作品タイトル不明
足りない欠片
「話さないのか」
椅子に寄りかかったソラウは、手を組んでハルカに問いかけた。
自分の命が狙われていないことを確信しているかのような態度だ。
「……ユーリを狙うことをやめてください。ユーリはこの国の世話になりたいとも、あなたに成り代わりたいとも思っていません」
「やめよう。お前たちが立ち去ったのち、これ以上追わぬよう直ちに命令を出す。遠方にいるものに届くまで一月ほどかかるであろうから、それまではカロキア以南の観光でもしているといいだろう。他には?」
あまりにもあっさりとした了承に、ハルカは拍子抜けしてしまう。意気込んできただけに、その言葉を軽々に信じることができない。
「そんな……、そんな簡単に約束をするんですか? 破らぬ保証はないでしょう」
「私がお前たちと約束する理由が聞きたいということか?」
「そう……、ですね」
「狙うことが互いの利益にならないからだ。リヴを簡単に退け、ここまで容易にたどり着くような特級冒険者とは敵対したくない。今襲われて私が命を落とせば、帝国は四分五裂し、結局はそこにいる弟が各勢力から狙われることになる」
「では、もし私たちを退けるだけの戦力を手に入れたら約束を破ると?」
「今のところリヴに勝る個としての戦力に心当たりはない。もしそれがいたとしても、奴らは価値観が独特だ。関わっても御しきれん。失敗したときの不利益を考えれば試してみる価値もない」
自分の不利を把握したうえでの媚びない態度。冷静な判断力と、的確な決断。
要求が通った以上、そこから先はもう感情の問題だった。
「……ユーリの命を狙っていましたよね?」
「聞いても気分を害するだけで得るものはないぞ」
「答えてください」
「利用されるのを避けるために刺客を放ったことはある。最初の失敗以降は情報の収集にだけ努めるようにしたが」
「なぜですか」
「行方を見失った。再発見時には、上級冒険者及び、特級冒険者に保護されていると判断したからだ」
どこまでいっても、ソラウからユーリへの感情らしいものは見えてこない。ただ淡々と起こったことと、それへの対応だけが告げられていく。
それがなぜか心にひっかかり、ハルカは眉を顰めて質問を続けた。
「ナーイルさんやムバラクさんは、あなたがユーリを探して保護するつもりだと思っていたようですが」
「私がそうするよう伝えたからな」
「なぜですか」
「あいつらが、そうするべきだというからだ。奴らは軍人だ。政治の面倒ごとまで背負わせるつもりはない」
「では、本当にそれでユーリを連れてきていたらどうするつもりだったんですか?」
「手元で保護できるのなら、それでもいいと考えていた。手間は増えるが、それで奴らが満足するのなら、普通はそういうものなのだろう。……もういいだろう、時間をかけすぎだ。今日中に終わらせたいことがまだ残っている」
途中で何かほんの少し感情らしきものが見えてきたが、まるで機械のような回答だった。本人がどうしたいというものがまるでなく、ただそうするべきだからそうしたという話しかしていない。
血が半分しか繋がってないとはいえ、弟であるユーリにはあちらから一切触れようともしなければ、申し訳なさそうな表情も見せなかった。
ハルカはユーリに問いかける。
「なにか、話したいことはありますか?」
「……少し」
ユーリが真っすぐにソラウを見つめる。
「お母さんは、何か言ってましたか?」
まだ小さいユーリから、しっかりと個人としての意思を持った言葉を投げかけられて、ソラウは首を傾げた。
「……子供の口を借りずとも、まだお前たちから尋ねることがあるのなら答えるが」
ソラウはユーリの意思を信じていないようだった。ハルカたちが背後で糸を引いているとしか思っていない。
当然のこととはいえ、なにも理解されていないことがハルカは少し悲しかった。
「僕が聞いてます。父親が変だったことも、お母さんがどんな気持ちでお城にいたのかも知ってます。お母さんは、自分が犠牲になれば僕のことは見逃してくれるかもしれないって言って、城に残りました」
「…………当時お前はまだ赤子だったはずだ。なぜそんなことを覚えている」
「生まれたときから、ほとんどのことを覚えてます」
「……お前の母は、最期まで先帝と一緒にいた。先帝が取り乱して暴れたときも、それを切り伏せたときも、ただ黙って静かに椅子に座って笑っていた。私にはあの不幸な女がなぜ笑って死んだのか、未だにわからない」
「……わからないからお前は駄目なんだ。俺は現場に居なくても、話を全部聞いただけでわかる。その女は、最後に不幸じゃなかったから笑っていたんだ。それに何かを感じたから、ナーイルもムバラクも、お前の弟のことを探したんだ」
ソラウはリヴの方をじろっと睨んでから、何も答えずにまたユーリに視線を戻した。都合が悪いと黙り込むというのはどうやら本当のことらしい。
「その年で難しい話が理解できるというのなら忠告しておこう。帝位簒奪など望まぬことだ。それを唆す甘い言葉を投げかけてくるものは、大抵本当のことを言っていない」
「僕は冒険者になります」
「そうか。皇帝に所縁があるということも他言するな。利用しようと近づいてくるものが出る。わかったな」
「わかりました」
「物分かりがいいな。お前の母と叔母を殺したのは私だ。こういう時はもっと恨み言を言われるものではないのか?」
「……リヴさんが言ってくれた。お母さんは不幸せじゃなかったって。多分、お母さんもシャナさんも、僕に生きてほしいと思ってくれてた。だから僕は、皆と一緒に楽しく幸せに生きてく」
段々と涙ぐんで、言葉が途切れ途切れになるユーリを、最後にハルカは抱き上げた。身を寄せて静かに泣いているユーリを見て、ハルカはここから立ち去ることを決める。
ソラウの顔を見ると、少し目を伏せて何かを考えているようだった。
「……約束を守ってくださいね。私たちは帰ります」
「余計な揉め事に巻き込まれぬよう、あとで帝国内を自由に歩けるような身分証を出しておく。届くまでは元居た宿に待機しているといいだろう。リヴ、出口まで送ってやれ」
「言われなくてもそのつもりだった。しばらくはお前の顔を見たくない。あと、ハルカ、いい加減この壁を消してくれ、窮屈だ」
そう言われてハルカは、はじめてリヴを閉じ込めたままであることを思い出した。
慌てて障壁を消すと、リヴは首を回して呟く。
「閉じ込められるのは気分がいいものじゃないな」
「すみません」
「別にただの感想だ、気にするな」
ハルカたちがぞろぞろと部屋から出ていく中で、後ろから声が投げかけられた。
全員が背中を向ける中、ハルカに抱き着いていたユーリだけがソラウと目が合う。
ソラウは何かを言いたげに一度口を開いたが、すぐに閉じて俯いた。
扉がゆっくりと閉まる。
ユーリはソラウのことが、結局最後までよくわからなかった。
そして、恨むべき相手であるソラウのことを、いつか少しでも理解できればいいのにと、なぜかそんなことを思っていた。