作品タイトル不明
目まぐるしい思考
「……人って空を飛ぶのね」
「飛ばないです、ハルカが普通じゃないです」
「……そんな話より、これからどうするか考えましょうね」
変な方向へ進みそうな話を早い段階で無理やり軌道修正したハルカだったが、突然空を飛ばされたカトルからすれば『そんな』で済むような話ではない。
とはいえ、カトルだって感情のままに語っている場合ではない。
多少興奮していても、今しなければいけないことくらいは理解していた。
「ええと、急いで国に帰らないと。護衛……あなたたちは確か予定が……違う、先にお礼。助けてくれてありがとう。私冒険者の正規料金には詳しくないのだけれど、どれくらいお支払いすればいいの?」
「まぁ、それはともかくとして、さっきの人たちはどうしますか?」
「どうするって、せっかく逃げ出したんだから、早く国に帰ってお父さんに状況を伝えないと! 先に帰られて奇襲でもされたら大変」
ハルカとモンタナは顔を見合わせてどうしたものかと考える。
問題がなければ全員倒して捕縛してしまうくらいの気持ちでいたので、頼られないのが予想外だった。
「なんか企んでそうだと思ったけど、あそこまで馬鹿な真似すると思わなかった! 国の守りはどうしたらいいのよ! ええっと、この街で傭兵団を雇えば……、手持ちで足りるかしら……? あっ、お金!」
ハルカたちが考えている間も、素足でうろうろと歩き回りながら、カトルは次々考えていることを口に出す。ひどい状況だからこそ、そうして自分の意見をまとめているのかもしれない。
ユーリが目をこすりながらベッドから体を起こす。
夜には眠くなる体なので仕方がないが、見張っている間も、空を飛んでいる間もちゃんと眠っていたらしい。年若いのにすっかり大物の風格である。
「お金、多分全部あの馬車に積み込まれてるわ。……支払いは、私の身に着けている物しかないか。……最悪結婚の約束でもして、傭兵団を丸ごと一つ味方につけようかしら。そうね、それもいいかも。あんな奴らに渡すぐらいなら、自分で選んだ相手の方がいいわ」
「あ、あの、すみません」
「なに!?」
ハルカが控えめに声をかけると、腕を組んだままうろついてたカトルが、鋭い目つきで振り返る。
「……じゃなくて、なにかしら? はぁ、ごめんなさい、ちょっと焦ってて」
「いえ、とりあえず先ほどの方々を全員捕まえて帰国に関してゆっくり考えるというのはいかがでしょうか?」
「そんな戦力を整えられたら苦労しないわ。いくらあなたたちが凄腕だったとしても、あっちは戦闘のプロが十人からいるのよ。ここまでしてもらって、さらにこれ以上危険な目になんか遭わせられない。それに、聞いたでしょう、私今お金を持ってないの! 支払えるのは身に着けてるものと、私の旦那の地位くらいよ」
「でも、あの人たち捕まえたら、馬車にお金積んであるですよね?」
「はぁ……。モンタナみたいな小さな子と、それよりもさらに小さな子、それから凄腕とはいえ魔法使いでしょ。さっきは不意打ちが決まったけど、正面からやり合って何とかなるとは思えないわ」
遠くから声がして、人が近づいてくる。
カトルの耳にもそれは届いたようで、難しい顔をしてハルカたちに頭を下げた。
「申し訳ないけれど、さっきの空を飛ぶ魔法で私を街まで逃がしてもらえないかしら。……支払いが、国に帰ってからでないとできなくて申し訳ないのだけれど」
「えーっと……、もしお連れの方々に私たちが勝てれば、そこで支払いをしてもらえるし、落ち着いて護衛を選別して、国へゆっくり戻れるんですよね?」
「だから! 私はあなたたちのことが心配なの! そんな無茶は……」
「全員生きてた方がいいです?」
「だから早く逃げ……」
「カトルさん。死んじゃったらまずい人はいるですか?」
声が近づいて焦り出したカトルの言葉をモンタナがぴしゃっと遮って、じっとその顔を見上げた。
「い、ない、けど」
「先行くですよ」
姿勢を低くしたモンタナが藪に紛れると、その頭はすぐに見えなくなる。
月明かりなど何の役にも立たず、草や枝がこすれる音だけがモンタナの居場所を示していた。
「カトルさん、ここで動かず待っていてください」
ハルカもカトルとユーリを覆うような障壁を展開して、そのまま空へ飛び立った。
「ちょっと、危ないから……」
追いかけようとしたカトルだったが、すぐに行く手を障壁にさえぎられる。
「もう! 何よこれ!」
「ママの魔法」
「ああ、もう! 危ないって言ってるのに!!」
その場でじたばたとするカトルに、地面へ降りたユーリが声をかける。
「大丈夫」
「……あのね、あいつらは人を殺すことに慣れて」
カトルはそこまで言ってから、こんな小さな子供に言っても仕方がないことだと口を閉ざした。
そこにユーリが再び、落ち着いた様子で口を開く。
「ママもモン君も強いから、大丈夫」
「ああ、そうなの、はぁ……」
自分よりもはるかに幼いユーリに繰り返し諭されたカトルは、ため息をついて障壁に寄りかかった。
そうして空を仰ぎ、青色の月を眺め目を閉じる。
今更になってはだしで歩いた足がひどく傷ついて痛んでいることに気づく。
もし助けがなかったら、見つからなかったとしても長い距離を逃げ続けることはできなかっただろう。
結局、最初から最後まで、自分には何もできていないのだ。この件の当人だというのに、カトルはいつの間にやら蚊帳の外だ。
「じゃあ、私のためにも、あんたのためにも、二人が勝つことを祈っておくわ。どうせそれくらいしかできないし」
ふてくされたように言い捨てたカトルは、そのままずるずると地面へ腰を下ろすのだった。