作品タイトル不明
【旋風団】の始末
「何してんだこいつら」
「あ、リヴさんお帰りなさい。この人たちはねー、庭をきれいにしてくれる業者さんでーす」
「最近の業者は武器もってんだな」
そうではないだろうと予測はついていながらも、リヴはあっさりと納得して屋敷の中へ戻っていく。男たちは助けを求めるような視線を向けていたが、そうする義理がリヴにはない。
全員で並んで抜けのないように草むしりをしている男たちを、すぐ近くでじーっと見ているのはナギだ。何が面白いのか、後ろ向きに少しずつ進んでいくのをずっと見ている。
ただ見られているほうは恐怖である。いつ何時噛みつかれるのではないかと思うと、気が気ではなかった。
「ぼ、坊ちゃん、一緒に散歩でも行ってきたらどうすかね……?」
勇気を出した男の一人が、ナギの上に座っているユーリへ声をかける。
ナギが長い首をぐるっとまわしユーリの顔を見た。
「ナギはお散歩行きたい?」
声かけにナギはちらりと期待の目を向けている男たちの方を見る。
どうやらまだまだ男たちの草むしりが気になっているようだ。
「ここで見てるって」
「そ、そうすか……」
徐々に薄暗くなっていく空。
監視の目。
傭兵たちは自分がいったい何をやらされているのか。どうしてこんなことになってしまったのか、そんなことを考えながらひたすらに手を土で汚すのであった。
トルスが立ち去った直後、【旋風団】団長であるボンドは焦っていた。ようやく縄を抜けることに成功し、機を見計らってそのまま逃走しようとしていたのだ。ばれたらひどい目にあわされるだろうと思っていた。
幸い近くに武器は落ちている。
最悪レジーナ以外を相手どれば、人質を取って交換条件という可能性も頭の中にある。ただし多勢に無勢だ、失敗したときにはより悪い結果が待っているのは目に見えていた。
彼の不幸な点は、戦力分析が全くできていない点だ。
戦場に身をおく者であれば一目見ればわかる、ハルカが使った魔法の異様さをまだ知らない。
チャンスがあるのなら子供。
ユーリとモンタナに一瞬視線を向けて、ボンドはおとなしく座り込んでいるふりをしていた。
都合のいいことに、片方の子供、モンタナが警戒心のなさそうな顔をして近づいてくる。腰に剣を差しているが、一対一ならまだチャンスはあるかもしれない。このままでは何を請求されるかわかったものではないから、せめて最低限の安全だけは確保したいと思っていた。
それが仮にも傭兵団の団長を務めるボンドの責務でもあった。
モンタナ以外の動きを確認して、いざ最後の判断をしようとしたとき、耳に抑揚のない声が飛び込んでくる。
「何をたくらんでるですか?」
ボンドが眼球目前に剣を突き付けられているのに気づいたのは、モンタナが声を発した後だった。背中にブワッと冷や汗が噴出する。
「僕と、ユーリを見たですね、どうにかしようと思ったです?」
「思って……ない」
「縄がゆるくなってるです。ナイフでも持ってるです?」
「持ってない、持ってたらもう逃げてるだろ」
「持ってるですね」
「持ってねぇって!」
心の中を、考えを、行動を見抜かれているような気がして鳥肌が立つ。小さなモンタナの姿が、得体のしれない化け物のように見えて、ボンドは悲鳴を上げるように武器の所持を否定した。
「それで斬りかかるのと、僕が剣を押し込むのどっちが早いか、試してみるです?」
言葉を何も信じていないモンタナの態度に、ボンドの心はぽきりと折れた。
「持ってる、悪かった。なんとか逃げ出そうと思っていた、勘弁してくれ」
ベルトの隙間に挟んであった薄手のナイフを放り投げて、ボンドは両手を上げた。どんな始末が待っているのか、覚悟を決めて待っていると、モンタナはかがんで放り投げられたナイフを拾う。
ペラペラのそれを指ではじき、跳ね返り震えるのを見てからボンドの方を向く。
「このナイフ、どこで買ったです?」
「【鵬】で買った」
「薄手で便利そうです。返すですよ。……コリン、あと任せるです」
