軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

わたしのごはん

「それじゃ、よろしく頼む」

「本当にシャディヤさんを連れていっても?」

「本人も街の外に出てみたいらしいので。予行練習みたいなもんと思って」

「それならナディムさんも一緒に行った方が良いと思うんですが」

「俺は街の外に出たことがあるんだよ。それに宿に来る客の相手もしなきゃいけないからなぁ」

どっしりとカウンターに座り込んだナディムは動く気がなさそうだ。

昨日からそうだが、顔を出した町の人がナディムの酔っぱらっていない姿を見て驚いた顔を見せている。そのことからも、ナディムが随分久しぶりにまともな生活を送っていることが察せられる。

何かが吹っ切れたこともあるが、出発までに体調を整えるためでもあるのだろう。

「わかりました。シャディヤさん、森の中も歩くと思いますから、きついときはすぐに教えてください」

「はい、わかりました!」

緊張した面持ちで元気のいい返事をしたシャディヤは、初対面の時からどんどん表情が幼くなっているように見える。

おそらくこれが本来のシャディヤの表情なのだろう。プレッシャーや不安から解放されて、普通の可愛らしい十六歳の少女の顔をしていた。

まだ人通りの少ない街の通りを歩きながら、コリンがシャディヤに街の外を歩くときの注意点を述べる。それは詰め込むような勉強式のものではなく、面白おかしい逸話や体験談を交えた雑談のようなものだった。

コリンは案外教育者に向いているのかもしれないと思いながら、ハルカもそれに耳を傾ける。

モンタナが道を逸れる話や、アルベルトが小石を蹴りながら歩く話。森の生き物や魔物の怖さ。それに遠出するときは旅の計画を立てなきゃいけない話。特に得意げに地図の読み方を話すのを聞いて、ハルカは前を向いたまま微笑んだ。

まだ三歳にもなっていないはずのユーリは、見た目では五・六歳に見える。おおよそ倍くらいの速さで成長しているようだ。しっかりと地面を踏んで歩く姿は危なげないが、ハルカはできるだけすぐ横を歩くようにしている。

