作品タイトル不明
岳竜様とオドセウス
北方大陸に比べるとこのあたりに住む人の肌は浅黒い。
おそらく日差しが強く乾燥しており、背の低い樹木が多い地域であるためだろう。
岳竜の背に生い茂る木々の植生は、この地域のものとは異なっているように見えた。背の高い木が多く、蔓も生い茂り、外から見ても分かるくらいに大きな木の実が生っている。
コリンが店に入ってうろついている間、モンタナはずっと岳竜の方へ眼を向けている。何か珍しいものでもあるのかと、ハルカも隣に並んでじっと見ていたが、動くでもなければ、新たな発見もない。
竜だと聞いていなければただの変わった小山にしか思えない。
「あれは、本当に竜なんでしょうか」
「お、姉ちゃんこの辺の人じゃ……って、ダークエルフか、こりゃ珍しい。里から出てきたのか?」
革製品を扱った店の男性が、ハルカのつぶやきを聞いて声をかけてくる。
まるっとすべての髪をそり上げた頭には、油が塗ってあるのか太陽の光を反射している。ごわごわした髭を手のひらでこすりながら一緒に岳竜を見上げる。
店内に目を向けてみれば、店番の女性とコリンが値段交渉を始めている。
きっと居心地が悪くなって出てきたのだろう。
「いえ、北方大陸に住んでいます」
「ほー、北方大陸にもいるのか、ダークエルフは……」
集まって住む里があるわけではないが、ハルカが住んでいるという事実はあるから否定はしない。説明が難しいことは律義に説明しようとしないほうがいい。訳が分からなくなってお互いに損をするだけである。
この世界に来てからハルカは少し柔軟な思考ができるようになっていた。
「岳竜様はなぁ、その昔はちゃんと動いていたんだそうだ」
「昔というと、いつ頃のことでしょう?」
「何百年も前だろうなぁ。最後に動いたのはこの街ができる前だな。姉ちゃんらは冒険者だろう? 冒険者ギルド本部に用事があってきたのかい?」
「そんなとこです」
「そうかぁ、たまにいるんだ。ここは冒険者発祥の地でもあるからなぁ」
「…………え、そうなんですか?」
「なんだ、知らないで来たのかい? んじゃあ教えてやろうかね」
男はちらりと店内を振り返り、まだまだ終わりそうにない交渉を確認してから語り始めた。
岳竜街ができたのは今から五百年ほど前、まだ【グロッサ帝国】も【鵬】も南方大陸の一勢力でしかなかった頃のことだそうだ。各地にはまだまだ 破壊者(ルインズ) がうろつき、村や町一つくらいの規模でも国と名乗っていた時代。
岳竜の背中は今と同じように資源にあふれ、近隣の勢力がそれを狙って戦いを繰り広げていたそうだ。争っていた者たちは岳竜のことを竜とは認識しておらず、深く考えず宝の山くらいに思っていたという。
毎日繰り返される争いに、あたり一面死体だらけで、もはや血が流れない日はなかった。
周辺数国が同時に戦いを始めたある日、岳竜はその場にいる全員に聞こえるように声を発したのだそうだ。
『眠りを妨げる人の子らよ、今すぐ争いをやめて立ち去れ』と。
誰一人としてその要求を聞くことはなかったが、岳竜は三度おなじ注意をしたのだという。
二度目の注意の時、傭兵団を率いていたオドセウスという男は立ち止まる。嫌な予感がしたとも、神の啓示があったともいわれているそうだ。
そして三度目の注意を聞いたとき、オドセウスとその仲間たちは一目散に南へ逃げたそうだ。
それからしばらくして、宝の山に突然洞窟が現れた。
それはただ、岳竜が大きく口を開けただけだったが、そこにいた誰もがその事実には気づかない。
後はもう語ることなどなかった。人々は大口に吸い込まれ、足に、腹につぶされ、やがてその場の全員が息絶えたとき、岳竜は再びその場に伏せて口を閉じたのだそうだ。
オドセウス率いる傭兵団はみな一様におびえて地面に這いつくばっていたが、そんな中オドセウスだけは震える足をたたいて、岳竜の顔の前まで歩き言った。『俺をここに住まわせてくれれば、もう争いなんて起こさせやしない。だから山のような竜よ、俺をあなたと共に生きさせてもらえないか』と。
そんな言葉に岳竜は空気を震わせて笑い『大口をたたく人の子よ。気に入った、やってみろ』と答えたんだと。
「そんなこんなで、岳竜様に認められたオドセウス様が、この岳竜街を作ったんだと。そんでもってオドセウス様こそ危険を冒す者、初代冒険者ってわけよ」
「はぁあ、そんな歴史が……、ここが冒険者始まりの街……」
男の語り口調は慣れたもので、ハルカとモンタナはその場にあった木箱に座り、すっかり聞き入っていた。話が終わったところで二人して思わず拍手をしてしまったくらいだ。
男もとても良い反応にご満悦で、指で鼻の下をこすっている。
「ま、楽しんでくれや。この街は荒くれ者も多いが、心根はいい奴が多いし、みんながこの街に誇りを持っている。冒険者だってんならきっと歓迎してくれるはずだ」
「ありがとうございます、とても勉強になりました。仲間にも教えてあげようと思います」
「そうだな、それがいいだろうぜ。岳竜様には失礼がないよう、よく言い聞かせておいてくれよ。数年前にな、岳竜様を殴ったとか殴らないとかで大暴れして出てった冒険者がいたからな。まったく、困った奴もいたもんだぜ」
「…………はい」
もしかしたらその冒険者を連れてきてるかもしれない。
その可能性にハルカは気づいたが、素直にうなずくことしかできなかった。