軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

話し合いの余地

ナディムがユーリとの交流を深めているのを、ハルカは穏やかな表情で見守っていた。しかし、モンタナが口を開いたことで現実に引き戻される。

「早めに動かないとまずいかもです」

言葉の意図をしばし考え、ハルカは答える。

「……ここが、見張られてるかもしれないってことですか?」

「です。特級冒険者が、子供を連れて、監視対象の家にいるです」

「あー……、何度か疑われてるし、報告が入っててもおかしくないよね」

ではどう動くべきか。

正規の方法ではじかれる可能性が強いのならば、夜闇に紛れて入り込むという手もある。はじめから喧嘩腰過ぎるかもしれないとも考えていたが、確実にたどり着くためには手段をどうこう言っている場合じゃないかもしれない。

「ナディムさんが落ち着いたら、知っていることを教えてもらいましょう。まだ外も明るいですから、最速で動くにしても日が暮れてからじゃないでしょうか」

「そうかもねー、今はユーリの親類がいたことを喜ぶべきかなー」

それからまた少しの間、ハルカたちはナディムとシャディヤ、それにユーリの様子を見守った。アルベルトは食事を終えると、既に夜に備えて、剣の柄や靴の調子なんかを確認していた。

ずぼらに見られがちなアルベルトだが、戦いなどに関わる部分については常に入念にチェックを入れている。冒険者にとっての生命線であることをよく理解しているのだった。

そういえばずっと静かにしているレジーナはどうなのだろうと、ふとハルカはそちらに目を向ける。するとレジーナは変わらぬしかめ面で、じっとナディムたちを睨むように見つめていた。

レジーナであれば、警戒しているのならもう少し距離を詰めているから、何かを考えているだけなのだろうということはハルカにもわかった。

やがて戻ってきたユーリを膝の上に乗せて、ハルカはナディムに街や城のことを尋ねる。

膝の上に乗せたのは、当然ナディムに仲の良さを見せつけようとしたわけではない。単純にユーリにせがまれたのでそうしただけだ。それでも少し羨ましそうな視線を向けられているのは、仕方のないことだろう。

「私たちは今夜のうちに行動を起こすかもしれません。明日の朝いなくても心配しないでください」

「……本当に大丈夫なのか? 護衛だっているだろうに」

「あちらから準備万端で襲われるよりは、今こちらから出向いたほうがまともな話し合いができるはずです。問題なく事が終われば、もう一度ここに立ち寄りますよ」

「わかった……。気を付けてくれ」

ナディムは頷いて口を結んだ。

シャディヤはまだ亡くなった姉のことを思っているのか、最初の頃とは打って変わって物静かになってしまっている。

明るい笑顔が似合う子だったので、それが見られないのはハルカとしてはかなり気になるところだった。

やはり知らぬままでここで待ち続けたほうが幸せだったのか、そんな考えも脳裏によぎったが、今更取返しもつかない。

ハルカたちは二つ部屋を取ったのに、分かれることもせずに一つの部屋でもう少し暗くなるまで待機することにするのだった。

宿の支払いは終えているし、念のため宿帳からハルカたちの名前は消してもらった。手遅れかもしれないが、ここに迷惑をかけることはしたくなかった。

すっかり外が暗くなり、あちらこちらに帰りそびれた酔っ払いがふらついている時間になった。

準備を始めようとした時、窓から外を見張っていたモンタナがぱた、と尻尾を動かした。

「……ナーイルさんいるです」

随分と前、武闘祭で出会った帝国の将校だ。

色男で、剣の実力は相応に高い。

ハルカがノクトと出会って、治癒魔法を習っていたころに言葉を交わしたことがあった。

黒髪黒目の赤ん坊を探していると尋ねられて、咄嗟に誤魔化した相手だ。国として探しているとは言わずに、知人の子供がさらわれて、と切り出され警戒したことを鮮明に覚えていた。

夜になり戸締りをした後だったためか、ナーイルが入り口をノックしている姿が見える。後ろには数人の兵士を連れているのが見えた。

「裏口から出ようぜ」

早々と準備を終えたアルベルトが立ち上がる。

事情を知っているナディムなら時間を稼いでくれるかもしれない。

もしかすると巡回や何かである可能性もわずかにあったが、そんな希望的観測をするべきではないだろう。

既にある程度準備を終えていたハルカたちは、手早く荷をまとめて、静かに扉を開けて階段を下りる。裏口は正面からは見えない。扉の前まで先行して、モンタナは耳をピクリと動かした。

「……外に、一人いるですね」

「正面から行くよりましだろ」

そう言ってずんずんと前に出ていったレジーナが扉に手をかける。モンタナも一瞬ためらってすぐ横に並んだ。

「気を付けるですよ」

「わかってる」

扉を押し開けていつでも動けるよう身構えた先頭の二人だったが、外にいる人物が襲い掛かってくることはなかった。

長いマントで全身を隠したその少女は、額に妙な 鉢金(はちがね) をつけていた。三本の赤い、角と言うべきか、棘と言うべきか、そのようなものが生えた鉢金は、頭突きの時に威力を発揮しそうだ。

深い緑色の髪が長くのばされ、風でわずかにたなびいている。

「こんな夜に散歩か?」

見た目から想像するよりも低く落ち着いた声だった。

裏口から続く道は決して細くはないはずなのに、少女の横を無防備で通り抜けようとは思えなかった。

少女はそんな独特な空気を持っていた。

「急いでる、どけ」

全員が武器を持つ冒険者相手に、日常会話を繰り広げようとするのが、もはやまともではない。

「お前たち、今日街に入った冒険者だろう? ナーイルの坊ちゃんが、お前らに話があるらしい。悪いことは言わないから表へ戻れ。俺は益にもならない争い事は嫌いなんだ」

レジーナはそれ以上言葉を持たなかった。

武器を構えて走ったところで、少女がため息をつく。

「話が違う」

そうしてマントを脱ぎ捨てて、前へ放り投げる。広がったマントはレジーナと、そのすぐ横を走っていたモンタナの視界を綺麗にふさいだ。

振りぬかれた金棒は上半身、短剣は足首をそぐ軌道で振りぬかれた。だというのに、それはただ、目の前のマントを切り裂くだけで終わった。

二人からは見えていなかったが、少女はギリギリのところで後ろへ飛びのいていたのだ。

ハルカは視界に入れたその少女の頭に水球をつくるが、その瞬間に目が合った。

少女は即座にその場から更に飛びのく。コリンの放った矢が、逃走経路へ飛び、それを大きく避けたところにアルベルトが大剣を振り下ろす。

さらに避けようとしたところを、障壁を使い退路を塞ぐ。

壁にぶつかった少女は目を見開いたが、刹那の思考の後前方へ飛び出した。逆立ちをするような体勢になった少女の靴の裏が、アルベルトの大剣を受け止める。

そしてそのまま身体をばねのように縮めた少女は、アルベルトが力を込めているその大剣を、大きくかちあげることに成功した。

その時にはすでに距離を詰めていたモンタナとレジーナに、少女は体をねじりながら後ろに飛んで、声を上げた。

「とまれ! これ以上やるなら俺は逃げる。君たちが話のできる奴らだと聞いて一人でこちらへ来たんだ。特級冒険者の相手なんか、いくら俺でも易々と請け負うもんか」

長い黒のレザーパンツと、同じ素材で作られた胸元までだけのベストを羽織った少女は忌々しげに表情をゆがめて呟く。

「ナーイルめ。何が大人しくて優しいから、だ。話もせずに襲い掛かってきたじゃないか」