作品タイトル不明
ずれ
「カトルさんの護衛は、国の兵士の方じゃなかったんですね」
「兵士みたいなものよ。うちの国はお父さんが団長をしてた【砂塵の家】って傭兵団が元になってできた国なの。その弟分があのゲヘナ将軍で、護衛についてたのはゲヘナ将軍が率いてた【砂の蜥蜴】って傭兵団」
「なるほど……、一応信頼できるはずの護衛だったわけですか」
「そのはずだったんだけどね。どうしてこうなっちゃったんだろ。確かに最近変だったんだけどさ」
カトルはため息をついて空を見上げる。
憂鬱な気分と裏腹に、視界には雲一つ映らない。
満天に浮かんだ月は、ポッカリと空に開いた穴のようにも見えた。
ハルカが二人を連れて丘へ戻ると、意識のある三人がギョッとした顔でそれを見上げる。
経験が浅いとはいえ、戦いの場に身を置くものだから理解できる。ハルカが同時に複数、しかも聞いたことのないような魔法を行使していることを。
先ほど一瞬にして大怪我を治した魔法使いだ。
同じくらいの気軽さで、自分たちの命を奪えるだろうことも、なんとなくわかってしまった。
「カトルさん、護衛についてきた【砂の蜥蜴】の方はこの人たちと、あとはゲヘナ将軍、それから黒づくめの男だけですか?」
「ええ、そうよ」
だとすれば一度元の野営地に戻って残りの二人もなんとかするべきだ。
「あなたたちが追ってきた時、その二人はどうしていました?」
「将軍は、顎を押さえて苦しんでいました。黒づくめは、その横にいたような……」
「横ですか?」
傭兵の一人は機嫌を損ねないようにという思いから、素直にハルカの問いに答える。どうせ【砂の蜥蜴】の現団長も捕まってしまっているのだ。助けなど期待できない。
問い返された男は、慌てて横にいる仲間に声をかける。
「お、おい、そうだったよな?」
「あ、ああ、確かに。なんか心配してるようだったな」
「あ、そうだ、魔法使いだし、何か痛みを和らげようとしてたんじゃねぇかな」
口裏を合わせているという感じではなかったが、どうも違和感のある供述だ。ハルカがカフスを撫でながら首を傾げていると、モンタナが口を開く。
「その魔法使いは、仲間じゃないです?」
「あ、ああ。なんか将軍が連れてきたらしいぜ」
「うちの大将も陰気で気持ち悪いって言ってたな。名前もよくしらねぇし」
謎の闇魔法使い。
どうにもきな臭い話だ。
「カトルさん、ご存知でしたか?」
「知らなかったわよ。ゲヘナ将軍が昔馴染みだって言ってたから、【砂の蜥蜴】の人だとばっかり……」
ほんのわずかな沈黙。
誰一人としてあの闇魔法使いの正体を知るものはいない。
「ハルカ、ここで待ってるですよ。見てくるです」
「私がいきましょうか?」
モンタナなら夜の茂みでも方向を見失うことはないだろう。それでも現場まではハルカが空を飛んだ方がわずかに早いだろう。
「さっき行ってもらったですから。それに、こっそり行ってくるですから僕の方が適任です」
「それではお願いします、無理のないように」
「様子見て戻ってくるです」
駆け出したモンタナの姿は、すぐに茂みに紛れて見えなくなった。
モンタナの実力は十分にわかっているし、信用もしているが、それでもハルカは少し心配をしていた。
まぁ、親しい人が危険な場所に向かうのだから、そんな気持ちが湧いてくるのも無理はない。
じっと去っていった先を見つめるハルカにカトルは声をかける。
「モンタナも強いんでしょ? 心配なの?」
「強いですよ。心配はいらないはずです、はい。ええっと、この間にこの後の予定を決めておきましょうか」
「気になるなら後回してもいいけど。ここまでしてくれたんだから、安全の保証くらいしてくれるんでしょ?」
「ええ、モンタナの報告次第ですが、このまま街へ戻ります。宿は引き払っているでしょうから、私たちが間借りしているところへ向かうことになりますが」
またリヴには迷惑をかけてしまうなと思いながらも、他の方法が思いつかない。高い場所から街へ入り、そのままリヴ邸の庭に着地する予定だ。
「こんな大人数で行って大丈夫なの?」
「ええ、庭が広いですから。南の方に大きな屋敷があるんですが、そちらに向かいます」
「…………それって、もしかして噂の竜がいる庭?」
「ああ、はい、そこですかね、多分」
「そんなとこに降りて大丈夫なの?」
「ああ、その竜ならおとなしい子なので大丈夫です。あまり脅かさないであげてください」
「おとなしい子?」
「ええ、ナギっていうんですが、ユーリの弟分みたいなものですからね」
ハルカの言葉にユーリもこくこくとうなずく。
するとカトルはほっとした顔を見せて肩の力を抜いた。
街の噂なんて当てにならないものだと、怖がっていた自分を笑う。
「なんだ。ほんとだったら明日あたりに見に行こうと思ってたけど、そんなに小さい竜なのね」
「大きいよ?」
隣にいたユーリがカトルの誤解を修正する。しかしカトルは気持ちに余裕ができたのか笑って答える。
「ふーん。ま、大きいって言ってもユーリの弟分なんでしょ? どのくらい? ユーリよりは大きいの?」
「うん、もっとずっと大きい」
「じゃ、背中に乗れるくらい?」
「うん、背中には乗れる」
「馬ぐらいってことかしら?」
「ううん、もっともっと大きい」
「……本当? じゃあ……馬車ぐらいとか?」
ユーリの方を見るのをやめて、カトルは恐る恐るハルカの方へ尋ねる。
「えっとですね、頭から尻尾まで長さですと、……何に例えたらいいんでしょうか? えーっと、一般的な一軒家よりは大きいです。でもまぁ、岳竜様に比べたら随分かわいらしい大きさですよ」
「あ、そう……。大丈夫なのよね、そこに降りても」
「噛んだり暴れたりはしませんよ」
そんな大きさのものが噛んだり暴れたりしたら今頃街はメチャクチャになっている。暴れられてたまるかと、カトルと三人の傭兵の意見はこっそり一致を見ることになった。
茂みを走っているうちに、ぼんやりとした焚き火の灯りが見えてくる。
モンタナは速度を緩め、そっと広場へ寄っていく。
誰も話していない。うめき声すら聞こえない。広場はひどく静かだった。
さらに距離をつめると、モンタナの鼻に血の臭いが漂ってくる。確かに顎は砕けていたが、茂みの中まで香ってくるほどの出血はなかったはずだ。
モンタナがそっと目元まで出して広場の様子を窺うと、そこに将軍を介抱する黒づくめの姿はなかった。
地面に横たわった将軍の首あたりから流れた血が、どす黒く地面を染めている。
頸動脈が切れているだろうに、すでに血液の噴出は止まっている。
ほんのわずか体にこびりついただけの魔素の残滓を見て、モンタナはすぐさま踵を返した。
将軍が仕留められたのは随分前だ。今から追跡するのは難しいだろう。
相手の手がわからない以上、この場に止まるのも好ましくない。
モンタナはすぐさま踵を返すと、そのままハルカたちの待つ丘へまっすぐ戻ることにした。