作品タイトル不明
白黒つかない
ナギの前ではまだアルベルトが魔物の死体を覗き込んでいる。懸賞金がかけられている魔物の可能性を見て、コリンも一緒になっているが、ナギは前足と頭で通せんぼだ。
トーチを乗せたモンタナが近づくと、ナギが訴えるように喉を鳴らす。それを聞いたモンタナが、二人の行動を止めようとしている。なんというか、平和な光景だ。
しかしそんな平和な光景もナギを知らぬシャディヤから見れば恐ろしいものなのだろう。表情をこわばらせて遠目に見ていた。
その手をユーリがそっと触る。
「ど、どうしたの?」
「シャディヤさん、ナギ怖くないよ。生まれた時はこれくらいだった」
「……そんなにちっちゃかったの?」
「うん、ママの背中に張り付いたりしてた」
ナギに慣れさせようとしているのだろう。血のつながったもの同士の穏やかな会話を、ハルカは静かに見守っていた。
「とりあえずさ、色々あったみたいだから状況が知りたいんだけど」
「……そうですね、私から話します。相談したいこともありますし」
残っていたイーストンに提案されて、ハルカは時折ナギたちのことを気にしながら、街に着いてからのことを一から説明していく。
ほんの短い期間であったが、きっとユーリにとって大きな転換点になるであろう数日だった。
「……そんなわけで、リヴさんの案内によって特に争いもなく話し合いができたわけです」
「良かったんじゃないかな?」
「そう思いますか? 元々考えていたやり方とは違ってしまいましたが」
街での行動については事前にイーストンとよく話し合って決めたことだ。
本来であれば、城に乗り込むまでの間に、ある程度の争いを想定していた。その中で冒険者としての力を見せるつもりだったのだ。
イーストンは良かったんじゃないかと言ってくれたが、ハルカは不安に思っていた。果たしてあの話し合いが正しかったのか、間違っていたのか。
イーストンの意見を聞いてみたいと思っていた。
「ハルカさんは良くなかったと思ってるの?」
「……いえ、正直争わずに済んでほっとしました。人や場所を傷つけることがいいことだとは思いません。避けられるのならば避けるべきです」
「じゃあ何でそんなに不安そうなのさ」
「力を見せなかったことによって、侮られたということはありませんか?」
イーストンはふっと笑う。それから一度表情を真顔に戻したが、結局わずかに声を漏らしてまた笑った。我慢しようと思って我慢できなかったらしい。
「ハルカさんはさ、心配性だよね。この広い帝国の皇帝が、侮った相手の要求を黙って聞くわけがないじゃない」
「しかし、彼らは私たちの力を知りません」
「お抱えの特級冒険者が認める特級冒険者と争いたがる人はいないと思うよ。それに何の要求もなくナギの乗り入れが許可されたんでしょう? それだけでもこちらに十分に便宜を図る気があるって証明だと思うけどな。それともハルカさんは本当は暴れたかったの?」
「……いえ」
イーストンはもう一度ふっと笑って、今度は真面目な顔になった。
「ハルカさん、交渉ごとに正解ってないよ。結果が出た時に初めてわかるんだ。その時こうしとけば良かったと思うかもしれないけど、その選択肢をとっていたところで、より良い結末にたどり着いたかなんてわからない」
「それは……、そうですね」
「それでも不安なら、僕はこう答えてあげるよ。暴力を振るわないで解決したおかげで、向こうも何かあった時にまず話し合いをしようと思ってくれるかもしれない。……今回の交渉はきっとうまくいったんだよ、お疲れ様」
「ありがとう、ございます」
含蓄のある言葉というのはこういうものなのだろうと、ハルカは感心しながら礼を述べた。自分があと四十年生きた時、こんなことが言えるようになっていたいと思う。
それから頭の片隅で、やっぱりイケメンがこういうことを言うと説得力が違うなぁと、変な感心の仕方もしていた。
今の自分の容姿は棚上げである。
「それより僕はリヴって人が気になるけどね。王国でいうノクトさんみたいな立場ってことでしょ?」
「……そうなるんですかね?」
「特級ってことは、何か一癖くらいありそうなものだけどね。二つ名が【人鬼】でしょ? まさか本当に鬼ってことはないだろうけど」
「やっぱりいるんですね、 破壊者(ルインズ) の種族に」
「うん、僕は見たことがあるよ。肌の色が特殊で、筋骨隆々、額に一から三本程度の角を生やしている。好戦的で硬い皮膚を持つ上身体強化を使う。元来長命だけれど身内同士でも争うせいで、平均寿命は長くないね。目撃例は少ないから、数もそんなに多くないと思うよ」
「随分……詳しいですね」
「うん、立場上ね」
破壊者【ルインズ】である吸血鬼、その中でも超長命な吸血鬼の王の息子だ。詳しいのは当然と言えば当然なのだろう。
ハルカの知っている情報の中で、イーストンの父親より長命そうなのは真竜くらいだ。ほとんど同じくらい生きているはずのカーミラの顔はこの時ハルカの頭には浮かばなかった。
「まぁ、これから僕も街に入るわけだし、ちょっと気にして見てみるよ。こっちも種族柄大手を振って彷徨したくはないから、できるだけ大人しくしているけどね」
「はい、よろしくお願いします」
ようやく慣れてきたのか、指先でちょんとナギに触れるシャディヤを見る。
触られたかどうかすらわからない接触だが、シャディヤにしてみればかなり勇気を振り絞っているのだろう。
ナギを賢くてかわいくておとなしいと表現するハルカは、きっとその勇気には気づけない。