作品タイトル不明
岳竜街の騒がしい朝
近づくことは難しいとばかり思っていたのだが、実際のところは警備に立っている冒険者に声をかけると、監視の下ではあるがあっさりと顔の前まで行くことができた。
力試しに暴力を振るうなんてことは流石にできないが、その大きさと威容を感じるだけならばそれで十分だ。
「全然喋らねぇじゃん」
露出した目に近づいてしばらく声をかけていたアルベルトは、しばらくして振り返りハルカに文句を言う。
昨日だってコンタクトをとってきたのは 岳竜(グルドブルディン) 側からだったので、ハルカに文句を言ったところでどうしようもない。
それこそ魔法を大量に展開するとか、大騒ぎをしてみるとかすれば目を覚ますかもしれない。しかし、見張られている中、ハルカはそんなことをする気もさせる気もない。
「南方ギルド長も声を聞いたことがなかったそうですから、昨晩が特別だったんだと思いますよ」
「くっそー……、昨日俺も行けてりゃなぁ……」
冒険者に憧れてきた割には、アルベルトは肝心な場面を逃すことが多い。最初の遠征が決まった日も、いつだかクダンと食事をした時も随分悔しがっていた。
「冬の間は眠いそうですから、また別の季節に来たら起きているかもしれませんよ?」
「つってもそろそろ春だぜ?」
「次は夏にでもきてみましょうよ」
「そうだな……、よし、次は夏だな。おーい、夏に来るからその時には起きててくれよ」
アルベルトはそう言って遠慮なく岳竜の瞼に触れ、ぴたりと動きをとめる。その後繰り返し手のひらで瞼を触り、目を輝かせて振り返った。
「ここ目なんだよな!?」
「ええ、そのはずですよ」
「すっげえ、瞼なのにめちゃくちゃ硬いぞ。やっぱ竜なんだなぁ。これ多分ぶっ叩いてもダメージないぞ」
ハルカが慌てて振り返ると見張っている冒険者たちがすでにツカツカと歩み寄ってきていた。そしてアルベルトの横に来ると立ち止まる。
注意をされても仕方がないとハルカが状況を見守っていると、その冒険者はそろりと手を伸ばし、アルベルトと同じように岳竜の瞼を撫でた。
「……すっげ」
「だろ! 瞼なんかよー、柔らかいはずなのにな」
「かった、まじかよ。でも土とは違うもんな、まじで竜なんだな、岳竜様」
「だよなだよな!」
二人してべちべちと瞼を叩いて喜んでいる。微笑ましい光景だが、これで本当にいいのだろうかとハルカとしては心配になる光景だ。
アルベルトの隣ではユーリが大人しく二人を見上げていたが、我慢できなくなってそーっと手を伸ばし下瞼に触れようとした瞬間、瞼が下がり真っ黒な瞳があらわになる。
最前線にいた三人はその瞳に見つめられてびったりと動きを止めた。
『これ』
低いゆっくりとした声で咎めるような声が聞こえ、岳竜は再びゆっくりと瞼を閉じる。
「……怒られちゃった」
「び、びったぁ……」
ユーリが少し落ち込み、警備の冒険者が後退りするが、アルベルトだけが目を輝かせる。
「本当に喋った。すっげぇ……」
しばらく興奮していたアルベルトだったが、やがて警備の冒険者に「そろそろ」と促され、しぶしぶその場を後にする。
のんびり戻ればちょうど開門の時間くらいになりそうだ。
ハルカたちが来た道を戻っていると、あちこちで警備のものたちが話し合っている姿を見かける。
ちょうど交代の時間なのかと、あまり気にせず歩いて門まで辿り着くと、そこもまた随分とざわついていた。
順番待ちの後方に並ぶと、前に並んでいる集団が話している声が聞こえてきた。
「にしても、なんだったんだろうなぁ、さっきの」
「しらねぇよ、なんだか気味が悪いよな。いきなり『これ』って言われてもなぁ……」
「お、なぁ、あんたらも聞こえたか? さっきの声……っと、お、ダークエルフか、しかもめっちゃ美人」
振り返った男に声をかけられ、ハルカは冷静を装いながら答える。
「ええ……、なんだったんでしょうね、あの声は」
「だよなー。ところでお姉さん一人……じゃねぇか」
すぐ横に立っているイーストンを見てから、ハルカと手を繋いでいるユーリを見て、男は頬をかいて前を向いた。
少し時間をおいてイーストンが口を開く。
