軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

人鬼

「どこ行くの?」

「パン屋」

ユーリの質問にレジーナは指をさしながら振り返って答えた。

進むにつれて香ばしい匂いが漂ってきていたが、どうやら近所にその店があるらしい。パンの匂いと共に、甘いような懐かしい匂いが漂ってきて、ハルカはスンと鼻を動かした。

すぐにパン屋にたどり着くと、店頭にいくつも先ほどレジーナが齧っていたパンが突き刺さっている。

「お、良い時に来たな、焼き立てだ」

髪を短く切りそろえた男が、パンを窯から取り出してハルカたちの前に差し出した。鉄板がカウンターを少し焦がすが、いつものことなのか男が気にする様子はない。

焼けたパンの上にはチーズとホワイトソースのようなものがたっぷり乗せられている。甘く懐かしい香りはこれと玉ねぎの焼ける匂いだったのだろう。

さっさと支払いをしたレジーナは両手にパンを持っている。絶対に熱いはずなのだが、平然とかぶりついているのはどんな理由なのか。

「……火傷しないように身体強化してるです」

モンタナが隣で呆れたように呟いた声を聞いて、ハルカは笑ってしまった。

「あんたさっき買ったのもう食っちまったのか?」

口いっぱいに食べ物をほおばっているレジーナは視線を向けるだけでそれに答えない。

「まぁいいか。ほら、アンタらも。紙に包んでやるから持っていきな」

「ありがとうございまーす」

手際よくパンを持てるよう準備してくれた店主にコリンが支払いをして、それぞれパンを手に取って適当に街の中をぶらつく。

パンにかじりつくと、ざくざくと音がして、良い具合に焦げたパン粉が僅かに地面に零れ落ちる。

まずは小麦の香りがした。それから香りを包み込むバターと玉ネギの甘さが口いっぱいに広がる。口角が自然と上がり、ハルカは鼻から息を吐きながら、朝から贅沢な食事を楽しんだ。

旅に出ている間はどうしても食事が質素になりがちだ。

コリンはそれでも十分美味しいものを用意してくれているが、やはり街で買って食べる食事は格別である。

あっちで包丁の音がすればふらふらと、そっちで肉の焼ける香りが漂えばまたふらっと。あちこちに立ち寄る先頭は、いつの間にやらハルカになっていた。

次々食べて消費していくわけではないのだが、とにかく美味しそうなものや珍しいものを見つけると買い込んでしまうので、今日もまた気づけば両手が一杯になっている。

誰も何も言わずについてきてはいたが、両手に持てないほどの食べ物を抱えたまま次の店を覗いたハルカに、コリンがついに声をかけた。

「ハールカ、楽しいのは分かるけどさ、一度帰るかどっかで休もうよ。それじゃあ食べ歩きもできないでしょ」

結局最初に食べたパン以外は口にしていなかったハルカは、ぴたりと足を止めて腕の中にある食べ物に目を落とした。まだどれも温かい。冷める前に食べたい。

「そうですね。折角ですから宿のお二人も誘って食べましょうか」

山ほど買い込んだからと言って全て自分で独り占めしたいわけではない。

美味しいものは分け合ったほうがより美味しくなることに、ハルカはこの世界に来てから気が付いた。

機嫌よく回れ右をするとレジーナが呆れたような顔をしてハルカのことを見ている。その感覚は間違っていないのだろう。しかし、他の仲間たちは思っていた。両手に串焼きを持って食べているレジーナは、ハルカのことを責められないだろうと。

宿へ向かって歩いていると、人ごみの中から頭が突き出した大男の顔が見えた。おそらくハルカたちの知っている人物なのだけれど、顏がぼこぼこに腫れ上がっているせいでその確証が持てない。

近寄って人ごみがはけると、その横にリヴが立っており、足元ではナーイルがうつらうつらしている。

左腕を吊り下げた顔がぼこぼこの男は、空いた方の手にフルーツがたくさん詰め込まれた籠を持っていた。お見舞いスタイルだが、お見舞いされなければいけないのは本人の方だ。

ハルカたちに気が付いたその男、おそらくムバラクは、一歩足を踏み出して手にもった籠を差し出した。

「昨晩は不躾な態度を取ってすまなかった。大したものではないが詫びの品だ。急かしはしないから、この街にいる間に話をできる時間を作ってもらえないか?」

「……ムバラクさん、ですよね?」

「そうだが?」

よく立って歩けるなというような怪我具合だ。国の将校なら治癒魔法師に治してもらえばいいだろうに、そのまま放置されているのはリヴの意向だろうか。

「昨日は悪かったな。ちゃんとぼこぼこにしておいた」

「……あ、いえ、なんというか」

「そんな大怪我の怖い顔でいると営業妨害になるよねー、良くないと思うなーそういうの」

ハルカが言い淀んでいると、コリンがムバラクの顔を見上げて文句を言いながらフルーツの盛り合わせを受け取る。季節のせいかあまり色とりどりではないが、恐らく安いものではなさそうだ。

「よしムバラク、迷惑だから帰れ」

「はい、先生……」

すっかり従順になったムバラクは、とぼとぼと城へ向かって歩いていく。

「……あの……、怪我なおさなくていいんですか?」

「勝手に治したらもう一度同じ目に遭わせる」

「業務とかに支障が出るんじゃ……」

「ギリギリできる程度にしておいた。怪我を理由に業務をさぼったら、やっぱり同じ目に遭わせる。二度と舐めた口は利かせない」

腕を組んだリヴは一切妥協するつもりはなさそうだ。

ナーイルは遠い眼をしてムバラクの去っていった方を眺めながら呟く。

「【人鬼】……、それが先生の二つ名だよ」