身体強化の練習をしているので、疲労の様子が見えればすぐに治癒魔法をかけるようにしていた。

ふと神聖国レジオンの言葉を思い出す。

身体強化と魔法のどちらも使えるものは殆どいない。

ユーリはそのどちらをも、人よりもかなり速い速度で身に付けつつある。

日本より遥かに命の軽い世界だ。きっとこの力がユーリのことを守ってくれるだろうと、ハルカは信じている。

だから本人が頑張りすぎていても、心配はしても止めることはしないでおくつもりだ。見守って、一緒に歩いていくつもりだ。

外へ出ると、シャディヤが周りをきょろきょろとし始めた。

街で生まれ街で死ぬ住人の中では、外の危険について大いに語られる。コリンが言わずとも、普通の人は外を恐ろしく思っているのだ。

「シャディヤさん、大丈夫だよ?」

「う、うん。ユーリ君は慣れてるんだね」

ユーリの方が圧倒的に自然体だ。シャディヤのことを気づかう余裕すらある。

いつもハルカたちと共にいるユーリは、壁のない場所で暮らしている時間の方が圧倒的に長い。ユーリにとってはこれが普通の生活なのだ。

「慣れてるけど、そうじゃなくて。ママたちがいるから大丈夫。何か来たらモン君がすぐ気付くから」

「そう、ですよね。皆さん私とあまり年が変わりませんけど、お強い冒険者さんなんですもんね」

「まぁな!」

特に名前が出されなかったアルベルトが胸を張って答える。多分こういうシチュエーションが好きなのだ。大層ご満悦だった。

「そだね、ま、色々脅かしたけど、野生動物や魔物くらいなら心配しないでいいよ」

「魔物って……よく出るんでしょうか?」

「どうなのかな?」

そういえば街や交渉のことばかり気にしていて、この辺りの地理的な事情についてはあまり詳しくない。誰も答えられずにいると一番後ろにいたレジーナが答える。

「……街の付近にはほとんどでねぇよ」

「はー、そういえばレジーナってこの辺きたことあるんだっけ?」

「ある。森の中入ったり、人が通らないところに行けば出るけどな。兵士が行き来するような道にはでねぇ」

「へぇ、そうなんだ。うちの国の方だと大きな道沿いでも結構出るらしいのにね」

「それは魔物に餌だと思われてるからだ」

「あ、なるほど。武装した兵士に撃退された魔物は街道に近づかなくなるってことですか」

ハルカが納得すると、コリンも「あー」と声を上げた。

つまり退治されないまでも痛手を負って追い払われることによって、魔物たちは学習するのだ。あの開けたあたりに出る獲物は美味しくないぞと。

すると食べ物が他の場所にあるうちは、街道に近づかなくなる。

逆にイチかバチかで旅をするような輩が多いプレイヌの道では、人を食べるのが楽なのだろう。味を占めた魔物が平気な顔をして飛び出してくることがあるというわけだ。

「それだと、生き残った魔物が群れをつくると思うですが」

「……そこまでは知らね」

モンタナの突っ込みにレジーナはプイっと顔をそらした。結局のところレジーナも魔物事情にはそこまで詳しくないのだ。何が来ても撃退するつもりだし、撃退できなければ死ぬだけだと思っている。

ソロで活動している間は、その情報で十分だった。

「あ、私知ってます。名前付きの魔物が賞金を懸けられて冒険者ギルドに貼り出されてるらしいです! 多分、そのせいなんじゃないかなぁ……」

「なんだそれ、面白そうだな」

食いついたのはアルベルトだった。

「最近では体中に槍の傷を負った熊の魔物がいるそうですよ。不死身の何とかベアー

って言われてるとかなんとか……」

そんな雑談をしながら半日かけて道を進み、森を分け入っていく。シャディヤの口数が少なくなると顔色を見ながら休憩したり治癒魔法をかけたが、やはりいつもよりはかなり時間がかかった。

幸いなことに街道でも森でも、肉食動物や魔物には遭遇しなかった。怖い目に遭わせることなく到着できて何より、そう思いながらハルカは空に音が鳴るだけの魔法を打ち上げる。

小さな破裂音をさせてからゆっくりと森の中にある泉へと足を向ける。

「みんな戻ってきたのかな?」

「イースさん、ただいまー」

静かな声が聞こえてきて、コリンが応答した。

イーストンが破裂音を聞き逃さずに、ハルカたちが戻ってきたことに気が付いてくれたのだろう。

声はやや緊張していたが、いざ顔を見ていると口を押さえて小さくあくびしているところだった。イーストンにしてみれば昼間は活動時間ではないので仕方がない。

隣ではナギが空間にすっぽり収まるように伏せて食事をしているところだった。

こうしてみるとこの場所は少し窮屈なのかもしれない。

「なんかさ、さっきでっかい熊の魔物が出てきてね。ナギがぶっとばしちゃったんだ。戦闘音も出してないから大丈夫だと思うけど、そっちはどう? うまくいった?」

「ええ、つつがなく。これからナギを連れて街に行こうかなと思っていたところです」

「えぇ……、どうしたらそんな話になるのさ。それに、なんか知らない子がいるね。……ちょっと、誰か気にしてあげてよ、顏が真っ青だよ。大丈夫?」

「だ、だ、だいじょぶです!」

ハルカたちが戻ってきたことで、いったんお食事をやめていたナギだったが、口元が血だらけだ。シャディヤが硬直するのも無理はない。

「あ、すみません。ナギ、ちょっとお口の周り綺麗にしましょう。ほら、ユーリのお母さんの妹ですよ、わかりますか?」

大きな水の球を出してやると、ナギはそれに顔を突っ込んでがぶがぶと口を動かす。あっという間に赤く染まる水を次々綺麗にしていくと、やがてナギの顔はすっかりきれいになった。

ぽたぽたと水滴を落としたまま、ナギはじーっとシャディヤを見つめ、小さくグルルと喉を鳴らした。

「わかったみたいです」

「そ、そうなんですか? あの、それで、その、熊、あの、槍傷がい、いっぱいついてるんですけど」

「あ、本当ですね」

よく見ればナギの昼ごはんは、どうやら先ほどシャディヤが話していた魔物のようである。アルベルトが慌てて走っていき、それを確認しようとすると、ナギが間に頭を入れる。

「ナギ、確認だけさせろって、とらねぇから」

ナギはアルベルトと目を合わせずに、通せんぼだけ続けている。

怒られたくないけれど、自分がとった獲物を持っていかれたくもないという意思表示だろう。

アルベルトが背伸びしたりしゃがんだりすると、器用に首を上下させて視界を遮っている。

ハルカたちはその光景が面白くて笑っていたが、まだ慣れないシャディヤだけは、一人乾いた笑い声をあげていた。