軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家族

先に立ち直ったのはナディムだった。袖で目元と鼻を乱暴に拭って、拳を再びテーブルに乗せる。

「しかし、そこまでわかっているのなら、なぜこの国に来たんだ」

「……帝国の間者は【独立商業都市プレイヌ】にもやってきていました。おそらく、ユーリのことをそろそろ察していたはずです」

ハルカはユーリのことを優しく撫でてから事情の説明を続ける。

「このまま手をこまねいていては、ユーリのこれからの人生は、常に何かに怯えて過ごすことになります」

「皇帝と直談判でもするつもりか?」

何を考えているのか理解できず、ナディムは半ば冗談のように尋ねた。

ハルカはそれに躊躇いなく頷く。

「はい、そうです」

「馬鹿言うな!」

ナディムは思い切りテーブルを拳で叩いた。空になった皿が跳ねて、騒々しく音を立てる。

「そんな、そんなことをするくらいならば、俺が今すぐその子と一緒にこの国から出る!」

「うるせぇ! おっさんこそバカ言ってんじゃねぇ!」

立ち上がって本気でそう言い放ったナディムにアルベルトが吠えた。

「おっさんが一緒にいて、ユーリのこと守れるのかよ。できもしないこと言うんじゃねぇぞ」

「なんだと!」

「ちょっとアル」

コリンが止めようと声をかけるが、アルベルトは止まらなかった。

「俺たちにとってもユーリは家族なんだよ! わけもわかんねぇで勝手に付け狙われて、黙って見てられるわけねぇだろうが!」

「……そうか。……それでも、君たちみたいな若い子が、無茶をして命を落とす理由にはならないだろ。生きていなきゃ……、生きてなきゃ未来もないんだぞ……」

腰を下ろして一度落ち着いたナディムだったが、絞り出すように出てきた言葉は重かった。娘を二人守れなかった父親の、搾り出した本音だった。

「……勝算なくきてるわけじゃないです」

「なんだって?」

「ナディムさん、僕たちが勝てない前提で話してるです。僕たちは、乗り込めば勝てると思ってきてるですよ」

「……なぜそんなに自信があるんだ」

よく聞いてくれましたとばかりに、コリンが体を乗り出し会話を拾う。

「これでも私たち、 宿(クラン) 持ちの冒険者なんです。私たちは全員一級冒険者ですし、そこの……まだ鼻啜ってるハルカは、特級冒険者です。えっと、信じられないかもしれないけど」

いちいちアルベルトやナディムの言葉に心揺らされているハルカは、また鼻を啜ったり指で擦ったりしている。一度心が揺れるとなかなか平常値に戻らないらしい。

説得力のない光景だったが、嘘ではない。

ナディムも冷たそうな見た目の割に、よくよく感情の動くハルカに対して次の言葉を吐けずにいた。

その間にハルカが口を開く。

「……実のところ私たちが勝手にユーリの命が狙われていると考えているだけで、実際にどうだという部分ははっきりしていないんです」

「確かに俺のところにも、ユーリのことを探しているから、何か情報があればという話だった。だが、だとしたら、サーヤが、シャナが殺されるのはおかしな話だろう……」

「えぇ、ですから、命を狙われている可能性は高いと思っています。そしてその理由は、継承者争いを起こさないためだと考えます。ならば、ユーリを狙うことをやめさせることは可能です」

話を続けるうちにようやく気持ちが落ち着いてきたハルカは、咳払いをして続ける。

「何らかの方法でユーリが継承権を正式に放棄する。あるいは、ユーリを狙うことで、継承者争い以上の問題が発生するような状況を作る。そんな風に交渉をしてくるつもりです」

「話を聞いてもらえるとは思えん」

「聞いてもらいます」

「どうやって?」

「あまり気は進みませんが、城全体とか……、あるいは皇帝自身を人質に取ります」

「……は?」

割と穏やかに話していたハルカが、突然荒唐無稽なことを言い出したせいで、ナディムは思考を停止して聞き返すことしかできなかった。

あまりに訳がわからなかったせいで、ずっと静かに泣いていたシャディヤまでが泣き止んで顔を上げる。

「本気で魔法を使えば、おそらくわずかな時間で城を更地にできます。当然私が守らない限り、皇帝の命もないでしょう」

何を馬鹿なことを言っているんだというのが、ナディムの感想だった。仮にも娘であるシャナが冒険者であったから、多少なりとも冒険者の事情は知っている。一部のそれが、本当に人とは一線を画した存在であることも、朧げながら理解していた。

ただ先ほどまで鼻を啜っていた女性が、それであると信じることが難しい。

「気は進みませんが、ユーリの命を狙っているんですから、あちらにもそれ相応のリスクを負ってもらわないと」

ナディムはハルカの顔をじっと見て首を振った。

ハルカの表情が、冗談を言っている人間の顔に見えなかった。本当は誰かに何とかしてもらいたいという気持ちが昂じて、自分がおかしくなったのかと、ナディムはガシガシと頭を掻いてからもう一度ハルカを見る。

それから全員の顔を一度見た。

「……君たちは、ユーリの家族なのか」

ハルカたちは黙って頷く。

ナディムは額に手を当てて、目元を覆った。

「そうか……。なら、ユーリを守ってやってくれ。家族なら、守ってやってくれ。俺は、うまくやれる気がしないんだ……」

「……はい、そのために来ました」

ユーリがそっと立ち上がり、ハルカを見上げる。

ハルカがその背中をそっと押してやると、ユーリは頭を抱えてテーブルに俯くナディムの下まで歩いていった。

そして肘に手で触れる。

ナディムは一度上を向いてから、ユーリを見下ろし、大きな手を頭に乗せた。

壊れ物を触るようにそっとユーリの頭を撫でて呟く。

「本当に、よく似てるなぁ……」

それだけ言うと、ナディムは嗚咽を漏らしながらまた泣き始めた。

娘に背中を撫でられ、孫の頭に手を置いて、きっとナディムは今、そこまで不幸ではなかった。