作品タイトル不明
黒い話
リヴがなんという二つ名で呼ばれていようが、よくしてもらっている以上そんなことは関係ない。関係なくても、何でそう呼ばれているかはちょっと気になるハルカであった。
「今日はどうして朝からこちらへ?」
悟られぬよう別の質問をしてから、そういえば最初にこれを聞くべきだったなと、ハルカは少し冷静になった。
「あぁ、こいつらが昨日の夜中に訪ねてきただろ? その理由がわかったから、ナーイルの回収ついでに、聞きたければ話してやろうと思ってきた」
「何を聞かせてくれるつもりだったんでしょう?」
「……言い訳、申し開き、そんな類の話だ。被害者にとっては耳を傾けたくない話だ」
ナーイルは何か言いたげな視線をリヴに向けたが、何も言わなかった。ムバラクの顔を見た直後だったから、口が重くなっていたのかもしれない。
「先代とソラウ、まぁこの国の話だな。聞きたきゃ話させるし、聞きたくなきゃ連れて帰る」
ハルカとしては聞いてみたい気持ちもある。この先ソラウと直接話す機会もなかなかないだろうし、本人がそれを語るとも思えない。
しかしハルカはそこで応えることを一度こらえて、ユーリにその決定を委ねることにした。
「ユーリはどうしたいですか?」
「聞く。なんであんなことになったのか、知りたい」
「嫌な気持ちになるかもしれませんよ?」
「……うん。でも聞く」
気持ちが定まっているようだ。
自分よりもよほどしっかりしていると思いながら、ハルカはリヴへ返事をする。
「では、よろしくお願いします。……部屋に上がってもらって、食事をしながら話しましょうか」
実はさっきから、戦利品からの漂う良い匂いに我慢の限界が来ていた。まだ温かいうちにあれもこれも食べておきたい。
ハルカが振り返ると、宿の扉をコリンが開けて待っていた。
扉を潜るとフロントを掃除しているシャディヤと目が合う。
「おかえりなさい、ハルカさん。ちょっと相談事……は、後にした方が良さそうですね」
シャディヤは視線をナーイルとリヴに向け、言葉を途中で切り替えた。
「すみません、後でお伺いしますので。緊急の用事とかではありませんよね?」
「はい。この街にいる間に聞いていただければ」
「では後で私の方から訪ねますので」
「お願いします!」
二人と目を合わせようとしないシャディヤは、そのままカウンターの奥へ戻っていってしまった。片手に毛布を下げたまま話す機会を窺っていたナーイルは、困り顔で額をかく。
そうして畳んだ毛布をカウンターの上へ置いて、小さくため息をついた。
三人部屋に八人は、空間的にはともかく気持ち的には流石に狭く感じる。あるいは、ナーイルが味方ではないという認識が、部屋の広さをそう認識させているのかもしれないけれど。
ナーイルを椅子に座らせて、話を聞く態勢を作る。剣の点検をしていたり、収支の確認をしていたり、食事にそっと手を伸ばしていたりと、各々好きなことをしているが、少なくとも耳はちゃんと傾けている。
「……こうして改まると、今からする話がいかに図々しく面の皮の厚いことであるか思い知るよ。昨日先生に止めてもらったのは、いいことだったのかもしれない」
ナーイルは顔を上げなかった。誰の顔も見ずに、自分の手元を見ていた。
「……ユーリ君、これから話すことは聞きたくなくなったらいつでも止めてくれて構わない」
ようやく顔を上げたナーイルは、ベッドに座るユーリが頷くのを待って続きを話す。
「俺は、君のお母さんが亡くなるところを見た。先に死んだ先帝の方を見向きもせず、私たちではないどこか遠くを見つめながら、薄っすらと笑っていた。私より年下の女性が、死を目の前に取り乱すことも怒ることもしない。恨み言も言わなかった」
ゆっくりと言葉を選びながら話すナーイルは、少し話を進めるごとにユーリと目を合わせる。ユーリよりも話しているナーイルの表情の方が、悲しそうにも見えるのが不思議だ。
「陛下も、しばらく君の母の姿を見ていたように思う。数日して私たちは、彼女に子がいたことを知った。陛下は、きっと元から知っていたのだろう。だから私たちがその捜索を願い出る前に、君の追討を裏のものたちに命じていたのだろう」
「……なんで意見が分かれたの?」
「この子は……、本当に理解しているんだな……」
「ええ、ですから続けてください。ユーリが止めるまでは」
ナーイルの感嘆とも問いかけとも取れる言葉にハルカが答える。
「わかった。話を少し過去に戻す。陛下には実は弟と妹がたくさんいたんだ。先帝の奥方だって、君の母以外にたくさんいた。陛下は元々寡黙だが、冷たい方ではない。下の兄弟が何かをするのを喜んで見ていたり、勉強や武芸を教えることもあった。慕われていた、仲も良かったのだ」
悪い話ではないはずのに、ナーイルの表情がさらに曇っていく。ハルカは猛烈に嫌な予感に、話の展開がそうならないことを祈りながら眉を顰めた。
「陛下は三年間この国から離れていたことがある。成績優秀で、毎年戻ってくるたびにその成長に先帝は喜ばれていた。そうして年数を縮めて卒業し戻られた時、……陛下のご兄弟とその母たちは全員いなくなっていた」
ナーイルが目を閉じて、一度天井を仰いだ。
「私は、陛下よりも五つ年下だ。陛下は弟と共に、その友人である私たちのこともよく気にしてくださっていた。皇位継承者は一人でいい。その方が問題が起きない。先帝のお言葉だ。だからその妨げになりそうなものは、全員消したのだそうだ……」