作品タイトル不明
敵の敵の息子の友達
ハルカたちが食事をしている横で、ナギは大蛸の足とにらみ合っていた。群れのリーダーであるハルカが、食べていいと許可をくれたものの、この生き物はよくわからない。
普通の生き物は傷つけば赤い血が出るのに、出てきていないのだ。
本当に食べ物なのかしばらく悩んで鼻先でつついていたが、ハルカたちが美味しそうに食べているのを見て、口にすることを決意した。
でかい足を両手で押さえて嚙みちぎる。
食べ物らしくない弾力をしていたが、意外なことに大蛸の足は美味しかった。
気が済むまで食べたナギは、真っ暗な海を見ながら、もうちょっととってきてくれないかなぁと思っていた。
「……ナギ、海が見られるようになってますね」
「ああ、そういえばさっきまで怖がってたもんな」
「ナギはあの大きさになってから、自分より大きい生き物をあまり見たことありませんから」
ハルカたちがナギを見ながら話していると、フォルカーが笑う。
「ほー、あんなに大きな竜にも怖いものがあるのか」
「ナギは私たちが卵から育てましたから。野生の竜よりは臆病なのかもしれません」
「そうか、なるほど。で、あればだ、主人が強さを見せてやらねばならんな。ハルカさんならあの蛸を狩ることができるのではないか?」
「……いけますかね」
「いけるだろ、魔法で簡単に皮はげるんだから」
珍しく話に入ってきたのはレジーナだ。レジーナにしてみれば、ハルカというのは理不尽に強い存在なのだ。陸地にさえ上げてしまえば、自分でもなんとかできるような魔物相手に、臆している理由が分からない。
「レジーナまでそう言うのなら、朝になったらやってみましょうか」
珍しく意見を伝えてきてくれたので、ハルカもその期待に応えたいと思っていた。幸い対応する手段はいくつか思いついている。あれさえ倒せばナギが勇気を出せるというのなら、多少苦労しても骨折り損にはならないだろう。
あの生き物のせいでナギが海を渡ること自体怖がってしまっても困る。
「君たちは北方大陸の冒険者だったね。これから向かうのは帝国かい?」
フォルカーから飛んできたのは雑談の延長のような質問だった。
答えを誤魔化したところで、既に行き先くらいは当たりをつけられていそうな気がする。無駄に嘘をついて信用を失うことも避けたい。
ハルカは仲間たちと軽く目配せして答える。
「まあ、そうですね」
「正規に入国しないということは、何か理由があるんだろう。どうせ帝国は敵国だ。咎めたりはせんが、気を付けるんだぞ」
「あー……、帝国の海沿いも、あの蛸の魔物がたくさんいます?」
「いるぞ。この辺の海はあいつらか、それに対抗できる肉食の魚ばかりだ。海の生物というのはなぜか妙にでかくなる。あの蛸の倍くらいある巨大な魚も見たことがあるぞ。当然、ここから地続きの沿岸には、村は殆どない」
フォルカーは雑談交じりにわざわざ欲しい情報を落とした。ハルカたちもこれは、はっきりとは言わないが情報提供をしてくれているのだと気づく。
「南に意識が向いている帝国は、わざわざ何の利にもならん海なんぞ見張らないからな。船が来れるでもなし、そこに軍を割くのは無駄だ。国境付近さえ避ければ警備はざるだろう。ま、私たちが国力の違いがあっても国境を維持できているのはそんな理由もある。気に食わない魔物どもだが、こちらの沿岸を守ってくれてもいるというわけだ」
【ドットハルト公国】の軍は精強だが、帝国と比べるとやはり国力は少しばかり見劣りする。東の海は守る必要がなく、西の海は逆に各国の交易ルートとなっており、戦争に使用すると他国から袋叩きにあいかねない。
帝国は海から攻め込めない以上、【ドットハルト公国】を落とすためには、細い細い陸地を地道に進軍するしかないのだ。割いた労力に対して報酬が見合わなさすぎる。
そんな戦線の説明を軽くした後、フォルカーは一息ついて笑った。
「まぁ、この辺までは、街で時間をかければ集められる情報だろう」
「ありがとうございます」
「いや、私はただ我が伯爵領とその周りの事情を解説したくなっただけだがな」
ハルカの礼の言葉に、フォルカーはわざとらしくとぼけてみせた。
「街で聞き込みした情報、ほとんど無駄になったね。真偽が定かじゃなかったから、この人から聞けて良かったけどさ」
イーストンがそう言って肩を竦めると、フォルカーはまた快活に笑った。
「さて、では私は街へ戻るとするか」
パンパンと手を払って立ち上がり、真っ暗な道を普通に歩き出そうとするフォルカーを、ハルカは呼び止める。
「あ、危なくないですか?」
「いや? ここは私の庭のようなものだぞ」
「いえ、しかし、剣もなくなってしまいましたし……」
「ああ、そんなことか」
フォルカーは周囲を見て、近くにある木に近寄った。
そして握った拳を振り上げ「ふんっ!」という気合の声とともに振り下ろす。
鈍い音がして木の幹が爆ぜた。そしてミシミシと音を立てながら倒れていく。
「まぁ、剣がなくとも戦えぬわけではない。襲ってくるような輩がいるのならば、治安維持のために消えてもらうさ。ま、もちろん心配だからと武器を貸してくれるのならば借りるがね。返せる保証はないが」
「ぜってー貸さない」
「だろう。というわけで心配は無用。そちらの健勝を祈っているよ」
フォルカーはのしのしという効果音が似合いそうな歩みで、街へ向けて歩き出してから、また足を止めて振り返る。
「ああ、うちの馬鹿息子のことなんだが」
彼の馬鹿息子とは、いつか護衛をしたギーツのことだ。〈ヴィスタ〉の学生だったが、今はフォルカーの後継者として地元に戻っているはずだ。
「婚約者が中々できる子でね。おかげさまで以前よりはちょっとまともになってきたよ。良かったら街に立ち寄った時、城を訪ねてくれ。あの馬鹿者は君たちのことを友人だと思っているようだからな」
フォルカーはそう言い残して返事を待たずに去っていく。
「ふーん、あの人の息子さん、友達なんだ」
「え、違うよ?」
「……なに、どういうこと?」
即座に否定したコリンに、イーストンは困惑している。
「ま、まぁまぁ。〈シュベート〉に行くときに護衛をした人なんですよ。イースさんに会う少し前のことですね」
ハルカは、そんなすぐに否定しなくても、ととりなして、ギーツとの思い出を話してみる。
話しているうちにだんだんと、ハルカもその頃のことを思い出して複雑な気分になってきた。まぁ、冒険を長くしていれば、そんな変な思い出もできるものである。