作品タイトル不明
印象
言葉は通じるからといって、心まで通じるというのは間違いである。
ハルカはこれまで 破壊者(ルインズ) に連なるものたちと戦ったり、仲を深めたりしてきた。まだまだであった総数は少ないが、隣人として生きていけそうな 破壊者(ルインズ) も半分くらいはいた。
一方で、種族や力の差があるせいで、対立構造ができやすいのもまた事実であるようだった。どうやら巨人族や吸血鬼の一部などは人を食べものくらいにとらえているし、人がそれらを一括りにして敵と判断するのも理解できる。
種族でいえば弱者である人族が、まず相手の話を聞いてから、なんてしていたらあっという間につまみ食いされてしまうだろう。
弱者にはまず交渉のテーブルに着く権利がない。
だったら最初から交渉を放棄すればいい。
理解できてしまう。
ではもし、一致団結して交渉から手を引いていた人族の一部が、勝手に交渉のテーブルについていたらどう思われるのか。どんな軋轢が起きるのか。
すでに抱え込んだいくつもの事情を考えると気持ちが悪くなりそうだった。
ハルカは今回の問題ごとに絡めて徒然と考えているうちに、ふとあることに思い至る。
もろもろの事情を、今の自分以上に理解したうえで、勝手に交渉のテーブルにつこうとしているコーディは、今まで思っていた以上に異常な人物なのではないか、と。
ハルカも今更イーストンやカーミラ、それにリザードマンたちとの関係を放り投げる気はまるでない。だからこそ、問題が起こるとしたらオラクル教の関係者からと思っていた。
しかしその内部、しかも中枢にいるコーディがこっそりとそんなことを画策しているのだ。化け物じみた胆力をしていると改めて呆れてしまった。
「ハルカ様。…………あの、ハルカ様?」
「……あ、はい、すみません、なんでしょうか?」
ぼんやりと思考する傍ら、いくつもの魔法の水球をぐるぐると目の前で回していたハルカだったが、ポーチから声をかけられてそれらをすべて消して返事をする。
「そんなに魔法を使い続けて大丈夫なんでしょうか? ナギさんの背中に張られた障壁も、ハルカ様が作っているのですよね?」
ハルカは万が一にもナギの背中から仲間や物が落ちないようにと、障壁で部屋のような空間を作っているのだが、ポーチはそれが心配らしい。
一流と言われるような魔法使いでも、どうやって節約しながら戦うかを考えることが大切だと言われている中で、何も考えずにばかすかと魔法を使い続けているのだ。不安になるのも仕方がない。
「ご心配かけてしまってすみません。丸一日以上障壁を張り続けたこともありますので、安心して寛いでいただければと」
「し、心配とかじゃないんですよ?」
そう言いつつもポーチは指先をせわしく動かしながら、視線を横にずらす。
素直な性格が見えて、ハルカは思わず小さく笑った。
サラが気まずいときによくやる仕草に似ている。
何かを話すために近づいてきたのだろうけれど、うまく切り出せないらしくどこかもじもじとしている。
二級冒険者と聞く割には幼い容姿だと感じていたが、本当にまだ若いのかもしれないと思う。
「何かほかにもご用事ありますか?」
突き放したように思われないように、ゆっくりと優しく問いかけてみる。ユーリやサラなどに接したおかげで、ほんの少し年下の子の相手をするのは慣れてきている。
ポーチはハルカの前に座ると身を乗り出して尋ねる。
「あの、ハルカ様はおいくつなんでしょうか?」
「あー、えーっと……、十九歳ですかね。もうすぐ二十歳になります」
「え!?」
今が二月の末日で、五月には一つ年を取る。
つまりもう少しでこの世界にきて丸々三年だ。
ポーチに驚かれてしまって、ハルカは指折り数えたまま固まる。
「十九歳で特級なんですか……? も、もしかして、ほかの皆さんもお若く見えるだけじゃなくて、本当に若いんです……?」
「えっと……、そうですね。イースさんは私より年上ですが、ユーリはもちろんですが他の三人は年下です」
「ってことは、私と同い年くらい……、ぐぅう、負けたぁ……」
「負けですか?」
「私、今十八歳なんです。同世代の中では出世頭だったんですが……」
それで二級冒険者なら大したものなのだろう。
比べて残念がる必要はないと思うのだが、人それぞれ価値観はある。しかし下手なことを言って藪蛇になるのは嫌なので選択は沈黙だ。
すぐに立ち直ったポーチは顔を上げてきりっとした表情を見せてくる。
「あの! どんな依頼を受けて、どんな仕事をしてきたんでしょうか! 参考までに教えていただけませんか!?」
「あ、ええ、はい…………、お話しできることだけでよければ」
その勢いに押されて安易に了承しそうになったが、ふと話せないことがあまりに多いことに気が付き補足を入れた。
「もちろん、それで構いません!」
では何からと思っていると、頭上からバキッと何かを折る音が聞こえ、ぽろぽろと何かが降ってくる。
振り向くと背後に、固めたクッキーのような携帯食をかじっているレジーナが立っていた。普通はふやかして食べるそれを、ゴリゴリと音を立ててかみ砕いている。おそらく先ほど落ちてきたのは、半分に割ったときにでた粉だ。
無言で食べるレジーナと、それを見上げるハルカ。
なぜ人の上で食事をするのだろうと思いつつ、それを尋ねるべきか考えているうちにレジーナが口の中のものを飲み込む。
「なんだよ」
「……いえ、どうしてそこでお食事しているのかなと」
「いけないのかよ」
「座って食べたほうが行儀がいいと思います」
レジーナはそれを聞くとほんの少しだけハルカと距離を取って腰を下ろす。いえば素直に言うことを聞くのだ。ただ、なぜわざわざハルカの頭上に食べかすをぼろぼろと落としてきたのかは、結局わからずじまいだった。
レジーナからすれば、敵か味方かわからないやつが、興奮した様子でハルカに詰め寄ってきていたので様子を見に来たのであるが、誰もその解説はしてくれない。イーストンあたりが見ていれば、もしかしたら後からこっそり教えてくれたかもしれないが、今は半分夢の中だ。
横からゴリゴリと音が響く中、ハルカは肩に乗った粉を払って何から語ろうかと、また考え始める。レジーナが何を考えてあの行動したのかわからなくても、悪気があってのことではないと信じているから、いつまでも気にしたりはしない。
一方でポーチは、最初の印象もあってレジーナのことがまだ苦手だ。今回の行動の意図も理解できず体を緊張させていた。この行動を気にしないハルカのこともちょっと変な人だと思っていたが、そのこともやはり誰もハルカには教えてくれないのだった。