「……もしかしたら街全域に聞かれてたかもしれないね。下手に名前を呼ばれなかっただけ良かったかな」
「さっきの警備の冒険者は、今頃顔を青くしているかもしれませんね……」
「ま、自分でやったことだし仕方ないよねー」
「元々はアルが悪いです」
「殴ったわけじゃねぇんだからいいだろ別に。怒られた時に考えようぜ」
実際何が起こったかなんて、話さなければ誰にもわからないので、アルベルトの考え方も間違っていない。
ただもし青年が怒られているようだったら庇ってあげようかと、ハルカはそんなことを考えていた。
【旋風団】という傭兵団がある。
どこかの国のお抱えだったが、その国が滅び最近岳竜街へやってきた傭兵団だ。まだ街に馴染めないせいか粗暴な振る舞いが多く、冒険者からでなく、同じ傭兵たちからも煙たがられている。
もっとも傭兵なんていうのは戦場で出会えば殺し合うものだから、仲良しこよしする必要もないのだが。
そんな旋風団の一員が、酒場で上等な噂を耳にした。腕の良い治癒魔法使いが、街の南にあるお化け屋敷に滞在しているというのだ。
噂の出元は街でも幅を利かせている傭兵団の団長。準備をして勧誘しに行くから誰も手を出すなと、他の者たちを牽制したらしい。
街に馴染んだ傭兵ならばそれで牽制できただろうが、【旋風団】はまだやってきたばかりで目をぎらつかせている傭兵団だ。
噂を聞いて即座に準備。
舌なめずりしてお化け屋敷へやってきたわけだ。遠目に見えた大型飛竜には面食らったが、街に入ることを許可されているくらいだから、突然暴れ出したりはしないはず。
竜を恐れていては宝を手に入れることはできないと、乗り込んだ彼らを出迎えたのは、修道服をきた背の小さな女性だった。
話は簡単につくはずだった。
暴力で相手を屈させるのは得意だった。
そのはずだったのに、数刻後に男たちは全員、その場から動くこともできないほどに叩きのめされていた。
【旋風団】の団長である男は、浅い呼吸を繰り返す。砕かれた胸骨が息を吸うたびに激痛を訴えてくる。
かろうじて残った矜持で、仲間たちのように呻き声を漏らすことだけは堪え考える。
どこで間違えたのか、何が悪かったのか。
「ひでぇな、なんだこりゃ」
聞いたことのある声が聞こえて男はようやく悟った。
【雷剣】トルス。
自分たちはその男の噂に踊らされ、ここで惨めな姿を晒しているのだと。
「……勝手に入ってんじゃねぇぞ」
「門が開いてたんでね」
「勝手に入んな」
「……いや、ほら、いっぱい倒れてる奴がいるから、手がいるかと思ってね」
「言葉わからねぇのか? ぶっ殺すぞ」
「やっべぇ、思った以上に話が通じないやついるじゃねぇか」
【旋風団】団長は小さくニヤッと笑い、痛む胸骨にまた顔を顰める。
とてつもなく強いその女の話の通じなさは、身をもってよく知っていた。自分たちをはめたトルスも同じ目に遭えばいい、そんな暗い考えで笑っていたが、直後その話が通じない女、レジーナのつま先が眉間に突き刺さり意識を失った。
「笑ってんじゃねぇよ、ぶっ殺すぞ」
「団長、あいつやばくないっすか?」
「ばっかお前、ここまで予定通りに決まってるだろ。ですよね、団長」
「そうそう、いくら強くても団長に勝てるわけねぇだろ」
レジーナが片手に持っていた金棒を、その重さを感じさせずにくるりとまわし、先端をトルスへ向ける。
「出てかねぇんだな」
「いや、出て……」
「団長に失礼な態度とってんじゃねぇぞ!」
「用事があってきてんだよ、のこのこ帰れるわけねぇだろ」
「ですよね団長!」
嫌な気配を感じたトルスが撤退を決めようとした瞬間、部下からそれができないように追い打ちをかけられる。
こうなってしまってはもう後に引くことはできない。ここで逃げてしまっては求心力はダダ下がりだ。
「……俺が勝ったらここでハルカさんを待たせてもらうぜ」
剣を抜いたトルスに向けて、レジーナが歯を見せて笑う。
トルスは経験上知っている。戦う前にあんな笑いを見せる奴は、大概頭のネジがどっか外れているのだ。仕方なくそのまま駆け出したトルスは、誰にも聞かれないような小さな声でつぶやく。
「あいつら連れてこなきゃ良かったぜ……」