作品タイトル不明
訓練風景、帝国にて
ハルカの正面に浮かんだ無数の石礫が、一斉に放たれる。
体にあたれば打撲ではすまない。肉をえぐり、場所によっては骨をも砕く速度が出ている。当たりどころによっては簡単に命を奪うことだろう。
その間を縫って四つの影が走る。
各々が礫を弾いたり避けたりしながらハルカの下へ迫ってくる。それも最低限からの機能を保てる程度にしか気を使っておらず、体のあちこちから出血が見られる。
全身に身体強化を張り巡らせているからその程度で済んでいるが、そうでなければ今頃肌と肉が削り取られて、動けなくなっていたことだろう。
半分ほど距離が縮まっても、石礫は途切れることなく飛び続ける。
「足元危ないです!」
声が響く最中、先頭を走っていた一人が何かに躓いて体を宙に投げ出した。
浮いた体に幾つかの石礫が突き刺さる。
左右を走っていた影はその転倒を意に介さず、倒れた影の横を駆け抜ける。片方が舌打ちをしたが、その音は石礫が風を切る音で容易にかき消された。
残った三人は地面に注意を向ける。
しかしそれから一拍置いて石礫が正面からではなく、斜め上から飛んでくるようになった。
「わ、わっ」
影の一人は声を上げてその場に留まると、飛んでくる石礫の迎撃に専念する。地面のコンディションを気にしながら進行するのは難しいようだ。
距離が近づくにつれて、魔法の発生から着弾までの時間が短くなる。予想して避けることが難しくなると、ハルカへ近づく速度は徐々にゆっくりとしたものになっていく。
それでも着実に距離を縮めた二人は、後ほんの数歩というところまでやってきた。
しかし、その両方の背中に唐突に衝撃が走る。後方からとんできた石礫が勢いよくぶつかったのだ。
片方の影は多少体が揺らいだだけで倒れたりはしなかったが、その場で立ち止まると、手に持った金棒を苛立ち紛れに地面に叩きつける。
そしてもう一人は、石礫がぶつかった衝撃に合わせて、前へごろんと転がってハルカの足元で止まる。
「……当たっちゃったですか」
「だいぶ距離を詰められるようになっちゃいましたね……」
ハルカは屈んでモンタナに治癒魔法を施すと、そのまま歩いていって、レジーナ、コリン、アルベルトにも治癒魔法を使う。
「くっそー……、いつ地面へこませたんだよ!」
「直前ぐらいですね」
「アルが最初に脱落です」
ついてきていたモンタナが言うと、アルベルトは言い返さずに目を逸らした。いつもだったらくってかかるのに珍しい態度だ。
「横並びで行くって言ったのに、ちょっと先行したせいで忠告が間に合わなかったです」
「……悪かったって」
「私はわかってても前出れなかったー、訓練不足かなぁ、足引っ張ってるかも」
「どうでしょう。あそこでとどまっている限り、私もコリンに注意を割かざるを得ませんので、結構厄介ですよ」
「です。アルは攻撃喰らって止まってたですけど」
「だから、俺が悪かったって! ちょっと気がはやったんだよ!」
四人が話をする中、その場にとどまっていたレジーナは、金棒を振り上げて背中でぴたりと止める。
先ほど石がぶつかった場所をカバーした位置だったが、納得いかないのか首を傾げてぶんぶんとまた金棒を振り回した。
「こんなこと、いつもやっているんですか?」
「そうだね、やってるよ。もうちょっと過激な時もあるけど」
「私が見てるからちょっと張り切ったとかではなく?」
「ママがちょっと緊張してた、かも?」
観客であるポーチが表情を引き攣らせて尋ねたが、イーストンとユーリはすまし顔だ。
ユーリがしばらく小さな枝を振るのを見てから、イーストンがその腕を持ってブレないように素振りの形を直す。
「治癒魔法があるからこその訓練ですね……。挑んでいる方もすごいですけど、無尽蔵に魔法を使い続けるハルカ様は、こうして見ていても信じられません」
「ママはすごいから」
素振りを中断して自慢するユーリ。
別に本格的に訓練をつけているわけではないので、イーストンもそれを笑って見ている。
しかしポーチはハッと気づいたような顔をしてから、難しい顔でイーストンの方を向いた。
「しかし、いいんでしょうか。訓練風景なんて見せていただいて。あとでその、怒られませんか?」
訓練すると言って少し離れた五人の下へ案内したのはユーリだ。ポーチがそわそわしていたので見学に誘ってみたのだ。
だから悪いのだとしたら、それは誘ったユーリということになる。
「まぁ、みんな見ているのには気づいていたし大丈夫でしょ。流石に手合わせは結構本気で動くから嫌がるかもしれないけど、今のは準備体操みたいなものだし」
「準備体操……?」
「うん。ほら、だって誰もそんなに大きな怪我してないでしょ」
「普通訓練で大怪我なんてしませんよ……? そんなことしてたら依頼に支障が出てしまいますし……」
イーストンは暗くなってきた夜空を見上げて「あー……」と少し気の抜けた声を出した。
そうして振り返って焚き火の燃え盛る広場の方へ歩き出す。
「そうだよね、普通はそうだ。まぁ、そういうことだからポーチさんも大人しく焚き火の周りに戻っておこうか」
「そう、ですね。お邪魔しても悪いですから」
大人しく戻ったポーチは、小一時間ほどして戻ってきたハルカたちを見て首を傾げる。
あれよりも酷い訓練をしてきたはずだというのに、いつも通り和気藹々としている。治癒魔法を使っただろうから、当然怪我の一つも残っていない。
本当にそんな大変な訓練をしてきたのだろうか。
そんな疑問が浮かんできたが、直接それを尋ねる勇気は出てこなかった。