軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

秘密の通信

しばらくの間気にしながら岳竜を見つめていた一行だが、やがて元の目的を思い出して店先や屋台に顔を出しに行く。広場のベンチを待ち合わせ場所にして各々が好きなものを買って戻ってきたのだが、結局その間に再び声が聞こえてくることはなかった。

最後に待ち合わせ場所に戻ってきたのはハルカで、仲間たちの期待通り両手に食べ物を抱えての帰還である。途中つまみ食いをしたのか唇の端に何かのたれが付いている。内心はほくほくだが、パッと見る限り涼しい顔をしているように見えるのでそのギャップがおかしかった。

「ハルカ、止まってー。……はい、よし」

「なんかついてました?」

「うん、ついてました」

ハルカはかなり序盤につまみ食いしてからは買い物に専念していた。つまりそのほとんどの時間口の端にたれをつけていたことになる。本人は反省しているが、店主たちにしてみればほほえましい光景だったことだろう。

ハルカは恥ずかしさをごまかすように振り返って口を開く。

「さて、岳竜様は何も言ってこないようですし……ユーリがそれを食べ終わったら帰りましょうか」

棒飴のようなものをなめているユーリは、それを一度口から出してかみ砕こうとするが、横合いからモンタナに声をかけられる。

「急がなくていいです」

「ええ、ゆっくりどうぞ」

その声掛けを聞いたアルベルトは、しまおうとしてた両手に持っていた串焼きにかじりついた。ユーリが食べ終えるまでには行けるとふんだらしい。

日が暮れはじめた大通りには、ちらほらと外から戻ってきた冒険者の姿が見えるようになってきた。もしかしたら傭兵なのかもしれないけれど、ハルカたちにはその区別がつかない。

一日働いて疲れているのか、あるいはまだ酒を飲んでいないからか、むやみにハルカたちに絡んでくるものもいない。アルベルトはけんかっ早いのでトラブルを起こしがちだが、いるとそれだけで手ごわく見えるのか、安易に絡まれなくなるのはよいことである。

レジーナのことも心配していたが、こそこそと噂する人こそいても直接声をかけてくるものはいない。レジーナが噂する声に気が付きそちらをギロリと睨みつけると、かかわるのが嫌なのかみんなそそくさと逃げていく。

この程度なら許容範囲だ。

「おいしかった」

棒を歯で噛みながらふにゃっと笑うユーリの頭を撫でた。

もうすぐ満三歳になるユーリだが、すでに五、六歳に見える。乳歯も生えそろっていてハルカたちと同じものを食べることもできる。

これは身体強化が体を生きるのに最適化するために作用するからなのだそうだ。

身体強化をする時間が長くなればなるほど、人の体はその体が最も活動しやすい時期を維持しようとする。

早く成長して、長く若くいられるのならそれもいいのかもしれないと思う反面、体の成長と心の成長のバランスは大丈夫なのだろうかと、ハルカは少し心配をしていた。

とはいえ健やかに成長していること自体はやはり嬉しいのだ。

さらさらの黒髪を撫でるのをやめて、ハルカはユーリの手を取った。

「さて、戻りましょうか。私たちはちょっと食べちゃいましたが、イースさんはお腹をすかせているかもしれませんからね」

「なんかイースさんがお腹すかせてる姿ってあんまり想像つかないけどね」

眠たそうにしている姿こそ容易に思い浮かぶが、それ以外の欲らしきものは確かにあまり見たことがない。イースがお腹を撫でながら情けない顔をしている姿を想像しようとしてうまくいかず、ハルカは一人首を傾げた。

その隣でユーリも同じようなことを考えながら首を傾ける。

後ろからそれを見ていたモンタナは、いつもの通り声を殺してそっと笑った。

みんなで食事をして、また訓練をして、帰りの遅いリヴを待つことなくベッドで眠りに落ちる。

いつものハルカだと、目を開ければ外がうっすらと明るくなっている。

目覚ましがなくても、だいたい予定通りの時間に目が覚めるのだ。

しかしその日は、まだ外が真っ暗な時間に目が覚める。

月が弓のような形で細くしか出ていないので、窓の外はとても暗い。

リヴが屋敷に戻ってきて目が覚めたのか、ハルカは最初そう思って目を閉じようとした。自分も気配というものがわかってきたのかと、眠りに落ちる途中でにやけ面をしていたくらいだ。

