軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

偶然の一致

「もう、お父さん、いい加減にして。……えーっと、ごめんなさい、お客さんですよね」

座り込んで泣いている男の背中をさすりながら、女性が申し訳なさそうに顔を上げた。

「ええ、部屋は空いてますか?」

「はい、もちろん。……ちょっと! お父さんこんなとこで寝ないで!」

静かになったかと思ったら、座ったまま眠り始めたようだ。規則正しい寝息が聞こえてくる。

女性が引きずってカウンターの奥へ連れて行こうとするが、体格差もあって運べない。

「手伝いますよ」

ハルカはそう申し出て、男をひょいと背負いあげた。背が高いので足は少し引きずるようだが、運ぶのには問題ない。

「すみません、じゃああの中に」

先導する女性についていき、カウンターの裏にある部屋のソファに男を寝かせる。

「ありがとうございます。ええっと、手続きしないとですよね」

パタパタと慌ただしく歩き回る女性は、よくよく見ると、まだ幼さが残る顔立ちをしている。十五くらいで働くのはこの世界では珍しくないが、父親がこの体たらくでは、きっと苦労してることだろうと、ハルカは同情していた。

彼女の慣れた対応を見る限り、先ほどのような光景はよくあることなのだろうと思う。武器屋のドワーフが言っていた、たまに現れる酔っ払いというのはあの父親に違いない。

三日間の宿泊手続きをして鍵を預かる。食事は簡単なものなら出せるそうだが、基本的には外で食べてくるようになっているらしい。値段は確かにかなりお手頃だった。

何かイベントごとがあるわけでもないのに、客の出入りが多いことから、なかなか繁盛していることが窺えた。

鍵を仲間に渡して、ハルカが男性を担ぐために床に下ろしていた荷物を拾っていると、女性から声をかけられる。

「ハルカさんっていうんですね。皆さん冒険者ですか?」

「……はい、わかりますか?」

「ええ、細いのに力がありますし。それに、お姉ちゃんも冒険者をしていたんです」

「そうなんですか。同業者ならどこかで会うかもしれませんね」

「あー……、どうでしょう? でももし見かけたら、妹が待ってるって伝えてください。顔は私に似てるんですけど、もうちょっと目が吊り上がってます」

こんな顔で、と女性は目尻を持ち上げて笑ってみせた。物言いからしばらく帰っていないのであろうことを悟ったハルカは、少し考えてから答える。

「では、見かけた時に伝えられるようにお名前を伺っておいても?」

「あ、そうですよね。私、シャディヤ=サレハっていいます。お姉ちゃんはシャナ。……それからあっちで酔い潰れてるお父さんがナディムです、一応」

表情をコロコロと変えながら、シャディヤは最後に苦笑してみせた。困った父親だと思っていても、嫌いなわけではないらしい。

彼女の姉の名前を聞いて、ハルカの心臓が跳ねる。そんな馬鹿なと思いながらも、ハルカは動揺を見せないように気をつけながら会話を続けた。

「シャディヤさんはまだ若いのに、お一人で宿をまわしているんですか?」

「あ、お父さんもシャキッとしてる時は手伝ってくれますよ。それに、仕事は楽しいですし」

いい子だ、とハルカは内心感動すらしていた。

普通の子だ。身分が高いようには見えないし、ここで働く姿も板についている。

しかし、冒険者だった、という発言も気にかかる。

ハルカが黙り込んで考えているうちに、名簿に目を落としてたシャディヤが、ある一点で動きを止めた。

「どうしました?」

「あ、いえ、あの男の子、ユーリ君っていうんですか?」

「ええ、そうですね。何か気になることでも?」

ユーリはこの国の出身だ。同じ名前の子がいてもおかしくはない。

おかしくないとしても、ユーリのことを知っていて、姉の名前がシャナ、なんて偶然があり得るのか。

シャナは、ユーリのことを連れて逃げていた、ユーリの叔母の名前だ。

「いえ……上の姉の子がそんな名前だったと聞いてたので! ほんとに偶然ですね!」

「……そうでしたか」

ハルカは今すぐにでも言いたいことが山ほどあったが、それを全て飲み込んだ。

シャディヤは明るく笑いながら偶然と言っているが、それで済ませていい話ではない。

あの父親が酒浸りで娘に異様に執着していた理由。彼女がここで姉を待っていること。姉の子の名がユーリであること。

偶然のわけがない。

「えーっと、では、私は部屋へいきますので。あ、またさっきの男性が来るようだったら、手を貸しますから、必ず声をかけてください」

「いえ、そんな! あの人たちもそんなに悪い人たちじゃないんですけど、ちょっと強引で……、ははは。いつもは話せばわかってくれるんですけどね」

「いえ、遠慮せずにぜひ声をかけてください、本当に」

真面目に申し出るハルカに、シャディヤは目を丸くしてから笑った。

「あはは、結構押しが強いんですね。それじゃあ、困った時はお願いします」

「はい、そうしてください」

押し付けがましかったかと思いつつ、ハルカはカフスを指先でいじりながら部屋へ向かう。考えが正しいのならば、シャディヤの困りごとを見過ごすわけにはいかない。

たとえそうでないとしても、あんなに良さそうな子が困っている姿を見過ごそうとは思えないけれど。

とにかくハルカは、今得た情報を仲間たちと共有して、どうするべきか話し合いたかった。自分だけで抱えて判断するには重すぎる。

ハルカが部屋へ向かう足は、自然と早くなっていた。