作品タイトル不明
八つ当たり
「エトニアってあれだろ、吸血鬼の」
しかめ面で腕を組んでいるのはアルベルトだ。
円陣を組んで、村人たちには話した内容が漏れないようにしている。
余計に不安を感じさせてしまうような動きであったが、外に漏らせない情報が多いため、仕方のない対応であった。
「……どうなっているんだろうね、国の内情は」
イーストンが愁いを帯びた表情で地面に転がされたならず者たちを見つめる。自殺を試みたことや、一人一人の戦力に鑑みると彼らは吸血鬼ではない。しかし任務を失敗するや否や自害を図る忠誠心は異様であった。
「イースさんは様子を見に行きたいです?」
「行きたくないといえば噓になるね。でも情報もなく乗り込むべきではないとも思ってるかな。……僕がどうしたいかより、先に彼らから情報を抜くべきだろうね」
幾人かのならず者が目を覚まし、ぎらぎらとした目でハルカたちを見ている。
これからやらなければいけないことを考えて、ハルカは深くため息をついた。
都合よく、ハルカたちと言葉を交わしていた男も目を覚ましている。
「モンタナ、協力していただいても?」
「いいですよ」
「ほかの皆は残りを見張っていてください。村の人からは見えないように、障壁で遮断します」
モンタナと連れ添って男のほうへ歩み寄ったハルカは、男の体の下に障壁を生み出し、そのまま地面の上をすべるようにしてほかの者たちから距離をとった。そうして自分とモンタナ、それに男を二メートル四方の真っ黒い障壁で囲い込んだ。
光が遮られた空間の天井に明かりを浮かべる。
ハルカは思ったよりも明るくなってしまった光源に目を細め、徐々に明かりを絞って調節しながら口を開く。
「今からあなたに質問をします。素直に答えてください」
光の調節が終わったところで、ハルカはわずかな期待を込めながら男の猿轡をはがす。
直後くぐもったような声がして、男の表情が苦悶にゆがむ。
ハルカは手を伸ばし、男の頬に触れて治癒魔法を使った。
「それも、やめてください。何度だって治します。繰り返してもただあなたが苦しむだけです」
涙と鼻水が零れ落ちるゆがんだ顔を見ればわかる。痛みがないわけではないのだ。
男はそのあと二度舌をかみ切り、そして四度目には息を漏らしてただ嗚咽を漏らすだけとなってしまった。
男から向けられる恐怖にまみれた懇願するようなその視線を、ハルカはただじっと、歯を食いしばって受け止めた。
「頼む……死なせてくれ、頼む……」
ゆるりと首を振る。
「死なせません。話を聞かせてください」
「くそ……!」
男は口を開けて舌を出す。目を閉じて思い切ってまた口を閉じようとして、その歯は結局舌を傷つけずにゆっくりと閉じられた。
「死ぬことも……できないのか……」
「……あなた方は、エトニア王国から来ましたね」
長い沈黙の後、男は一言「違う」と答えた。
その真偽は当然のように偽だ。
「あなたは、エトニア王国の兵士ですか?」
「違う」
「今回の襲撃は、何者かの指示によって行われていますよね?」
「違う」
「…………エトニア王国は、吸血鬼に支配されていますね」
男は目を見開き、体を震わせ、カチカチと歯を鳴らした。
「あ、な、なんなんだよ、なんなんだよお前、やめろ、やめてくれよ!! あああああ!!!」
大声を出して暴れる男は、再び勢いよく舌をかみ切った。ごぽりと口の中からあぶくのような血があふれ出してくる。
ハルカは思わずその手を伸ばすことを躊躇した。
何かあるのだ。情報を抜かれることを男はひどく恐れている。
一度はためらってできなくなった自害を、再び試みるほどの何かがある。
左の手をモンタナにぎゅっと握られる。ハルカは血の匂いでむせ返る空気を吸い込んで、再び右手を男へと伸ばした。
出血が止まる。
白目をむいていた瞳に意思が戻ると、男はハルカの手にあらん限りの力でかみついた。
痛みはない。嚙みちぎられることもない。
ただ、口から洩れる呼気を肌に感じて、ハルカはなぜだか自分が泣きたくなってきた。
「すみません、教えてください。エトニア王国では、何があったのでしょうか。あなたが、自分の命を四度もなげうってまで守りたかったものは何でしょうか。私に何かできることはあるでしょうか」
泣きそうにゆがんだハルカの顔を見ていた男は、やがてゆっくりと力を抜いて目を閉じる。
「……化け物たちが、家族の血を吸って殺すんだ。少しずつ弱って死んだ妻に、俺は何もしてやれなかった。俺がここに来なければ、次は娘の番だった。でも、俺がここに来たせいで、娘の代わりに誰かが死んだ。俺たちは……、俺たちはただ、死ぬ順番を待ってるだけの家畜だ……。どうしろっていうんだよ!! どうしたらいいんだよ!!! 喋ったら全員殺されるんだぞ! 娘は血を吸われて、親はまずいからいらないと、ただなぶられて殺されるんだ!! お前のせいだ、お前のせいだぞ!!! できることなんてあるもんか!!!!」
のどが張り裂けるような空気の震える絶叫だった。血走った目がハルカとモンタナを睨みつけ、行き場のない怒りがぶつけられる。
ハルカは完全にひるんでしまっていたが、それでもモンタナは冷静だった。
「僕たちのせいじゃないです」
モンタナは用は済んだとばかりに、口に布を詰め込んで、手早く猿轡をかませる。そして硬直しているハルカの手をもう一度握り声をかけた。
「ハルカ、聞きたいことは聞けたですよ。外に出て、これからのことを考えましょう」
「え、ええ、そうですね……」
返事をしたものの障壁を解くことができないハルカの手を、モンタナは自分の頭にのせた。
「いったん考えるのやめて休憩するです」