作品タイトル不明
真竜グルドブルディン
夜空を大急ぎで移動して岳竜の上空までたどり着き見下ろしてみる。
到着して分かったことは、大きすぎてどちらが頭かわからないということだ。
ここに来るまでも岳竜の呼びかけは続いていたが、それは半分ボヤキとも言えるようなものだった。
『眠りすぎた』とか、『本当に聞こえてるのか』とかそんな具合だ。
のんびりとした性格をしているようで、すぐさま立ち上がって歩きだしそうな気配がないことが幸いである。
真上にたどり着いてから高く高く昇り、人が米粒くらいにしか見えないところまで上がると、ようやく岳竜の全容が見えてくる。
おそらく街から見えるのは岳竜の側面で、頭は東側に向いている。フォルムは確かに亀のような形をしていた。
『気配が上に移動したのぅ。どうやら聞こえておったんだな、おぉい、顔の前まで下りておいで』
岳竜の周りには警備している冒険者がうろついている。
ただすべての場所を見ているわけではなく、松明を持って周囲を巡回しているようである。これならタイミングさえ計れば降りることもできるだろう。
警備する方としても、これだけ大きな岳竜すべてを見張るわけにはいかない。
見張っているのだから下手なことをしないようにという抑止力としての警備でもあるのだろう。
「あのたいまつが通り過ぎたら顔の前に降ります」
「食いついてくるんじゃねぇの?」
「そうじゃないと信じたいですけど」
いきなりそんな攻撃をしてきそうなタイプではないが、そんなことを言われると少し不安になってしまう。
「大丈夫だと思うですけど」
「……ですよね。では、行きます」
ハルカは急ぎ高度を下げて、岳竜の顔と思われる場所へ降り立った。
近くに来てみるとやはり大きすぎて何が何やらわからない。
『ふむ、うむ、ちょっと待っとくれ』
ハルカが目の前に降りたことを察した岳竜の声は、レジーナとモンタナにも聞こえたようだ。その穏やかな声色をきいて、レジーナは拍子抜けしたように頬をかく。
まもなくしてぱらぱらと土くれが落ち、その量が徐々に増えていく。
そうしてゆっくりと現れたのは、巨大な瞳だった。
『うぅむ、こりゃあゼスト様……ん? んーむ、似てるけど別人かのぅ』
「……私のことでしょうか?」
『うむ、うぅむ。ゼスト様ではなさそうじゃのう。儂はグルドブルディンという竜の爺じゃ。ゼスト様によう似たお前さんのお名前は何かのぅ?』
「ハルカ=ヤマギシと申します。グルドブルディン様は……その、神様とお会いしたことが……?」
自らをグルドブルディンと名乗った岳竜は、ハルカを見てゼストに似ていると言い放った。それは伝説に語られる神の姿を見たことがあるということに他ならない。もしかすれば、ハルカがこの世界に来た理由も何か知っているかもしれない。
好奇心半分、どんな話が出てくるかわからない恐ろしさが半分。ハルカの問いかける声はわずかに震えていた。
『うむ、儂がお前さんくらいの大きさだったころに会ったことがある。儂がのそのそと陸を歩いているのを見て、変わり者だと大笑いしとったよ』
「……本当にいるんですね、神様って」
瞬きをしないその目にじっと見つめられると、飲み込まれそうで少し恐ろしかったが、それが細く弧を描いたことでグルドブルディンの感情がほんの少し見える。
『うむ、ゼスト様は自身をそうだと仰っとったなぁ。遅い遅いと文句を言いながら儂の背に長いこと乗っておったよ。……ん? ようみたらオラクル様の気まぐれを持った子らもおるじゃないか。連れの子らはなんというんじゃ?』
「モンタナです」
「レジーナ」
『ほうほう、なんだか懐かしいのう。今日はいい気分だのう。久々に散歩でもしたいわい』
「ちょ、ちょっとそれは待ってください」
