作品タイトル不明
失ったもの
夜の帳が下りてもなお、ナギはまっすぐに空を飛び続ける。
体の成長こそ落ち着いてきたが、能力が伸び止まったわけではない。過去最高速を出したナギは、空が明るくなる前にカロキアの街へたどり着いた。
どんなに静かに着陸しようとも、ナギくらいの大きさの生き物が空から降りてくると、まるで無音というわけにはいかない。
ナギが地面に降りるか降りないかというあたりで、リヴ邸の玄関扉が開き、やや髪の乱れたリヴが姿を現した。突然の訪問だというのに、身に着けているものはいつもと変わらない。
そのまま眠っていたのか、それとも少し前に帰ってきたことに気づいたのか微妙なところだ。
ハルカたちは急ぎナギから降りて、リヴのもとへ向かう。
「なにがあった」
第一声は夜中に突然来訪したことへの文句ではなく、事情を尋ねるものだった。ハルカたちが予定を曲げ、人数を欠いて戻ってきたことから、緊急事態であると察することは難しくなかったのだろう。
「ここから歩いて一週間ほどの大きな村が、何者かに占拠されていました。すでにそれは解放しましたが、どうやら彼らはエトニアからやってきたようです。尋問したところ、エトニアはおっしゃる通り吸血鬼に支配され、人は家畜のように扱われているようです。それから……」
ハルカは障壁でできた箱を、ナギの上から自分の横へ降ろす。
「これが村を占領していた人たちです。放っておくと自害しようとします。作戦の失敗をしたうえ生きていると、家族がひどい目に遭わせられるようです」
手に入れた情報を伝え、何かしらの反応を待っていたハルカだったが、リヴは手櫛で長い深緑の髪を整えながら、視線を地面に落とす。その表情は険しい。
はっきりとした物言いをするリヴらしくない、あいまいな態度だった。
「……すぐにソラウに報告し、そいつらを城に引き渡す。一緒に来れるか?」
「構いません。村に吸血鬼が確認に来るかもしれませんから、用事が済み次第私たちはすぐに仲間の下へ戻ります」
「わかった、じゃあついてこい。ナギ、はここで留守番できるか?」
「問題ありません」
「……前のように空から行けるか? その方が早い」
ハルカが即座に障壁を地面に出すと、リヴはためらいなくそれに乗り込んだ。
「ナギ、ちょっとだけお留守番しててください。またすぐみんなのところへ帰りますから」
ナギの顔の前でそう告げると、小さく喉を鳴らす音が聞こえてくる。それを了承ととらえて、ハルカは急ぎ城の門へと向かうのだった。
村では、ナギが飛び去ったことで、村人たちが少しずつ広場に顔を出すようになった。この村を解放した強い冒険者よりも、村人たちにとっては大型飛竜のほうが怖かったようだ。
村長の末息子が、村人たちに押し出されるようにコリンにお伺いを立てに来る。
「あのぉ、竜がいなくなってしまいましたが、どちらに……?」
「ん、カロキアに今回のこと報告しに行ったよー」
「それは助かります。ということはもうこの村は安心ということですね」
「え、えーっとねー……」
全然安心ではない。むしろこれから本命がやってくるわけだが、どうごまかすかが難しいところだ。あまり不安がらせても仕方がないが、かといって解放されたと油断してあちこちをふらふらされても困る。
できれば一か所に固まって動かないでいてほしいところだ。
「これから敵がくんだから安心できるわけねぇだろ」
広場に置かれた空き箱に勝手に腰を下ろしてたレジーナが、呆れたように鼻を鳴らした。
「て、敵といっても、さっき皆さんが捕まえてくださったじゃないですか」
「あー、うん、ほら。占領したあとあの人たちのまとめ役が来る予定だったらしくてさ、一応それを何とかするために私たちはここに残ったんだけどね」
「皆さんが守ってくださるってことですか?」
「んんー、私たち冒険者なんですよ」
「はぁ……?」
コリンの言いたいことがぴんと来ないようで、男は首をかしげる。
はっきり言わなきゃダメそうだとあきらめたコリンは、にっこりと笑って同じように首を傾げた。
「つまりー、もし敵が来てそれを撃退できたら、報酬とかいただけますか? ってことです。勝手にやったことですから、村を解放したことまで請求しようってつもりはないですけどー」
「あ……、はい、もちろん! それで守っていただけるんですよね!」
ただの正義の味方だと思われて、流されるままにすべてやらされてはたまったものではない。体を張って働くのだから、それなりの報酬はもらわなければいけないのだ。
ぼんやりとして自信なさげな男だったが、さすがに村長の息子として教育をなされていたのか、嫌な顔をせずに報酬の件を了承した。
ただ、そうでなかったのはほかの村人たちだ。
小さな声で「村も大変なのに」とか「亡くなった人もいるのに」なんて声が聞こえてくる。それらはすべてコリンの耳にも届いていたが、コリンはまったく臆せずにそのまま交渉を続けた。
「あと、少なくとも新たに来る敵を撃退するまでか、さっきの竜が戻ってくるまでは、皆さん一か所に集まって過ごしてもらいたいです」
「そ、そうですね。…………あ、いや、その。そ、それは、どうしてもですか? 荒らされた家もありますし……、えーっと、傷ついている人も、いますし。亡くなった者を埋葬したりとかも……」
あっさりと了承した男だったが、村人たちのひそひそとした抗議に、意見を翻して交渉を始める。見た目の通り柔軟というか、流されやすい性格をしているようだ。突然交渉をさせられているのだから同情の余地はあるが、交渉人としては失格だろう。
コリンがニコニコとしたまま返事をせずに待っていると、やがて村人の一部の声がだんだんと大きくなってくる。
交渉をしているコリンが、年若い女性であるからか、主に男たちが声を上げているようだ。一緒にいる女性や子供たちは不安そうに、男たちを見ている。
「……勝手にすりゃいいだろ」
声を上げる男たちをじろりと睨んだのは、アルベルトだった。レジーナ同様に樽の上に座っていたのだが、いつの間にかコリンの横まで歩いてきている。
広場は一度しんと静まった。
「……な、なんだ、その言い方は。依頼を受けるんだろ?」
しかし一人の村人の抗議から、またざわざわと声が広がり始める。交渉をしていた村長の息子は、その両方の顔色を窺ってあたふたとしているだけで、話を収めようという様子は見られない。
「うるせぇ! 集まった奴はできる限り守ってやる。そうしないやつのことは知らねぇ、それでいいな!?」
「は、はい! もちろんそれでいいです!」
村長の息子がおびえ裏返った声で返事をしたことで話はいったんまとまった。
文句を言いながら去っていくものもいたし、妻や子に止められて、不満の表情を見せながらもその場にとどまった者もいた。
「……この村は、もしかしたらもうダメかもしれないね」
イーストンは一人、少し離れた場所で、ぽつりとそう呟くのであった。