作品タイトル不明
お断り
「がんばれぇ、団長ぅ」
「うぅ、もう立ち上がらないでくれ……」
何やら青春めいた声援が聞こえてきて、ハルカたちは少し足を早めた。
門をくぐって見えてきたのは、武器をもった男たち。その先から自らを鼓舞するような雄たけびが聞こえてきたころには、アルベルトが無理やり男たちをかき分けて前へ進んでいた。
それと同じくしてハルカは両手に買ってきた食べ物を抱えたまま空へ浮かび上がる。
そうしてハルカの目に映ったのは、地面に倒れた男たち、袖に血がにじんだレジーナと、斬りかかるトルスの姿だった。
冷静に考えれば大した怪我ではない。訓練ではもっとひどい怪我も毎日のようにしている。状況からして有利なのはおそらくレジーナなのだろうともわかる。
しかしそのすべてが頭の中で判断される前に、ハルカは二人の間に障壁を展開し、こめかみに向けてストーンバレットを発射。着弾を確認する前に無数のファイアアローをトルスに向けて展開した。
「ハルカ、邪魔すんなよ」
「すみません、状況がわからなかったので」
そのまま傭兵たちの頭上を抜け、レジーナの横に降り立ち治癒魔法を使う。そうしながら倒れたトルスを見ると、右腕は折れ曲がっているし、服もボロボロ、顔はいい男が台無しになるくらいにははれ上がっていた。頭部からの流血はおそらくハルカの攻撃のせいだ。
「あたしに勝ったらここでハルカのことを待たせろっていうからぼこぼこにしてた」
「……私のお客さんなのでは?」
「でも勝手にここに入ってきたぞ」
「地面に倒れてる方々は?」
「こいつらより先に勝手に入ってきたやつ。あたしはちゃんと出てけって言ったからな」
「なら、えー……、まぁ……」
堂々と胸を張り、ふんっと鼻を鳴らしたレジーナ。
ハルカは頬をかいて少し考えた後、障壁を消してトルスの横にしゃがみこんだ。
手順を踏んだのなら、レジーナにしては上出来かと考えたのだ。
「これからトルスさんに治癒魔法をかけます。危害は加えませんのでそちらで待機をお願いします」
念のため仲間と思われる男たちに向けて声をかけておく。すでに武器を握りしめてハルカと近くにいる仲間たちを睨んでいる。彼らが一斉に攻撃に移っても制圧できるよう気を張りながら、ハルカはトルスの肩に触れようとする。
「……あー、やっと、帰って、きたのか」
かろうじて意識があったらしいトルスがぐったりと体を弛緩させ、途切れ途切れに言葉を発した。改めて満身創痍。レジーナの殺さない技術に驚くくらい、全身くまなく重傷だ。気合だけで体を動かしていたに違いない。
治癒魔法をかけると、時間が巻き戻るように傷が、服が徐々に元の形へ戻っていく。少し戻しすぎかなと思うくらいにしてから、ハルカはかざす手を戻し立ち上がった。
これはいつも仲間に使っているのとは違う治癒魔法だ。
ものも直せる、治癒というよりも元に戻すという説明が正しい魔法なのだろう。ノクトが普段使っている魔法である。
ノクトと魔法の訓練をした結果、今のハルカはそれを使い分けられるようになっていた。今回の場合服もひどいことになっていたので、そちらを選択したという具合である。
使われているほうは治っているという結果は変わらないので、その効果の違いを気にすることは殆んどないだろうけれど、使う側は効果の違いをよく理解しておくべきだというのがノクトの教えだった。
「武器をしまえ! 俺たちは戦いに来たんじゃねぇぞ」
立ち上がるや否やトルスは部下たちに指示を出す。
命令された男たちは即座に武器をしまったが、不満は残っているようだ。
「でも団長だってさっきまで戦ってたし……」
「うるせぇ、成り行き上仕方なくだ! ……ってなわけで、ハルカさんが戻ってきたし話はさせてもらうぜ」
レジーナは返事をしない。
戻ってくるまでに叩きのめしておく予定だったのに、思いのほか粘られたのが気に食わなかった。殺し合いだったら何度だって殺しているが、トルスが今ここで減らず口をたたいているのは事実だ。
何より格下と思われる相手に怪我をさせられたのも腹立たしかった。
金棒と触れ合ったトルスの剣から魔素がほとばしった直後、一瞬だけ体がしびれ硬直してしまったのだ。トルスがもっと強い相手だったらこんな怪我だけでは済まなかった可能性もある。
してやったりという顔に腹が立って、重点的にぼこぼこにしてやったが、傷を負ったという自分への苛立ちは収まらなかった。
「というわけでハルカさん、俺は治癒魔法使いとしてのあんたを勧誘しに来た。……と言いたいところだが、このざまじゃ格好もつかねぇけどな。あと周りに浮かんでるこの魔法、何とかしちゃもらえないか? 物騒でかなわねぇよ」
「ああ、忘れていました、すみません」
同時に使った魔法の数、詠唱の破棄、意識からある程度外れていても魔法をその場に維持させ続けることができる技量。どれをとってもトルスの知っている魔法使いの常識からは大きく外れている。空まで飛んでいたのは怪我からくる幻覚であると信じたいくらいだ。
そのうえそれなりに強いと自負があった自分を、一対一で圧倒する前衛の仲間。
良い治癒魔法使いを手に入れれば団をますます大きくすることができる、と策をめぐらせてやってきたが、とても【雷鳥のきまぐれ】の手に負えるような相手ではないとすでに理解していた。
それでもほんのわずかな希望にかける価値はある。
「一応聞いておくぜ。ハルカさん、俺たちの傭兵団【雷鳥のきまぐれ】に入る気はねぇか? 出来る限りの好待遇で迎え入れるぜ」
「すみません、お断りいたします」
「だよなぁ、そうだよなぁ。くっそ、殴られ損かよ……」
トルスは大きなため息をついて肩をがっくりと落とすのだった。