という身分を放り出してまで、セシールに仕えていたとは想像していなかった。

(そんなのはもう、侍女じゃなくて親の気持ちだよ。ハンナさん)

いつもこれを思うと涙ぐんでしまうマギーは、今日もホロリと涙をこぼしながら、ハンナの墓を綺麗に拭いた。

「セシールとジョージが結婚したんだよ。今度、絵姿を送ってくれるって手紙が来たから、届いたら見せにくるね」しばらく祈りを捧げてから、よっこらしょと立ち上がり、マギーはもっと奥の方に小さく固まってある墓に近づいた。

‘’ サミュエル ‘’ ‘’ エマ ‘’ 寄り添っている二つの墓の前に、マギーはしゃがんでハンナの墓と同じように綺麗にし始めた。

「ちょっと間が空いちゃってごめんよ」そういいながら草をむしったり、雑巾で拭いたりしていたが、元々ほとんど汚れていなかった墓の掃除はすぐに終わった。

墓石が綺麗になった事を確認したマギーは草の上に腰を下ろし、最近村で起こった出来事や、ジャックに聞いた面白い話、ジョージとセシールの結婚の事を二つの墓に向かって話し始めた。

やがて話す事が尽きた頃マギーは立ち上がり、「また来るね」と声をかけて墓地を後にした。

腕の良い大工だったサミュエルと、まだ三歳だったエマは、マギーの最愛の家族だった。

『こら、エマ!まだお父ちゃんが帰ってないんだから、つまみ食いしちゃいけないよ』

『だって、エマお腹空いちゃったよ。お母ちゃん、お父ちゃん遅いねえ』

あの日、いつもならもう帰っているサミュエルの帰りが遅く、エマはお腹を空かせていた。帰ってきたらすぐに食べられるよう用意してあった夕食のハムを、エマが手でつまんで口に運ぼうとしているのを見つけ、マギーはエマを叱った。

しかし『本当に遅いね。どうしたんだろう』自分も心配になっていたマギーは、小さいパンを一つエマに与え、二人で手をつないで家の外の道まで見に行ってみた。

『お母ちゃん、あれ、お父ちゃんかな』

夕闇の中、ふらふらとおぼつかない足取りでこちらに向かってくる男がいて、目を凝らすと確かにサミュエルだった。

『あんた、どうしたの』エマと一緒に駆け寄ろうとすると、サミュエルは『来るな!』と叫んだ。反射的に歩みを止めたマギーだったが、カッとなって『来るなって、どういうことだい。こんなに遅くなってさ。エマだってお腹が空いてるんだよ』と怒鳴り返した。

何か返事が返ってくると思って待ったが、サミュエルは何も言わず、そのままそこで倒れた。

『あんた!』駆け寄って様子を見ると、顔が真っ赤になり、一目で高熱と知れた。エマも、サミュエルにすがって泣いている。

『お医者さんを呼んでこなきゃ。その前に家に運んで…』おろおろしながらも、マギーは馬鹿力を発揮してサミュエルをなんとか家まで運び、ベッドに寝かせた。

それからエマに『お母ちゃんは先生を呼んでくる。エマは、テーブルにある食べ物を食べてて良いから、お父ちゃんと一緒に待ってておくれ。すぐ帰ってくるからね』

言い聞かせて、村にいるただ一人の医者を呼びに走った。

医者は夕飯を取っていたが、話を聞いてすぐに往診してくれた。

この医者は男やもめで、マギーと同い年の娘に世話を焼かれながら二人で暮らしていた。

彼は情に厚く、長年村人に頼られてきた男だった。

医者を連れて家に帰りつき、ドアを開けるとエマが泣きながら飛びついて来た。

『お母ちゃん!お父ちゃんが目を覚まして、誰も近寄るなって怒ったの』

それを聞いた医師は『ここで待っていなさい』と言ってカバンから出した布で口を覆い、寝室に入って行った。

不安に震えながらエマと二人で待っていると、しばらくして医師が出て来てこう告げた。

『サミュエルは、疫病にかかっている。二十年以上前、隣国で流行っていた疫病だ。この国に入ってきたと聞いていたが、まさかアルカン村にこれほど早く来るとは。今日、サミュエルはどこに行っていた?』

マギーは目の前が暗くなりながら答えた。

『領都です。大きな現場があるからって、朝から乗合馬車で出かけました』

『領都か。おそらくそこでうつったんだろう。この病は進行が速い。今日乗合馬車で一緒に帰って来た者は、全員危険だ。誰と行ったか分かるかい』

『同じ大工のカールは一緒です。あとは分かりません』

『とにかく、ここにいては病気がうつる。村長に言って、空いている部屋へ泊まらせてもらいなさい』

『でも、そうしたらサミュエルはどうなります⁈』

『私と娘が食事は運ぶが、これからおそらく多くの病人が出る。悪いが、看病という看病はしてやれないだろう』

『薬は? 特効薬を隣国が作ったと新聞で読みました!』

マギーは先週サミュエルが珍しく、現場で貰ったと言って持って帰ってきた新聞に載っていた事を思い出した。そこには、確かにカーツァイト王国に疫病が発生し始めたが、隣国から特効薬を回してもらえると書いてあった。

『特効薬は、まだアルカン村はおろか、領都までは来ていない。まず王都の商会が仕入れて、それから地方に回るんだ』

『じゃあ、私が王都まで行って買ってきます‼』

医者は、マギーの必死な目を悲しそうに見つめ、『マギー。王都は行って帰るのに、どんなに急いでも四、五日はかかる。この病気は、本当に早く進むんだよ』

それから呆然としているマギーに、『娘さんの事を考えたら、ここはもう出た方が良い。早く村長の所へ行って、疫病が発生した事を知らせてくれ』

マギーはジャックの家へ行き、事のあらましと医者からの伝言を伝えた。

医者は『マギーとエマはサミュエルに接触しているから、村長の家の外にある古い別棟を使わせてもらいなさい』と言っていて、それを聞いたマリーはすぐに『じゃあ汚くて悪いけど、こっちの棟のどの部屋でも良いから使って、出来るだけそこから出ないで過ごしてくれるかい。食事は玄関前に置くから。もしかしたら、どんどん人が増えるかもしれない』と言って、慌ただしく二人を別棟の中に入れた。

マギーはサミュエルの事が心配でならなかったが、エマを守る為なら仕方ないと医者を信じて夜を明かした。