作品タイトル不明
奪い去る
野営地まで到着すると、男たちは野営の準備を始めた。
夜に街の外へ出ていくだけあって、さすがに旅慣れているのか、手際が非常にいい。
食事の準備もほとんど整ったあたりで、全身を真っ黒なローブで覆った人物が馬車から降りてくる。それに続いて手を後ろに縛られたカトル、さらに酷薄そうな顔をした男が後に続く。
「首尾はどうだ?」
「順調に」
「そりゃあ良かった」
縛られているだけだというのに、カトルはうなだれていて何も言葉を発しようとしない。活気のある少女だっただけに、その変貌具合をハルカは心配していた。何か心折れることでもあったのではないだろうかと。
「 頭(かしら) も災難だよなぁ、まったく」
「今の頭はお前だろう。普段から気を付けろ」
「へいへい、わかりましたよ、将軍様。にしても闇魔法ねぇ……」
男はカトルへ歩み寄ると、ぺちぺちと頬を叩き笑う。
「国までのんびり進んで二週間。その間毎日かけ続ければ、あの生意気なお姫様もすっかり将軍様の言いなりってわけだ。あの【砂煙の】マハドがこんな親馬鹿になるとはね。なんでしたっけ? 後継者の条件は、ええ?」
馬鹿にしたような、笑みを浮かべながらカトルの前髪をわしづかみにした男は、将軍と呼ばれた男を振り返る。
「……そいつの伴侶になることだ」
「こんな回りくどいことしなくても、マハドのバカをぶち殺しちまえばそれで済むんじゃないですかね。 頭(かしら) ならそれくらいできるのでは?」
「馬鹿が、簒奪したら一から国を作らねばならんだろうが。築き上げた関係や信頼を全て奪った方が楽だろう。それから頭と呼ぶのをやめろといったろう、……このアホが!」
突然激高した将軍と呼ばれた男は、カトルの前髪を掴んでいた男を、裏拳で思い切り殴り飛ばした。男が転がるのに巻き込まれて、カトルも共に地面に倒れこむ。
それでも声すら上げなかったカトルを見て、確かに闇魔法をかけられているのかもしれないと、ハルカは顔をしかめた。
「へ、へへ、ゲヘナ将軍、すいやせんね、アホで」
「卑屈になるのもやめろ、これから俺の国で身分を得る身なのだからな」
踵を返したゲヘナの後姿を、しばらく卑屈に笑ってみていた男だったが、しばらくすると唐突に地面に血が混じった唾を吐いて、鼻血を袖で拭った。
「……偉そうにしやがって」
ハルカたちには聞こえないくらいの小さな声で吐き捨てた男は、横に倒れているカトルの腕を掴んで乱暴に起こして、黒づくめのローブの男の方へ押しつけた。
「ボケッと見てんじゃねぇよ! 馬車に突っ込んで見張っとけ」
「……はぁ」
「気の抜けた返事してんじゃねぇぞ、殺されてぇのか!」
「…………」
無言でローブの男から見つめ返された男は、大きな音を立てて舌打ちをして、仲間たちの方へ歩き出した。
男たちが寝静まるまで待つことにしたハルカたちは、少し離れた場所の木の上から監視を続ける。
不意打ちをして殲滅してしまうという手もあったが、これ以上カトルに危害が加えられないようなら、こっそりと救出してもいい。どうも一味の中に国の将軍とやらがいるようだから、下手なことをすると後で何があるかわかったものではない。
ハルカたちは、葉のこすれる音や、燃え盛る火の音に紛れる程度の小声で言葉を交わす。
「なんとなく、経緯はわかりましたね。……闇魔法というのが気になりますが」
「確か、王国のリルさんの魔法とかがそうだったです」
「心に直接作用するような魔法、なんですかね。さっきのカトルさんも、妙にぼんやりしているように見えました」
「……あれ、多分かかったフリです」
「どういうことですか?」
「話を聞いている間、ずっと感情が動いてたです。体が動かないだけって可能性もあるですが」
闇魔法について詳しい人間があまり多くないので、どうにもはっきりしない。そもそも他の魔法と違って学術的な研究があまりされていないのか、文献として見かけることがないのだ。
「なんにしても、助けて問題がなさそうだってことはわかりました。機会を見て助け出しましょう」
馬車には見張りがいない。
縛っていることと、闇魔法をかけていることで油断しているにしても随分と不用心だ。
近くで休んでいる者が数人いるので、物音を立てるわけにはいかないが、救出自体はそれほど困難ではなさそうだ。
夜が深くなってきて、さてそろそろと考えていたころ、馬車の中からそろりと人影が現れる。驚いたことにそれは、両手が自由になったカトルの姿だった。
転んだ時に受け身をとれなかったためか、頬や腕に擦り傷ができてしまっているのが痛々しい。
裸足の彼女は眠っている男たちを見てぎりりと歯を食いしばり睨みつけてから、呼吸を落ち着けて忍び足で歩き出す。
「……やっぱりかかってなかったです」
「移動して彼女を拾いましょう。裸足で逃げ出すのも、夜道を一人で歩くのも危険です」
「ですね」
作戦会議を終えたハルカたちが地面に降り動き出した直後、馬車の陰から一人の男が姿を現した。
その影はゆっくりと歩を進めていたカトルに忍び寄り、肩を掴む。
カトルは悲鳴を上げそうになるのをかろうじて堪えて振り返った。
そこにはカトルの父と同じくらいの年頃の、冷たい表情をした男が立っていた。
「自分で見張っていて正解だ。役立たずどもめ」
作戦は失敗した。
もう戦うしかないとカトルは隠し持っていたナイフに意識を向ける。
しかし自国で将軍職に就いているこの男は、もともと傭兵団を率いていた父の友人であり、その剣の腕は到底カトルの及ぶところではない。
「ふっ、抵抗するのか。実力差は……」
無駄な抵抗と知りつつも、手を動かそうとした瞬間、ゲヘナ将軍の顎を謎の飛来物が打ち抜く。
骨が砕ける鈍い音がして、カクンと全身の力が抜けたゲヘナ将軍の体が崩れた。
その直後腰を何者かに抱えられカトルの体が宙に浮く。
今度こそ漏れ出しそうになった悲鳴を、カトルは口を押さえることでかろうじて堪えた。
地面が遠くなり、魔物にでも攫われたのかと腰を見ると、そこには人の腕が巻き付いていた。振り返り見上げれば、そこには見覚えのあるダークエルフの顔。
月明かりに髪をさらさらとたなびかせ、木々の上をまっすぐに飛んでいく。
その背中には昼間に出会ったモンタナが張り付いている。
「助けにきたです」
「すみません、急で。声をかける暇がなかったので」
「話は少し離れた場所でするですよ」
カトルは夢でも見ているのかと思いながら、目を見開いてただこくこくと頷くのであった。