軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ほんのりこわい

「そうか……、交渉が上手くいったんだな……」

先ほどの出来事を話し終えると、黙りこくっていたナディムがコップを呷った。流石に中身は水のようだ。すっかり酒気の抜けた表情で、椅子に全身を預けて天井を見上げる。一日の内に知った情報が多すぎたからだろうか、ひどく疲れた表情をしていた。

「本当に大丈夫でしょうか?」

逆に不安そうに問いかけてきたのはシャディヤだ。先ほどまでいなかったリヴのことを気にして、こっそりと警戒しているようだが、ハルカから見てもそれはバレバレの仕草だった。

「破る約束をするような奴じゃない」

リヴが保証をするが、シャディヤからすれば知らない誰かの意見でしかない。視線の彷徨いがそれを訴えている。

「この国に長くいる冒険者のリヴさんです。交渉の場に向かう手伝いをしてもらいました」

ハルカがフォローするつもりで紹介をすると、がたりと椅子が鳴った。シャディヤが動揺し椅子を引き、ナディムもいつの間にか体を緊張させていたのだ。

「……どうしましたか?」

「いえ、そんな、何も」

「俺も評判がいいわけじゃないからな。何かしようってわけじゃないからそう緊張するな。外で待ってるから、話が終わったら一度声をかけてくれ」

リヴはそう言ってそのまま宿の外へ出ていってしまった。

「悪い奴には見えなかったけどな」

「私もきいた話しかないので……。失礼なことをしちゃったかも」

「リヴさんって特級冒険者だもんね。噂ってなになに?」

「あまり人に言うようなことではないので……」

「リヴさんの話は置いておきましょう。私たちは予定通りあと何日かはこの宿で過ごすつもりです。今日は夜も遅いですし、お二人ももう休んではいかがでしょう?」

言葉を濁すあたり、相当よくない噂なのだろうと想像したハルカは話題を変える。

「そう……ですね。明日も早くから仕事をしないといけませんし。……宿、どうしようかなぁ」

「どうしようってなんだよ」

最後にぽつりとつぶやいた独り言を、レジーナが拾った。退屈そうに椅子の前足を上げてギシギシしていたのに、妙に耳がいい。

目つき悪くずっと黙っていたレジーナの急な発言にシャディヤは慌てて首を横に振った。

「あ、こっちの話なんです。皆さんはどうぞ、お気になさらずお休みください。明日の朝はどうしますか? よければ朝食も用意しますけど!」

「お気遣いなく。せっかくカロキアにきましたし、外をぶらついてみます。ゆっくり休んでくださいね」

疲れているだろうに朝の準備までさせてはいけないと、ハルカは誘いに断りを入れる。「飯準備してもらえばいいじゃん」と言っているアルベルトの背中を押して部屋を退出した。

リヴのことを思い出し一度外に顔を出してみる。

すると石階段に座ったリヴの前に、二人の男性が息を整えながら立っていた。うっすらと額に汗しているところを見ると、相当急いでやってきたのだろうことが分かる。

「ナーイルさん、どうしましたか? それから、お久しぶりです、ムバラクさん」

ハルカが顔だけ出して挨拶をすると、ナーイルが咳払いをしてから小さなバッジのようなものを差し出してきた。

「こちらが、帝国内を自由に行き来するための陛下からの証明です。街の出入り以外にも、帝国に所属するものに対しても有効です。これを見せればだれでも頭を下げて通してくれるでしょう」

ハルカの受け取ったキラキラと輝くそのバッジは、ずしりと重く、恐らく貴重な金属と宝石が使われていることが分かる。売り払えばとんでもない値段になりそうだが、ハルカにはその発想は出てこない。

「……それは、急ぎ届けてくださりありがとうございます」

「そしてですね……、お疲れのところ大変申し訳ないのですが、これから少しお時間をいただければと思っているのですが……」

「是非とも頼みたい」

先ほどまで敵対していたというのに、実に面の皮の厚い要求だ。ハルカですらそう思ったし、ナーイルもそれが分かっているのか遠慮がちである。胸を張ってそれに追随したムバラクは、なんというか相変わらず空気が読めなさそうだ。

わざわざ頼み込んでくるということはよほどの理由があることに察しはつくが、今日はハルカも、気持ちが少し疲れている。

「大男が二人して、それも夜半に、女性が泊る宿に押しかけてくるんじゃねぇよ」

「先生、協力してくださってもいいのでは……?」

「陛下の御為だ、先生にも協力いただきたい」

「知るか、それはお前らの事情だろうが、帰れ。俺は今お前らにもソラウにも協力したくない気分なんだよ」

「……そこを何とか」

「くどい」

頼み込んで断られると、ナーイルはため息をついて引き下がった。しかしその場で腕を組んだまま動かないのはムバラクだ。

「先生も帝国の一員であろう。陛下のために手を貸すのは当然のことでは」

「……お前、何か勘違いしていないか? 泣きながら訓練をしていたくせに、随分と偉くなったものだな。図体と一緒に気持ちまで肥大したか?」

「おい、やめておけ」

びりびりと空気が揺れるような緊張が走ったが、ムバラクは地面に根が張ったようにその場から動かない。ナーイルが慌てて忠告するが、聞くつもりはなさそうだ。

「軟弱ものは尻尾を巻いて逃げればいい。俺は陛下のためにできることは全てする。先生、どいていただこう。俺は話がしたいと言っているだけだ、危害を加えるつもりはない」

ゆらりと立ち上がったリヴの姿がぶれたのはその直後だった。

ハルカはその残像を目で追いかけたが、何が起こったのか理解したときには、ムバラクの体がぐらりと揺れて地面に倒れていた。

恐らく蹴りをガードしたであろう左腕が変な方向に曲がっている。剣の柄に伸ばされた右手がそのまま動きを止め、ムバラクは白目を剝いて倒れていた。もしかすると顎も砕けている。

リヴは振り返ってハルカに軽く頭を下げて言う。

「邪魔したな、ゆっくり休んでくれ。俺はこいつに上下関係を叩きこんでくる。ナーイル!」

「はい、先生!」

「ここで俺の代わりに見張りをしておけ。危害を加えそうな奴を通したらこいつと同じ目に遭わせる」

「はい、わかりました!」

ムバラクを引きずって城に向かうリヴを、ナーイルは敬礼したまま見送る。最初の頃の減らず口はどこへやら、完全に忠実なお返事に変わっていた。ハルカもぽかーんとしたままその後姿を眺めていた。

「やっばー……」

「……あいつ、すげぇ強いじゃん」

ハルカの脇から顔を覗かせていたコリンと、背伸びして眺めていたアルベルトが仲良く感想を述べる。

完全に姿が見えなくなったのを確認して、ナーイルは崩れるように先ほどまでリヴが座っていた石階段に腰を下ろした。

「……見張っとくから休んでくれ」

「あ、はい」

ドアをそーっと閉めると、外からまた深いため息と独り言が聞こえてくる。

「馬鹿ムバラク……、先生のこと怒らせるなよ……」