作品タイトル不明
見張りよろしくね
ギルドへ行くと、知らないビール腹の男性がパッソアの後ろに控えていた。
紹介も何もなかったのだが、大方誰かは想像がつく。立派な身なりで年齢はパッソアより少し上。なにかを期待するようなワクワクした表情をしている。
「おはようございます、パッソアさん。それから、そちらはもしや、〈グリヴォイ〉のご領主様でしょうか?」
別に外れたってかまわない。上の人物に勘違いしている分には失礼に当たらないだろうと、ハルカは適当な憶測で先制して挨拶をする。
「ほっ、ばれてしまったか、流石は特級冒険者。勝手に同席して申し訳ない。ただ、特級冒険者に会える機会などそうないので気になってしまってなぁ……。儂がこの〈グリヴォイ〉の街をあずかっている、オルメカだ」
「ご丁寧なあいさつ痛み入ります。ハルカ=ヤマギシと申します。わざわざご足労いただきありがとうございます」
「いやぁ、パッソアがえらい美女だというから物見遊山できてみたけれど、聞いていた以上だ。一目見られただけでも来たかいがあったというもの。それにそちらはこの街出身の一級冒険者なんだろう? 領主として足を運ばぬわけにいくまいて」
モンタナが軽く頭を下げると、伯爵はほっほと腹を揺らして笑う。昨日パッソアが酒の席にやけに軽い言葉で誘ってきたのも、この対応を見るとなんとなく理解できた。
「申し訳ないですね。オルメカ様がどうしてもというので同席頂きました。それから大型飛竜に関してですが……」
「パッソア、もう身分はばれてしまったし儂から話そう」
オルメカ伯爵が前に一歩出ると、肩をすくめたパッソアがそれに合わせて一歩下がる。どうやら本当に良好な関係を築いているようだ。
「大型飛竜というのは見たことがないが、大人しいのなら街の横で待機するくらい構わんよ。ただ怖がるものもいるだろうから、兵士を配置して立て看板くらいは立てさせてもらうが……。……暴れたりせんのだろ?」
「はい、それは間違いありません。もちろん危害を加えられては困りますが……」
危害と言っても、一般人に毛が生えた程度のものから攻撃されたところで、多分ナギは痛くもかゆくもない。ただ『嫌だなぁ、やめてほしいなぁ』くらいの感想は持つだろうから、気持ちの問題である。
「ほっほ、面白い冗談を。そんな勇者がいたら教育してから兵士にでも編入させる。大型飛竜というのはでかいのだろう?」
「そうですね、大体このギルドの横の長さくらいは……」
「ほっ、思ったよりでかい! 後で見に行ってみるか」
眼を大きく見開いたオルメカ伯爵は、そわそわし始める。ハルカを見に来たことと言い、どうも好奇心が旺盛な人物のようだ。腰にはちゃんと武器も携えているから、もしかしたら戦うことができる人物なのかもしれない。
なにせ〈ドットハルト公国〉の貴族。ハルカの知っている代表的なそれと言えば【亡剣卿】だ。剣に魔素を込めて振り回しながら破壊し、海を叩き割る男である。
「ま、そんなわけだから、こちらでも兵士を用意して待っているから、早く迎えに行ってやるといい。見られるのを楽しみにしておるよ、ほっほ」
「一応冒険者ギルドの方でも不届き者が出ないよう見張りを出しておきます。……まぁ、近くで大型飛竜が見られると言えば、酔狂な奴が何人かいるでしょう」
楽しそうなオルメカ伯爵に続いて、パッソアも対応することを約束してくれた。
「ありがとうございます。では仲間たちを迎えに行ってきますので」
ハルカが話を切り上げると、二人からもあっさりと退室の許可が出た。てっきり長話にでも付き合わされる流れかと思っていたので、ハルカとしては拍子抜けだ。
ハルカはどうも理解していないが、戦いに身をおいたことがありながら特級冒険者を安易に拘束しようとする者など滅多にいない。直接出向いてきたオルメカ伯爵も相当珍しい部類だ。特級冒険者なんて会わない方がいいと思っているものも少なくないだろう。
ひとえに歴代の特級冒険者がろくでもないことをしてきてくれたおかげである。
冒険者ギルドを辞した二人は、街の外まで行くとそのまま空を飛んで留守組のいる場所へ向かう。すでに門の近くには立て看板を打ち込み始めている兵士がいたので、準備を待つ必要はなさそうだった。
背中に引っ付いたモンタナの耳と尻尾をなびかせながら、さっと戻ってきたハルカたちは、事情を説明してすぐに街へととんぼ返りする。
街の少しだけ手前で着陸したナギを見て、兵士たちはどよめき後ずさったが、背中からハルカたちが下りてきて先頭を歩いてくるのを見て辛うじてその場にとどまった。
聞かされていようが怖いものは怖い。
ナギくらいの大きさになると、人間なんておやつ感覚でつまめてしまう。ナギはナギで初めて来た町が物珍しいのか、兵士をじっと見てみたり、首を伸ばして街の中を覗き込もうとしたりしているから、余計に怖いのかもしれない。
ハルカからすると好奇心旺盛な雰囲気に、まだまだ子供だなとかわいらしく思うのだが、感じる印象はそれぞれというところだ。
やがて立て看板の奥におとなしく収まって伏せたナギを確認して、兵士たちはようやく少しだけ肩の力を抜いた。
ハルカが何の気負いもなくナギの口元を撫でて、これからの予定を話して聞かせていたのも良かったのかもしれない。
あるいはアルベルトが「おとなしくしてろよ」と言って、鼻の頭をぺんと叩いたのが効いたのか。もちろん力を籠めたりしていないから痛くもなんともない。わかってるよという返事なのか、ナギもふんと鼻から息を出してアルベルトの髪の毛を揺らす。
とにかく自分たちと同じサイズの冒険者たちが気安く接しているのを見て安心したということなのだろう。
ハルカが「よろしくお願いします。おとなしい子ですので、あまり怖がらないであげてください」と頭を下げると、一部の兵士は頬をほころばせたり顔を赤くしながら照れたりしていたので、それもまた一つ効果があったのかもしれない。
そんなわけでナギに留守番させて、ハルカたちは街へ入り、マルトー工房へと向かうのであった。