『気分だけじゃよ。何やら人の子らがこのあたりに住み着いておるからな、いなくなるまではここでじっとしとるつもりじゃ』
どうやら今の状況は理解しているらしい。
散歩をしたいというのも冗談みたいなものなのだろう。
こんな存在に出会ったら聞いてみたいことなんて山ほどあるはずなのに、いざ目の前に来ると何を聞いていいのやらわからない。
ハルカが何を話してよいやら悩んでいると、レジーナがおもむろに口を開く。
「お前何歳なんだ?」
いきなりのお前呼ばわりにハルカは体が跳ねそうになるが、グルドブルディンは目を一度閉じてから変わらぬのんびりとした声で答える。
『はてなぁ。数千年くらいまでは大体覚えとったんだが、もうわからんなぁ』
「ということは……、神人戦争の前から生きているってことですね……」
『んん? なんだぁそれは?』
「千年ほど前に大規模な戦争が起こって人が大きく減少したことがあったはずなんですが……」
『ふぅむ。人が減るのはたまにあることじゃが……。一番近いころのものかのう』
何やら物騒なことを言っているが、なんとなく思い当たることがあるようだ。
『魔素が増えすぎると悪いことする者がおるからなぁ。その度人は激減するんじゃよ。魔素が増えすぎないように儂らがお二人に頼まれて…………』
グルドブルディンは話の途中で突然沈黙して二度瞬きをした。
ばらばらとまた石くれがあたりに散らばる。
『ああ、ハルカちゃんのはそれかのう、もしかして』
「な、なにがでしょうか?」
『うむ。そうかもしれん、きっとそうじゃなぁ』
「あの、グルドブルディン様?」
『あぁあ、すまんすまん。この世界をぐるりと回っていろんなところを見てくるといい。そうすれば、お二人が時期だと思った頃にきっと会いに来てくださるじゃろうよ』
「ええっと、何か思い当たることがあれば教えていただきたいのですが……」
『まぁそう生き急ぐこともなかろうて』
中途半端なアドバイスだけでは何が何やらさっぱりである。だからといってお願いしたり胸倉掴んだりして教えてくれるタイプとも思えない。何がどうグルドブルディンの逆鱗に触れるのかわからない以上、対応には十分気を付ける必要がある。
「オラクル様の気まぐれというのはなんです?」
『言葉の通り、気まぐれじゃよ。おぬしら何か人と違うものを持っておるじゃろう?』
「……何のためにあるです?」
『だからのう、気まぐれで与えているんじゃよ。オラクル様がそう仰っておったからのぅ』
つまりグルドブルディンは聞いたことを伝えているだけで、それがある意図を知らないということにもなる。モンタナはそれを理解して黙り込んだ。
ただ、自身がもっている不思議な目の正体が悪いものではなさそうだとわかっただけでも、収穫ではあったのかもしれない。
『世界の理で知りたいことがあるのなら、直接お二人に尋ねてみるとよかろうに。儂に聞くよりずっとはっきりするはずじゃよ』
「会えるのかよ」
『あちらがお会いしたいと思うほどのものであれば、会いに来るんじゃないかのう。なぁに、儂らと正面から戦えるくらいになれば会いに来てくれるさのぅ』
「儂らって誰です?」
『ほれ、あちこちの魔素溜りに竜がおるじゃろぅ? 奴らのことじゃよ』
「グルドブルディン様も、やはり真竜だったのですね……」
『今はそう呼ぶんじゃな。うぅむ、そうならば、儂はこの世界の最初の真竜ということになるかのう。一番若造が、たしか……北の山々におる空を飛びまわるやつじゃったかのう』
「ヴァッツェゲラルドさんですか?」
『ヴぁ……? うぅむ、そんな名だったかのう?』
おそらく間違いないはずなのだが、どうやら最長老の頭の中にはその名が根付いてはいないようだった。