作品タイトル不明
まどろみ
海上で一泊して翌日朝早く、ナギはゆるゆるとまた進みだした。
ハルカの示した方向へそれからさらに半日以上。ようやく陸地が見え始めたことに、皆ほっとしていた。
本来ならば偵察をしながら乗り込みたいところだが、どちらにせよ陸地に近づけばナギの大きな体は目立つ。さっさと着陸しやすそうな土地を定めて、そこへ降りてしまうことにした。
この辺りの海もまた、魔物らしき生物がうようよしている。浜辺には近づかないのが正解だろう。逆に言えば、フォルカーが言っていた通り、この沿岸には人が拠点を築いていないということになる。
適当な開けたところへナギが降りると、ハルカたちも一先ず地面に足をつける。初の南方大陸ということになるが、気候が激しく変動したわけでも、地面の色が変わったわけでもない。
人の文化を見ない以上、別の国にいるという実感は湧かなかった。
「はぁぁ、ナギの背中が悪いってわけじゃないけど、やっぱりずっと空の上にいるもんじゃないよねー」
コリンが腕を大きく空に伸ばしながら言うと、ナギが喉を鳴らして返事をする。海の上をひたすら飛び続けるのは、ナギ本人もあまり楽しい経験じゃなかったのか、どうやら同意しているようだ。
結構大きくなるまでは、仲間たちの背中に張り付いたり地面を歩いてばかりいたナギだから、コリンの気持ちも少しは分かるのかもしれない。
「その辺見てくるです。ハルカはここで待ってるですよ」
荷物をハルカに預けたモンタナは、そのまま海とは反対側の捜索に向かってしまう。するとイーストンも頷いて、ハルカの近くに荷物を置く。
「僕は薪集めで」
「んじゃ俺も」
「じゃ、あたしも」
次々と荷物がハルカの周りに積まれ、それを整理しているうちに皆出かけていってしまう。最後にユーリと一緒にやってきたレジーナが、荷物を乱雑に地面に投げて、その場で腕を組んだ。
「……あの、それじゃあ私も海辺の方の探索に」
「あっちに人はいねぇよ」
「あー……蟹の魔物とかいるかもしれませんし」
一人だけ働いていないような気がしてそわそわしたハルカを、海の方を見ていたレジーナが振り返って睨みつける。
「お前は昨日から寝てないんだから寝ろ。見張ってる」
「あー……」
上陸して緊張したせいか眠気がなかったが、なるほど言われてみれば昨日の朝から眠らずに帝国へやってきたのだったとハルカは思い出した。
「でもほら、私元気ですし……」
「寝ろって言ってんだろ」
それでも他人が働いている中眠るというのは気が引ける。ましてここは敵地だ。そんなにのんびりしていていいのか、なんてことを考えていると、レジーナの眉間の皺が深くなった。
レジーナは横で一緒に海を見ていたユーリの方を向いて、怖い顔をしたまま指示を出す。
「ユーリ、ハルカを寝かせろ」
「わかったー」
歩いてきたユーリは、ハルカの近くにくると手を取って、そのままナギの下へ歩いていく。
「ママ、座って」
「あ、はいはい」
ユーリが全身を使って引っ張るので、転ばないようにゆっくりと腰を落として座る。
「寝てー」
ポンポンと地面を叩かれて、どうしたものかとそっとレジーナの方を窺う。するとレジーナは体ごと完全に振り返って、腕を組んだままじっとハルカがちゃんと眠るか見張っていた。
これはダメだと寝転がると、隣にユーリも寝転がる。
「本当に元気なんですけどね」
言い訳するようにハルカが独り言ちると、ユーリが笑った。
「ママはたくさん仕事したから休憩。眠るのも仕事でしょ」
「……そうかもしれません。ユーリには敵いませんね」
ハルカが目を閉じると、ユーリがさらに体を寄せて呟く。
「ママが言ってたんだよ」
「何をですか?」
「僕が一緒に旅に出たばかりの頃、アルがこいつ眠ってばっかりだなーっていってつついてきたんだ。その時ママが、子供は眠るのも仕事ですからねって」
「……言ったかもしれませんね」
知識のある赤ん坊だったからよかったようなものの、普通は眠りに落ちたばかりの赤ん坊をつつきまわしたら大泣きする。
慌ててアルベルトを注意して、手を止めたような記憶が朧げにあった。
「僕、寝たくなかったんだ。皆が歩いて旅してるのに、荷物になってただけだから。でも、ママがそう言ってくれたから、眠っててもいいんだってちょっと思った。……ママも寝ていいよ。冒険者は休めるときに休むんだって、ノクトも言ってた」
ハルカはユーリの言葉を聞きながら、ゆっくりと意識が沈んでいくのが分かった。
「よく学んでいますね……。それじゃあ、私も少し……休みましょう……」
ハルカが静かになって、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
ユーリはそこから抜け出して、レジーナの横へ行こうかと思ったが、いつの間にか腰回りをしっかりホールドされていて抜け出せそうになかった。
しばらくすると、わざわざ近くまで寄ってきたレジーナが、ハルカの顔を覗いて、ちゃんと休んでいるか確認する。
「お前も寝てろ」
そしてユーリに小さな声でそう言って、少し離れたところで腕を組み、また海の方を睨みつけ始めた。
ユーリも抜け出すことは諦めて目を閉じる。
この世界に来てしばらくは、前の世界の悪い夢を見ていた。
拾われてからしばらくは、追っ手から逃げる悪い夢を見ていた。
どちらも無力感しかない嫌な夢で、眠るのがあまり好きじゃなかった。
でも最近は違う。
トーチを頭に乗せて、ナギと一緒に旅をする夢。
大きくなって仲間たちと横並びで戦う夢。
みんなで焚火を囲んで話す夢。
それにたわいもない、普通の、幸せな毎日を送る夢を見るようになった。
背中の温もりを感じて、ユーリもすぐに夢の中へ沈んでいく。
途中で蹴り起こされることもない。
逃亡の揺れで目を覚ますこともない。
眠ることが怖くない。
そんな些細なことですら、ユーリにとっては幸せであった。