作品タイトル不明
油断
相手が吸血鬼ならばおそらくやってくるのは夜半になる。
コリンは日が出ているうちに準備をするよう村人たちに呼びかけた。男性陣の一部が家族を連れて家に戻ってしまったが、逆に妻や子になだめられ、あるいは叱られながら家に戻っていく姿も見られた。
後者はやがて広場に姿を見せたが、前者はそれきりだ。
ハルカだったらはらはらと気にしたかもしれないが、コリンたちだけとなると肩をすくめて終わりである。
見知らぬものがいれば連絡するように言っているが、夜までは比較的安全であろうと、高をくくっての休憩中。コリンはイーストンに先ほどの言葉の真意を尋ねた。
「村がもうダメってどういうこと?」
もちろん周囲に人がいないのは確認済みだ。コリンであればそれくらいの気は使う。良いことか悪いことかはともかくとして、多くの村人はチームが休憩している場には寄ってこない。
「この規模だと村の歴史が結構長いんだよね。生活する基盤が整って、住んでる人は生まれてから死ぬまでこの村で過ごす。求心力のある人が上に立っているうちはいいんだ。でも多分この村の中心人物は、襲撃されたときに命を落としてるんじゃないかな」
「確かに、なんか頼りなかったもんね」
「うまく組織ができていて地形的にも問題ない場合って、どんどん発展していくんだ。そのうち街になって、国から代官が派遣されてきたり、村長が領主になったりする。……逆に言えば、街にならず歴史だけ重ねた村は高確率で滅ぶよ。今回みたいな勢力争いの拠点にされたり、魔物に襲われたり、内部分裂したりね」
「ふーん、だから街ってあんまり増えないんだねー」
難しい話をしていると、少年が両親の手を引いて走ってきた。父親は気まずそうにしているし、母親は困った顔をしているが、二人とも少年の行動を止める気はなさそうだ。
「あの、あのさ!」
「ん、どうしたのー?」
レジーナにじろりと睨まれても少年はひるむことなくコリンに話しかける。
「助けてくれてありがと。ほら、父ちゃん!」
子供に手を強く引っ張られて前に出た男は、頭をぼりぼりと掻きながら視線を合わせずに口を開く。
「あー、こいつらを助けてくれてありがとう。さっきは文句を言って悪かった、息子に叱られて気が付いた。イラついてたんだ、自分ができないことをあんたらみたいな若者が簡単にやっちまったから。……あ、ああ、イラついてたのは何もできなかった自分にだ」
子供が怒った顔でパンチすると、男は言葉を付け足した。言葉遣いはあまりよくないが、だんだんと背中が丸まっていくのを見ると、本気で反省をしているのが見て分かる。
「俺はこの村でずっと畑の世話をしてきただけで、大した財産もない。だから支払いも大してできねぇ。だから渋っちまったが、できるだけのことはするよ。あんたらの言うこともちゃんと聞く」
「はーい、じゃあ私たちも頑張りまーす」
コリンがニコニコと笑って答えると、男はその明るい声を聴いて初めて前を向いた。そしてコリンの表情を見て驚いたように目を見開いてから、深く頭を下げて「頼む」と言うのだった。
その家族を皮切りに、ぱらぱらと先ほどの礼を言いに人がやってくるようになった。その多くは女性と子供だったが、たまに同じように素直になれなかった男性がやってくることもある。
その数は決して多くはなかったが、コリンの気分を変えるのには十分な数だった。
「うーん、ちょっと頑張らなきゃーって気持ちになったね、アル」
アルベルトは訓練の手を止めて振り返る。
「いや、俺は最初からやる気あるぞ。吸血鬼なら斬ってもすぐには死なねぇし、実力試しだ。確かちゃんと斬り続ければ、夜の吸血鬼も不死身ってわけじゃねぇんだよな?」
「まぁ、うん、そうだね。相手がどの程度の吸血鬼なのかによるから、必ずしも何回斬ればとは言えないけど。それに、危なくなる前にたいてい逃げ出しちゃうよ?」
「じゃ、逃げたら俺の勝ちな」
「……いいんじゃないかな、それで」
にかっと笑ったアルベルトに、イーストンはやや呆れた調子で目をそらした。
「さっき助け舟出してくれたとこはよかったんだけどなー」
相変わらずのアルベルトの調子に、コリンは唇を尖らせて一人ぼやくのであった。
夜になると広場に大きな焚火がたかれ、あちこちに人の姿が見える。多くの村人は、家から引っ張り出してきた寝具をかぶりすでに休んでいる。一部緊張して眠れないようで、焚火を囲んでいる人の姿も見える。
そんな中、コリンたちは二手に分かれて民家の屋根に上り、広場から延びる道の先を眺めていた。昼間のうちに休息は取っておいたので、ここから先太陽が昇るまでは見張りを続けるつもりだ。
家に帰った村人たちも、さすがに騒いだりするつもりはないようで、村はしんと静まりかえっている。
焚火を囲む村人が、こくりこくりと我慢できずに舟をこぎ始めたころ、黒い影がまだらに月の光を遮った。
「来たね」
すぐにそれに気が付いたイーストンが言うと、先にレジーナが屋根から飛び降りた。すぐに続くイーストン、そして間を置かずにコリンとアルベルトも合流する。
「ほんとに吸血鬼が来たね」
イーストンの声に合わせるように蝙蝠たちが集まり人型をとると、やがてそれが結合し、一人の吸血鬼がそこに現れた。
「……失敗したようね、使えないったらないわ」
女吸血鬼は、薄紅色の長髪を手で払いけだるげに呟く。
「仕方ないわね。自分でやろうかしら、本当に、本当に使えないったら」
そんなことを言いながら普通に歩いてくる女吸血鬼に、いち早く飛び込んでいったのはレジーナだった。いつもの金棒をただ最短距離で横っ面に叩き込もうとする。
「無駄よ、人間の攻撃なんて、無駄。面倒だから素直に言うこと聞いてよねっ!?」
軽く上げた手でレジーナの一撃を受け止めようとした女吸血鬼はそのまま地面にたたきつけられる。さらにレジーナが振り下ろしでとどめを刺そうとした瞬間、体がいくつもに分かれ空へと上がっていく。
ふらふらとさまよった蝙蝠たちは、やがて一軒の屋根の上に集まり、再び人型を作り。
「ありえないわ、野蛮な女、信じられない」
ぶつぶつと文句を言いながら頬を押さえた女吸血鬼は、キッとレジーナを睨み叫ぶ。
「このリエール様を殴りつけるなんて、お前はただでは殺さないわ!! ちょ、ちょっと!!」
叫んでいる途中に距離を縮め屋根の上に飛びあがってきたレジーナを見て、リエールは慌てて再び蝙蝠の形態になるのだった。