軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

慟哭

「私に姉が二人いる話は、先ほどした通りです。行方が分からないのは、下の姉のシャナの方です。……上の姉はもう亡くなっています」

ハルカはユーリのことを横目で窺いながら黙って話を聞いていた。ユーリは、真剣な面持ちで、じっとシャディヤを見つめている。

「……シャディヤ、私が話す」

「お父さん、私別に」

「いいから、お前は向こうに行ってなさい」

「私も一緒にいる。お父さん、酔っぱらってるし」

「……好きにしたらいい」

ナディムは再び酒を呷ったが、その表情が明るくなることはなかった。

「現皇帝陛下に代替わりする際に、上の娘、サーヤは一緒に殺された。混乱の内にその子であるユーリ、それからサーヤについて行った次女のシャナの行方が知れなくなった。国は今もその行方を捜しているそうだ。何か手掛かりがあれば報告するよう、私たちも申し付けられている」

ハルカたちはほんの少し緊張したが、続くナディムの言葉に体を固める。

「ふざけやがって……! 家ごと消されるか、素直に皇妃となるか選択を迫られて、サーヤは笑ってこの家から出ていった。俺は、俺は……何もできなかった。シャナがついていってくれて、せめて幸せに暮らしてくれと、無責任に願うことしかできなかった」

テーブルの上にあげた両こぶしを、ナディムは震えるほどに握りしめる。

その顔に酔いは残っていなかった。悔恨の念が浮かび、何もできなかった自分の無力に怒っていた。

「子が、生まれたんだそうだ。一度も会ったことがないが、俺の、孫だ。内心複雑だったさ。でも、一度だけ戻ってきたシャナが、かわいくてしょうがないと言っていた。サーヤもかわいがっていると。黒髪に黒目で、サーヤによく似ている。泣きもしないとても賢い子だと」

涙のたまったその両目は、じっとユーリのことを見つめている。

「ひどい目に遭いながらも、幸せに生きようとしてくれているんだと、多少救われた。きっとシャナの奴は、役立たずの父親なんかのことを気にして、わざわざ伝えに来てくれたんだろうな」

シャディヤが顔を曇らせながら、そっとナディムの背中に手を当てる。

ハルカは何も言わない。息を殺して、全員が黙って話を聞いていた。

「あいつらは俺を馬鹿にしてやがる。俺が、むざむざと情報提供すると思ってやがる。行方不明の兄弟を探すだ? 嘘つきやがれ、サーヤを殺した奴らだぞ。シャナのこともユーリのことも、邪魔になる前に殺そうとしてるに決まってる!」

「お父さん……!」

シャディヤがたしなめるように声を発したが、ナディムの言葉は止まらなかった。涙がぼろぼろと流れるのを拭うことすらもしない。

「その子は、ユーリなんだろう? なんでこの国に連れてきたんだ……! 頼むから、早く出ていってくれ……!」

「お父さん! 酔っぱらってるんです、ごめんなさい。よく見てよ、年が違うでしょ。それに髪の色だって……」

「お前こそよく見てみろ。他人が、他人がこんなにサーヤに似てるわけ、ねぇじゃねぇか……、くそ、くそっ! なぁ……、シャナは、シャナはどうしてるんだ」

「お父さん、そんなわけ……ないじゃない……。ええっと、ごめんなさい、その、はっきり言ってやってください」

ナディムがあまりはっきりと言うものだから、シャディヤの心も揺らいでしまっているようだった。まさかと思う気持ちが、彼女の言葉を躊躇わせる。

ハルカたちは、顔を見合わせ、最後にユーリを見た。

ユーリはただじっと、ナディムとシャディヤをみて、ぎゅっと口を結んでいる。母であるサーヤのこと、それからシャナのことを思い、気持ちがあふれ出して言葉を紡げずにいた。

ハルカは一度目を閉じ、ユーリを見つけたときのことを思い出す。

村人全員が命を落とした襲撃の中、ただ一人だけ生き残った赤ん坊。

コーディは、シャナのことを詳細に語らなかった。今思えばきっと、あまり良い死にざまではなかったであろうことは想像に易かった。

「シャナさんは……ユーリを守って亡くなりました」

「……そうか」

拳の握りを解いて椅子に背中を預けたナディムは、そう言って天井を仰いだ。

しかし、逆に興奮した様子で立ち上がったのはシャディヤだった。

「そ、そうかじゃないでしょ! ハルカさんも、悪い冗談はやめてください! お姉ちゃんはそのうちひょっこり帰ってくるもん。ちょっと、お父さん! だ、だから、だから、ここで宿を続けるって、そういう話だったじゃない!」

「シャディヤ、座りなさい」

「やだ!」

「いいから、座りなさい!」

腕を引かれて、無理やり椅子に座らされたシャディヤは、表情を歪めるとぽろぽろと涙を流し始める。

ハルカは心を締め付けられながらも、努めて淡々と報告を続ける。

「ユーリの髪は、染めてあります。帝国がユーリを探していることには気づいていましたので。私が出会った時、ユーリは生後半年ほどの赤ん坊でした。小さな村で、村人が全員殺されている中、ユーリだけがたくさんの衣服に包まれ、隠されていました。きっと、シャナさんは賭けに出たのだと思います。自分を囮にして、ユーリだけを助けるための賭けに」

段々と言葉が詰まるのをハルカは感じていた。

喉に何かがこみあげてくるようなものがあった。

「それから、色々ありましたが、随分と長いこと、私たちはユーリと共に旅を……」

頬に温かいものが伝って、ハルカは袖でそれを拭った。

よくわからず、ただ悲しいという気持ちがあって、話しているうちに勝手に涙がこぼれてしまっていた。

「なんで、アンタが泣いてるんだ……」

額を押さえながら歯を食いしばり、絞り出すようにナディムが尋ねる。

「わかりません、わかりませんが、ただ、とても、とても悲しく……。すみません」

隣から小さな手が伸びて、ハルカの肩を叩く。

ユーリが心配そうに見上げているのに気付き、ハルカは情けない気持ちになりながら鼻をすすった。