作品タイトル不明
人鬼の住処
昼過ぎからはすっかり元気になったシャディヤを連れて、ハルカたちは街へ繰り出していた。いつも飲んだくれていたナディムがすっかり酒の抜けた顔でカウンターに座っている。
午前中は髭や髪など身だしなみを整えていたようで、さっぱりとしたその姿は随分と若返って見える。
せっかくだから出かけないかという誘いを断るシャディヤに「いいから遊んでこい」と言って背中を押したナディムは、ちゃんと父親の顔をしていた。
街の大通りを寄り道しながら歩いていくと、チラホラとシャディヤに声をかける人たちがいる。
店番の心配をしたり、久しぶりだと喜んだりと様々だが悪い反応は一つとしてなかった。
もしかしたら街に来た時に宿を勧めてくれたドワーフも、シャディヤのことを知っていたのではないかと、今になってハルカは思っていた。
城に向かって歩いていたハルカたちは、知った場所から声が聞こえてきて路地を一つ入った。
区画丸ごとが敷地になっているような屋敷が現れ、その広い庭を何故か兵士たちが草むしりしていた。
そしてその庭を囲うように人が集まってきている。何の騒ぎかと耳をそば立てていると、屋台だとかなんだとか言っている。
「何か行事でもあるんですか?」
「いえ、ここはいつも静かであまり人が近寄らないんですが……。国の偉い人のお家らしいんですが、いつも 人気(ひとけ) がないんです。子供の頃は度胸試しだってここの庭にこっそり入っていく子もいました」
「あー、あるよな、そういう場所って」
おそらく同じようにどこかに不法侵入した経験があるのだろうアルベルトが、大きく頷いて同意している。いかにもやりそうだ。
リヴがナギをここに入れてくれると言っていたので、整備してくれているのは間違いないのだろうけれど、何やら大事になっているみたいだ。
ナギは大きな体をして結構人見知りだからハルカとしては少し心配だった。
「あ、でもこの屋敷で鬼を見たって子もいるんですよ? 私はよく知りませんけど、どこかの地方にいる 破壊者(ルインズ) にそんな種族がいるそうでして……」
「なるほどな、それでたまに勝手に庭に入ってくる子供がいるのか、納得した」
真後ろから声がして、シャディヤが年相応の悲鳴をあげて飛び上がった。いつの間にか気配なく近寄っていたリヴが、綺麗になっていく自宅の庭を眺めている。
額に巻かれた鉢金には三本の角がついていて、確かにハルカの知っているような鬼に見えないことはない。
「ここの掃除をして、この辺りで出店をだすそうだ。飛竜が見られる機会なんてないからな。無理なら今からでも断ってくるが、どうだ?」
「そういう感じになったんですね」
「皇帝のお膝元で自由に観覧できる竜が空を飛んだからといって、世間は混乱したりしないはずだ。目立つということを除けば、特に不利益はない」
「わかりました、問題ない、と思います。一応ナギともう一人の仲間にも相談してみますけど」
「もう一人の仲間はわかるが、竜にも相談するのか?」
「ええ、話すとちゃんと理解して返事をしてくれますよ」
「…………そうか」
リヴの知る地竜は確かに他の動物よりも知性を感じる反応が多いが、人の話をきちんと理解して是非を答えられるほどに賢くはないと思っている。
飼い主からみた贔屓目なのか、それともその竜も普通ではない何かなのか、リヴはそんなことを考えながら曖昧に返事をした。
「あ、あの、変な話をして申し訳ありません。お、お城の偉い方なんですよね。知らなかったとはいえ、昨晩も追い出すような形になってしまって……」
「ああ、いい気にするな、あれは繊細な場に勝手に入り込んだ俺が悪い。それに偉くなんかない。随分前からこの国にいるただの冒険者だ」
「ありがとうございます」
国のお膝元で暮らし、姉が酷い目にあっているのだ。シャディヤが帝国の上層部に苦手意識を持っているのは仕方がない。
もしかすると昨晩ナーイルに毛布を渡したのも、親切心よりも恐怖心が勝った結果だったのかもしれない。
シャディヤの姿を見て、ハルカは二人の移住に関して少し前向きになっていた。
ハルカたちと一緒にくれば、街の人々との関わりは自然と断つことになる。シャディヤと一緒に出掛けて、彼女が町で良好な関係を築いているのを見たせいで、少し悩んでもいたのだ。
気を揉んだところで、結局決めるのはシャディヤとナディムなのだが、それでもいちいち色んなことを心配してしまうのがハルカの性質だから仕方がない。
「明日一日かけて、告知とこの辺りの整備をしておく。明後日の朝には空を飛んで直接入ってきて構わないからな」
「わかりました。でしたら私たちも明日仲間と合流することにします」
「それがいい。……これが気になるのか?」
リヴが突然シャディヤの方を向いて問いかける。指先は額につけられた角付きの鉢金に向けられていた。
「あっ、い、いえ!」
「あまり気にするな、ただの作り物だ」
すぐに否定したシャディヤだったが、リヴは笑いながらそう答えた。よほどまじまじと見ていたのだろう。
ハルカたちも変わった装飾だなぁと思っていたが、雑談の時にアルベルトが「頭突きの威力上げるためじゃねぇ?」と言ったことで納得してしまっていた。
だから、ただの作り物だとリヴが言った時に、モンタナの耳がぴくりと動いたことには誰も気づかなかった。