作品タイトル不明
感情
「頭おかしいんじゃねぇかそいつ」
顔を上げて身もふたもないことを言ったのはアルベルトだった。口には出さなくてもハルカたちも似たような感想を抱いている。
「先帝陛下は帝国にとって偉大な方だった。極端な思考をし始めてなお、寵臣であるはずの俺の父が何も言えないくらいには。ただ真意を尋ねることくらいはしたらしい。曰く、相応しいものができたのでそれ以外はいらない」
「……病気とか、事故とかもあるじゃない」
「その時はまた作ればいいと。殺さぬ方がいいという提言がすべて却下された結果がそれだ。父上に食ってかかった時、ならばどうすればよかったと怒鳴られ殴られたよ。俺はいつも穏やかな父上の取り乱し具合を見て、どうにもならなかったのだと悟った」
シリアスな場面で突然バリボリと大きな音がして振り返ると、レジーナがバゲットに直接かじりついていた。こぼれたパンのかけらを目で追って顔を上げたところで、注目されていることに気が付く。
「なに見てんだてめぇ」
「いや、別に……」
特に悪いことをしていないのにすごまれたナーイルはそっと目をそらした。堂々と開き直られたせいで、自分が悪いような気がしてしまったようだ。
「えーっと、どこまで話したかな。……そうだ、陛下は後継者争いが起こらないよう自己研鑽を続けてきた。それが御兄弟の寿命を縮める結果になってしまったことを恐らく悔いていたのだと思う。陛下はそれ以降ずっと前線で過ごされるようになった。俺たちもこんなところに居たくなくなって、後に続いて前線へ行くことにした。その後のことは大体知っているんじゃないかな」
シンと静まった部屋にパンをかじる音だけが響く。
「説明は分かったです。それで、ナーイルさんは何しに来たですか?」
ソラウとナーイルたちの悲しい過去に同情の余地はある。それを知ることで考え方も変わるかもしれない。
ハルカたちの行動は分かれた。
話を咀嚼するハルカとコリン、どちらかと言えばユーリもそちら側だ。想像を巡らせているのか、アルベルトも珍しく考え込んでいる。
逆に普段とあまり変わらない様子なのはモンタナとレジーナだった。レジーナはごちゃごちゃうるさいくらいの感想でパンをかじっていたが、モンタナは単純に話の行きつく先が気になっていた。
「……陛下はきっと身内を持つことを避けている。俺たちはそれが良くないことだと思っているんだ。だから、弟がいるというのなら、探しだして陛下と一緒に暮らしてもらいたかった」
考え込んでいたハルカたちが一斉に顔を上げる。目を閉じて壁に寄りかかっていたリヴも薄く目を開けた。
「そんなに怖い顔をしないでくれ。どんなに身勝手なことを言おうとしていたか、諸々のことでわかっているよ」
「本当に諦めてたなら、ここで口に出すべきではないです」
「……そうかもしれない」
もしかしたらうまい方向に転がるんじゃないか。モンタナはそんな打算をナーイルの心のうちに見ていた。皇帝ソラウの育った環境に同情がないわけではない。それはそれ、これはこれだ。
「モン君、ありがと」
ユーリが振り返って微笑んだ。そうしてまたナーイルと正面から向き合う。
「ナーイルさん、僕の家族はここにいるみんなだから、ソラウさんと一緒に暮らせないよ」
「……陛下のことを、兄と呼んではもらえないだろうか?」
「ナーイル、いい加減にしろ」
リヴからついに警告が入った。これがただの注意ではないことをナーイルもよく理解している。
「呼べない。でも僕が大きくなって立派な冒険者になったら、またこの国に来ると思う。ママみたいな特級冒険者になったら、お城に招かれることもあるよね?」
「…………ありがとう。ユーリ君は優しい子だ」
「そうですね、ユーリは優しい子です」
「ユーリは優しいよ。ナーイルさんはそれに付けこんできた嫌な人だけどね」
ハルカがユーリの頭を抱き寄せて褒めていると、後ろからコリンの棘のある言葉が飛んできた。
ナーイルは大きく頷く。
「そうだ、俺は嫌な悪い奴だ」
「ユーリをソラウさんのために良いように使いたいだけじゃん」
「その通りだ」
「なんでそんなことできるの? この宿に顔出す気も知れないし!」
「申し訳ないと思っている」
「ホントに思ってるの!? どうせソラウさん以外のことなんてどうでもいいんでしょ。そりゃ話を聞けば同情するけど、そのために他のことなんかどうでもいいと思ってるでしょ!!」
「コリン」
ハルカは身を乗り出してきたコリンの頭を、ユーリ同様に抱え込んだ。
ハルカだってふつふつと心の奥底から湧き上がってくるものがあった。
それでもコリンの言葉を一度遮る。
「私たちも、多分そうです」
ユーリの幸せと穏やかな成長のためにここまでやってきた。
冒険者は、仲間以外に関してかなりドライに接することができる。身の危険が近くにあるからこそそうであるが、突き詰めていけば仲間と自分が無事であればいいという考え方だ。
それはナーイルが、ソラウのことだけを考えてことを判断するのとなんら変わらない。
落ち着いて考えればコリンにだってそれは分かるはずだ。
感情が揺さぶられて冷静でないからナーイルに詰め寄ってしまった。ユーリのことが大切だから、それを蔑ろにしたナーイルに腹が立った。いくら言っても言い返してこないうちにヒートアップしてしまった。
それだけだ。
これ以上言うと、後で後悔するのはコリンでしかない。だからハルカはコリンの言葉を無理やり遮った。
「今回はユーリが受け入れたので、私の方からは何も言いません。でも、あなたがソラウさんを大切にするように、私たちも仲間を大切にしています。私の仲間を傷つけないでください。体も、心もです」
「……あぁ」
ハルカは知っている。ナーイルにだって心はある。
この宿に来たくないと思う気持ちもあれば、シャディヤに渡された毛布を罪悪感から使ってよいのか悩むような心がある。
「私は、人を傷つけるのが好きではありません」
ハルカはナーイルの気持ちや心を汲んで、自分のことを落ち着かせようとしたが、結局最後に本音がポロリと漏れた。
「今回はユーリが話を丸くまとめてくれました。でももし、仲間が傷つくのであれば、戦うだけの覚悟はあります。絶対に忘れないでください、私はさっき、かなり強く怒りを覚えました」
「……以後ないようにする」
「ハルカが気の長い奴で良かったな」
どこまで計算ずくだったのか、リヴがそっけない言葉でこの話を締めくくる。
ナーイルが立ち上がって部屋から出ていく。
唯一ユーリだけが部屋のドアが閉まるまで、その後姿を目で追いかけるのであった。