『……聞こえるか。うぅむ、久々でうまくいかぬ』

しわがれた低い声が頭に響いて、ハルカは目を開けて上半身を起こす。

『こりゃ、聞こえてたら返事しておくれ』

『うぅむ、聞こえとらんか? わからぬ』

悪意はない。

ただ年を重ねた声が困ったように、時間を空けて幾度か頭の中に流れてくる。

窓際へ視線を向けると、窓枠の近くで首をひねって岳竜の方をものすごい形相で睨んでいるレジーナが見えた。

レジーナはハルカが目を覚ましていることに気が付くと、音もたてずに立ち上がり、顎でドアを指し示す。ドアの横には目を半分以上閉じたままのモンタナが立っていた。尻尾をお腹の前に回し、両手で抱えている。

モンタナはぷるぷるとゆっくり顔を振ってから、やはり音を立てないようにそっと扉を開けると、ハルカに向けて手招きをした。

二人のようにスマートではないが、ハルカもこっそりとベッドから抜け出し、そのあとに続く。

屋敷正面の大きな扉を開けた。

きちんとメンテナンスされているのか、その扉はきしむ音をほとんど立てない。

呼吸をすると夜の冷たい空気が肺に飛びこんできた。ずっと野営をしていると気にもならないが、部屋から出てくるとまだまだ夜は寒いのだと痛感する。

庭ではナギがでんと体を伸ばして呑気に眠っている。

捕食者がほとんどいないからか、あるいはハルカたちが守ってくれると信じているのか、どこにいてもナギはよく眠る。子供なのでそれでよいのだが、野生だったらどんな成長をしていたのかも気になるところだ。

『おーい、聞こえておるだろう? 自信がなくなってくるのぅ』

呼びかけは相変わらず続いており、そのたびモンタナの耳が動き、レジーナの眉がピクリと反応する。

「なんか魔法飛んできてるですよね?」

「魔法、というか、ずっと昼間の声で聞こえるかと問いかけられています」

「あたしには魔法が飛んできてるようにしか見えねぇけどな」

「……私一人に呼びかけているということでしょうか?」

「多分そうです」

『おぉい、うぅむ。聞こえて……んん、そうか、聞こえとっても返事できんのか。聞こえとったら儂のとこまで顔を見せとくれ、妙な気配の何かよ』

のんびりとしているが、ハルカの姿を確認したいという気持ちが強くあるようだ。なぜなのかわからないが、無視するとずっと呼びかけ続けられそうだ。

「岳竜様から飛んできているんですよね?」

「です」

三人並んで昼間と変わらぬ場所にある岳竜の背を眺める。

「顔を見せてほしいらしいです。ところで、岳竜様の顔ってどちらにあるんでしょうか」

「しらね」

「警備されているんですよね? 呼ばれたと言って信じてもらえるでしょうか」

「無理だと思うです」

「ですよねぇ」

相手方がのんびりしているのでハルカものんびりと対策を考えていたが、次の一言で慌てて庭から飛び出すことになった。

『うぅむ、来てくれないのなら儂から行くしかないかのぅ』

あの巨体が立ち上がり街を踏み壊しながら自分のところまでやってくることを想像して、ハルカは一気に表情を青ざめさせた。

「こ、こっちに来るとか言ってます! 今すぐ岳竜様のところへ向かいます!」

「一緒に行くですよ」

「あたしも」

『うぅん、でものう、人がいっぱい住んでおるからなぁ。久しぶりに立ってみるかのぅ』

絶対にやめてほしいと思いながら、ハルカは障壁を作り出し、二人を乗せて岳竜街の空を慌てて飛んでいくのであった。