ボンドの前にそれをおいたモンタナは、すぐ横までやってきていたコリンに言伝して剣をしまった。助かったのかとほっと胸をなでおろす。
ニコニコとした愛想のいい笑顔を浮かべるコリンが、しゃがんで座り込んでいるボンドと目を合わせる。
「一人いくら?」
「……は?」
「だから、あなたたちの命は、一人いくらか決めてね?」
街の中、それも冒険者の口からそれを聞くことになるとは思わなかった。
戦争で負けたときに聞くような文言に、ボンドは顔をひきつらせた。
違う、助かったのではない、これから始まるのだと気づいてしまった。
「拠点に帰って、命の値段と思うだけの額を持って戻ってきて。別に部下を残して逃げ出してもかまわないけど、その時は部下の人たちの安全は保障しないし、あなたのことも見つけたときには、ね?」
「わ、わかった……」
「拠点までどれくらいかかるの?」
「そう離れちゃいない」
「じゃ、太陽が茜色になる前に戻ってきてね。いってらっしゃーい」
すべてを明言しないあたりがいやらしい。
想像を膨らますと嫌な結果ばかりにたどり着く。
ボンドはよろっと立ち上がり拠点へ向けて走り出す。いつの間にかあばらが痛まなくなっていることに気づかないくらいには思考がパンクしていた。
応援を頼む、冒険者ギルドに訴え出る、このまま逃げ出す、武器を買い込んで玉砕覚悟で乗り込む、相手の思い通りになる以外の選択肢をいくつも思いついてはそれを否定する。
暴力に慣れた修道女に、得体のしれない獣人、堂に入った脅しをかけてきた女。
冒険者なんて戦争に慣れていない甘ちゃんだと思っていた。きれいごとを言って酒を飲んで笑う。場合によっちゃ人を殺したこともないような奴らだと思っていたのだ。
拠点についたボンドは、残しておいた留守番が話しかけるのも無視して、ありったけの金と、金になりそうなものを集めた。
何かを言って制止してくる留守役に血走った目を向けて「黙ってろ!」と一喝し、拠点から飛び出す。
再び屋敷の庭にたどり着いたボンドは、持ってきたものを地面に並べ部下たちの無事を確認する。
「ありったけ持ってきた、これで許してくれ……」
中身を改めたコリンは、仁王立ちするボンドを見上げて目を細める。
「ふーん……、ちなみにトルスさんは自分一人にここにあるものの、三分の一くらいの値段を付けたけど?」
ボンドはぎりりと奥歯を噛み締めてから声を絞り出した。
「俺たちはこの街に来たばかりで持ち合わせがあまりねぇ、絞ったってこれ以上出せねぇよ……」
コリンがちらりとモンタナの方を向いて、頷きを確認してから笑う。
「で、これ私たちに渡して傭兵団続けられるの?」
「……無理だ」
「ふぅん、じゃ、これだけでいいや」
コリンはいくつかの換金率のよさそうな宝石類をつまみ上げていく。手が止まったころにそこからなくなったのは、持ってきた総額のおよそ三分の一程度。
つまりトルスが差し出そうとした程度の額だった。
「こんだけあればやってけるの?」
「あ、ああ、これだけありゃあ……」
「じゃー、代わりにもう一つお願い事があるんだけどいい?」
「な、なんだよ……」
絶望的な状況からの解放だ、気分がやや上向いたところで更なる追い打ちをかけられて、ボンドは勢いなく問い返した。
「別に難しいことじゃないんだよねー。私たちさ、この屋敷に世話になってるし、ちょっとくらい恩返ししようかなって」
「だから、なにをすりゃあ……」
「この庭、全部きれいにして?」
「……そんなことでいいのか?」
「うん、よろしく」
傭兵団は続けられる。
全員が無事で、いつの間にか怪我も治っている。
しかし大型飛竜と子供に監視されながら庭の掃除をするのは、これから街で一旗揚げようという傭兵団にとってはつらい仕事だった。
何事かと街の人が次々と【旋風団】の仕事ぶりを見学しに来ている。
これから街中を肩で風を切って歩くのは難しくなることだろう。
ちょうどいい塩梅の罰になったのかもしれない。