作品タイトル不明
表と裏と裏の裏
「へぇ……、特級冒険者。現場は大丈夫だった?」
「はっ。騒動になるような気配はなく! 目立つ一行でしたので、見失うことはないと判断し、追跡もいたしませんでした」
「いい判断だね。特級冒険者なんて怒らせても碌なことがないから。……ん? ちょっと、この書類預かるよ。用事ができたから俺はこれで、引き続き監視はなし。騒動になりそうだったら近くの兵を動員して、街の人を避難させて」
「承知いたしました!」
ナーイルは書類を眺めてドットハルト公国の武闘祭を思い出す。
敗退した後に腕の治療をしてくれた冒険者の名前がそこにあった。あの頃から優秀な治癒魔法使いではあったが、まさか特級になるとは思ってもみなかった。
連れ合いの中には、自分と同じように武闘祭に出ていた冒険者の名前を二つ見つけることができた。どちらもあまり穏やかな性格ではなさそうだったが、冒険者なんてみんなそんなものだろう。
一度軍への誘いを断られてしまったが、折角ならば改めて声をかけておきたい。
上級の冒険者は荒っぽくて話の通じないものが多いのだが、このハルカという特級冒険者は、ナーイルの知る限り非常に穏やかな人物だった。
ダメで元々、折角帝国のお膝元に来ているのなら、無視する手はない。
服装を整え、幾人かの馴染みの兵士に声をかけ、念のため仕えている主の下へ向かう。日が暮れ始めた今の時間なら、城の中でも限られたものしか入れない中庭にナーイルの主はいる。
プライベートな会話ができる場所であるのは良いが、そこにたどり着くまでに扉をいくつか通り抜けなければならないのだけが面倒だった。
中へ入ると二人の人物が動き回っているのが見える。
ナーイルの仕えるべき主と、城へ出入りするのにはラフすぎる服装をした冒険者だ。
主の剣による攻撃は全て躱される。そして次の行動に移ろうと剣を振り上げたところで、ゆるりと動いているはずの冒険者の足の先が、ビタッと水月に突き付けられた。
「客が来ているぞ」
「知っている」
汗を流した皇帝ソラウは、それでも涼しい表情で剣を収めて振り返った。普段であれば口上を述べて頭を深く下げるところを、ナーイルは書類を差し出して軽く挨拶するだけで済ませた。
無駄を嫌う主へのプライベートの挨拶は、これくらいでちょうどよい。
「特級冒険者ハルカ=ヤマギシとその一行が街に入りました。顔見知りですので挨拶と勧誘へ赴こうかと。念のためご報告に」
「………………そうか」
ナーイルら側近が考えあって奏上したことに、皇帝ソラウはあまり口を挟まない。いつも通り即座に好きにしろと言われるかと思えば、思いのほか長い沈黙が挟まれた。
「リヴを連れていけ」
「承知しました」
ナーイルはそれなりに腕が立つ。
顔見知りであるから、問題は発生しないはずだと伝えたつもりだったが、 特級冒険者(リヴ) を連れていくことを命令された。
何かがおかしいと察したが、自分で進言して時間を割かせた以上、ここでやめますとは言い出しづらい。相手が特級冒険者だから警戒しているのかと、前向きに捉えながらもナーイルは違和感をぬぐい切れなかった。
そうであっても、主から与えられた指示に対する返事は是が基本である。意図が理解できないのは、理解できない自分が悪い。
「……厄介ごとか?」
「念のためだ」
「同じ特級冒険者なら、何か知ってるのでは?」
「知らない」
気安い言葉を交わして、皇帝ソラウはそのまま中庭から去っていく。
顔をしかめたリヴは、ナーイルの方をじろりと見た。
「大丈夫なのか、そいつら」
「少なくとも二年前はかなり穏やかな人物でしたよ」
「立場が変われば人は変わるぞ?」
「当時も俺は帝国の将校だと伝えていましたし、一度国への勧誘もしています。治癒魔法使いで、俺の腕の怪我も治してもらいました。……大丈夫でしょう、多分」
「引くに引けなくなってるだけじゃないのか?」
「まさか、先生のことを信用してるんです」
「リヴでいいと昔から言ってるだろ」
嫌な予感はあるが、ナーイルはこのリヴという特級冒険者の実力を信頼していた。どんな理由か知らないが、三代前から帝国に手を貸している妙に義理堅い冒険者だ。先代今代の皇帝のみならず、ナーイルたちも幼いころに鍛錬として散々しばきまわされた。
ナーイルは正直なところ、今もちょっと怖いと思っている。
政治的な話や戦争には一切かかわらないが、皇帝の個人的な頼みは断らない、本当に変わった人物だ。
幾人かの兵を連れて夜の街に聞き込みをして一時間。
鍛冶屋のドワーフから、泊まっている宿を聞き出してナーイルたちはそこへ向かった。
「先生、裏口へまわってもらっても?」
「話し合いをするのにか? 逃げられるのなら、勧誘なんてできないだろう。絶対に何かあるな? 俺の目を見て隠し事がないと言えるか?」
「何かあったら嫌だと思ってます。勘なので確証は何もありません」
ナーイルがしっかりと視線を合わせて答えると、リヴは舌打ちをした。そっぽを向いているが、嫌だと言っていないのでいやいやながら了承という状態だ。
宿の近くまで来るとリヴは無言でナーイルから離れていく。
「お願いします、先生。ちゃんと話ができる人のはずなので」
リヴは半目でナーイルを睨んで、そのまま路地へと入っていく。まるで信用されていないのにそれ以上文句を言わない当たり、真面目な性格が見て取れた。
ナーイルは宿の正面に立って扉を叩くことを一度ためらう。
「それにしてもこの宿か」
このカロキアの都がナーイルの主の物となった頃、一度ここには訪れたことがあった。
先代皇帝の皇妃の生家。
皇帝と共に、ナーイルたちが命を奪っている。
行方不明となっている、現皇帝の腹違いの弟の捜索協力を頼みに来た時の、主人の怒りの顔を、ナーイルはまだ覚えていた。
「はぁ、気が進まない。嫌な符合だ、本当に嫌な感じだよ」
ナーイルは重い手を持ち上げて、ため息をつきながら扉を叩くのであった。