作品タイトル不明
仲間外れが一人いる
背後から靴音が近づいてきてハルカは振り返る。
ナーイルが異変を察してやってきたのだ。
足音は一つ。兵士たちにナディムを任せて、ナーイルだけが慌てて裏口へ向かってきていた。
そして角を曲がった瞬間、見えない壁に衝突してよろけた。
「なっ……」
鼻血が噴き出るが気にするのはそこではない。慌てて一歩下がろうとしたナーイルは退路を同じように見えない壁に阻まれた。慌てて上下左右を確認したナーイルは、全方向を囲まれていることに気付いて呟く。
「いや、これ、参ったな……」
言葉にこそ余裕はあるが、表情は完全に引きつっていた。ただ一人、首をひねって後ろを向いていたはずのハルカは、既に正面のリヴに視線を戻している。
見ていないうちにとナーイルは剣の柄で殴ってみたが、障壁はびくともしなかった。
「ナーイルさんを捕まえました」
ハルカが静かに告げると、リヴはその場を動かずに警戒をしたまま声を張り上げる。リヴが一瞬気を取られた隙に、その周囲に障壁を張り巡らす。
「……ナーイル! 捕まったのか!?」
「すみません先生! 捕まってます、逃げてください!」
ナーイルの言葉に、リヴは舌打ちをした。チラリと退路を確認してからため息をつくと、無防備に体を傾け、まだ宿の中にいるナーイルの姿を確認する。
「降参だ」
障壁が張られたことに気付いていたのか、リヴはやる気なく靴裏でそれを蹴り飛ばした。そして諦めたように腕を組んで座りこむ。
「助けてくれとか報告しろとか言えば、逃げてやろうと思ってたのに。一丁前に俺のこと気づかいやがって」
ぶつくさと文句を言っているが、抵抗する気はなさそうだ。
「ナーイルさん、ちょっとお話があります」
「ああ、うん、俺もちょっとお話があっただけなんだけど、今は来なければよかったと思ってるよ」
「ハルカ、俺たち戻って兵士たち捕まえてくるからな」
「お願いします。私はここで待機してますので」
アルベルトが戻っていくのに、モンタナとコリンも続く。あちらは状況が分かっていない。奇襲すれば問題なく拘束することができるはずだ。
三人がいなくなったのを見送って、ハルカは障壁の檻を横並びにして目の前に並べた。二人に直接的な恨みはないが、今邪魔をされては困る。対処法を考えていると、リヴがナーイルに話しかける。
「これはどういうことだ、ナーイル」
「俺が知りたいです。ハルカさん、何でこんなことに?」
「……何しに来たんですか、あなたたち」
「軍への勧誘に来ただけなんだけど、先生が何か失礼しました?」
「ふざけたこと言うな」
あまり冗談が通じるタイプじゃないのか、リヴは半目でナーイルのことを睨んだ。
「だってそうじゃなきゃ戦闘になんかならないでしょ」
「知るか。こいつらが最初から殺気立ってた。俺はただ、お前から用事があると伝えただけだ」
「伝え方が悪かったとか」
「どうしても俺を悪者にしたいらしいな。見捨てて逃げればよかった」
「俺は逃げてくださいと言いました」
「……俺、お前のこと結構嫌いだからな。かわいげがない」
「俺は結構好きですよ、散々かわいがってもらいましたし」
この場合のかわいがったは、痛めつけられたという意味だ。よくまわる口にリヴは会話することを放棄した。
宿の中からドタバタと音がする。
実力を考えれば、兵士たちは既に拘束されているころだとリヴは推測していた。
会話を続けながらハルカの様子を探っていたわけだが、当の本人が難しい顔をして何も言わないので、何一つとして情報は得られていない。
リヴが得た情報は、ハルカがただの治癒魔法使いではないこと、その一点だけだ。
一方でハルカもまた、得た情報をまとめていた。
まず二人の言うことを信じるのならば、ナーイルはなにも察していない。リヴはナーイルが話をするために裏口で待機していただけ。そんな偶然は中々あり得ないだろう。
結局モンタナが戻ってこないことには事の真偽が分からないとあきらめたハルカは、リヴの方を向いて口を開く。
「私は特級冒険者のハルカ=ヤマギシです。あなたは?」
「特級冒険者、パラス=リヴ=ドラム。親交を深めたいのなら、この檻を何とかしてもらいたいけどな」
わかる情報だけでもまとめておこうという魂胆だ。
「先生と呼ばれていますね、なぜです?」
「国にいる間、帝国の格闘指導をしているからだ」
「ナーイルさんと一緒にここへ来た理由は?」
「一緒に行けと言われたからな」
「誰に」
「皇帝に」
はからずとも今城の中に皇帝がいることがハッキリした。ナディムの話によればいるはず、とのことだったが、関係者がそう言っているのだから間違いないだろう。
そんなことを考えていると、アルベルトたちが廊下の奥から戻ってくる。
ずるずると気を失った兵士たちが引きずられている。
「片付いたぜ」
「ありがとうございます」
どこかしら怪我をしているようなので、ハルカは礼を言いながらそれぞれに治癒の魔法をかけておく。怪我が治ったからと言ってすぐさま意識を取り戻すわけではない。縛っておけば問題ないはずだ。
「さて、繰り返すようですが、いくつか質問があります。ナーイルさんは、何をしにこちらへ?」
「勧誘だね。優秀な治癒魔法使いが欲しかった」
「裏口に特級冒険者を配備した理由は?」
「陛下に先生を連れて行けと言われて、妙な予感がしたから」
「兵士を連れてきた理由は?」
「俺の立場を伝えるため。戦うためだったら動きにくい正装なんてしてこない。君たちを歓迎する意思を見せようとした」
モンタナに様子を確認しながら尋ねるが、ナーイルは嘘をついていない。ナーイルにしてみれば、命がけの回答だ。何か問題があるわけでもないのに、嘘を交えて答える理由なんてない。
だとすればこれ以上の増援が来ることも、城で待ち構えられていることもないだろう。
「ついでに必要なことも聞いておくです」
ナーイルのことをじっと監視していたモンタナが前に出る。
「城の警備状況と、皇帝の居場所、知りたいです」
「……言えない。何を企んでいるか知らないけど、それは死んでも言わない」
これからの行動をばらすような質問にハルカは驚く。
モンタナを止めようと思ったが、少し考えてそれをやめた。どちらにしろ、これから乗り込んで皇帝と直談判するのだ。明日の朝までにけりをつけておけば、誰が何を知っていようと関係がない。
「死んでもです?」
「死んでもだ」
「全員死んでもですか?」
「……先生、すみません」
リヴの命まで即座に諦め、ナーイルは意志が固いことを示す。
すると黙っていたリヴが「おい」とモンタナに話しかけた。
「そいつじゃなくて、俺に聞け。事の次第によっては俺が全部教えてやるぞ」
「せ、先生!?」
「うるさい。勝手に俺の命を諦めるな。訳あって帝国に手は貸しているが、無条件に忠誠を誓っているわけじゃない」
ナーイルに向けて鼻を鳴らしたリヴは、それからハルカたちの方をまっすぐ見つめた。
「ただし事情によるからな。訳の分からないことに巻き込みやがって。俺の生死は俺が決める」