作品タイトル不明
第7話 あ、ダメだ。かわいい
落ち着いた店内。
スイーツが有名らしく、客のほとんどが女性だった。
そんな中、二人席で向かい合うように座っている俺と眞白。
「へぇ……なるほど……ふぅん……」
眞白がキョロキョロと店内を見渡す。
「そんなに来たかったんだな」
「え? ……ま、まぁそうね。否定はしないけれど」
「でも眞白、その感じで人見知りだもんな、昔から。初めて入る店とかも、緊張して入れないタイプだし」
「っ!!」
……あ、マズい。
俺がこんなこと言ったら、ブチギレて……。
「……うるさいわね。仕方ないでしょ? どうしようもないんだから……」
口先を尖らせ、眞白が右斜め下に視線を落とす。
「……え?」
「というか、人見知りで悪い?」
「いや、別に悪くないけど……」
「ならいいでしょ? ……ほんと、うるさいんだから」
小さく毒を吐いて、眞白がメニューを開く。
俺は思わず呆気に取られてしまった。
やっぱり、眞白が全然女王様じゃない。
「うーん……どれもいいわね……迷うわ……」
眞白が目を輝かせながら、どこか無邪気にメニューを眺める。
「決まったか?」
「せ、急かさないでくれる? 今ようやくふたつに絞り込んだところなのよ」
「絞り込んでるんだ……」
「フンっ。んー…………」
「…………」
「…………」
「…………あ、あのさ」
「だから、急かさないでって言ったでしょ?」
「急かしたんじゃないから」
「じゃあ何よ」
「眞白が迷ってるふたつのうちの一個は俺が頼んで、それで半分こすればいいんじゃないのか? ってか眞白、いつも俺にそうさせるだろ」
もちろん、問答無用で。
「そ、それは…………別に、言われなくてもそうするつもりだったわよ」
「……嘘つけ」
「…………うるさい」
店員を呼び、眞白が注文を済ませる。
「…………」
「…………」
やがて訪れる沈黙。
沈黙が俺を、そしてきっと眞白も我に返らせた。
「(そ、そういえば今朝、同じベッドで起きたんだよな……眞白と。それも二回目だし……)」
やはり何事もなかったかのようにスルーは出来ない。
眞白は何かを誤魔化すようにお冷を口にした。
コップをそっとテーブルに置き、ちらりと俺を見る。目が合う。
「……な、何よ」
「……べ、別に」
「何もないのに私のことを見ていたの? へ、へぇ……そう」
「なんだよその引っ掛かる反応は」
「へぇ、そう、と言葉通り思っただけよ。私が兼助に対して発する言葉のすべてに意味があると思わないでくれる? そんなに私は兼助に対して丁寧に生きていないから。というか、生きるわけがないから」
「そ、そうですか」
どんな状況でも切れ味は抜群らしい。
「だ、だから……」
眞白が俯き、もう一度水を飲む。
「その……」
落ち着きのない眞白に、なんだかこっちまで緊張してくる。
じっと待っていると、眞白はためらいながらもゆっくり口を開いた。
「………………や、やっぱりなんでもないわ」
「……え?」
「なんでもない。だから私を見ないで」
「いやいや、今のでなんでもないはなんでもあるだろ」
「は、はぁ? 意味が分からないのだけれど」
「意味が分からないのはこっちだよ」
「うるさいわね……兼助が異議申し立てをするなんて頭が高いわよ」
「頭が高いって……」
ダメだ。もう訳わかんねぇ。
訳わかんねぇ上で、ちょっとムカッときた。
「あーあ。眞白って、ほんといざってときになると急に言葉弱くなるよな」
「はぁ⁉」
眞白が前のめりに俺を睨みつけてくる。
「あ、言葉だけじゃないか。他のも全部」
「け、兼助のくせに何を言っているの⁉」
「だってそうだろ? 今だって、昨晩だって」
「っ! そ、それは……」
「昨日でよくわかったよ。眞白が強気に出るのはいわゆる鎧で、脆い中身を守るための虚勢だったってことがさ。まぁ、一回目の時からわかってたけど」
「っ!! け、兼助! お店の中なんだから慎みなさいよ……! ば、馬鹿なの……⁉」
「え、何が? 何の話を慎めって?」
「そっ、それは……その……」
「いざってときに言葉弱くないんだろ? 虚勢じゃないんだろ?」
「っ!!! だから……あ、あれは……その……だ、だから……!!」
拳をぎゅっと握りしめると、眞白は力強く言い――放つわけでもなく。
顔を押さえて、か細い声で言った。
「…………きょ、今日は勘弁して……お願い……よ…………」
「…………へ?」
今、「勘弁して」って言ったか?
しかも俺に、「お願い」って言ったか?
あの眞白が? 女王様気取りの眞白が?
「お待たせしました。ブレンドコーヒーと……お、お客様?」
顔を押さえ、恥ずかしそうにしている眞白を見て店員が困惑する。
俺ははっと我に返り、
「えっと……だ、大丈夫です。たぶん」
「た、たぶん?」
「……うぅ」
どう考えたって大丈夫じゃない眞白に、店員は困惑の色を深めるのだった。
店の外に出ると、すでに日は落ちかけていた。
「…………」
「わ、悪かったって」
「…………」
「ま、眞白」
「…………」
眞白が俺の先をどんどん歩いていく。
さっきので完全に怒らせてしまったようだ。
「つい魔が差したというか、普段の仕返しというか……俺が攻めになれるときってないから……」
「…………最近調子よく攻めてくるくせに」
「え?」
「昨日の夜だって、私に……」
「眞白?」
「…………」
「わ、悪かったって。もうしないから」
と、言いながら時と場所を選んで強気に出るつもりではあるけど。
なんてことを考えていると、眞白が急に立ち止まり俺をキッと睨んできた。
そしてネクタイを掴み、不良のようにグイっと引き寄せて言った。
「コンビニスイーツ、私の年齢分買いなさい」
や、やっぱりめちゃくちゃキレてる……。
だからか、コンビニスイーツという単語がキレ顔とあまりに合っていなかった。
「……せ、節分の豆?」
「あ?」
「よ、喜んでー!」
「…………フンっ」
俺を突き放し、眞白が再び歩き始める。
横顔を見る限り、少しは満足したようだ。
「まだ食べるのか? カフェで俺の分まで食べたのに」
「悪い?」
「悪くないですむしろ最高です」
「……気持ち悪い」
普通に傷つくんですけど……。
「で、でもほんと眞白って甘いもの好きだよな。昔からだっけ?」
「……別に。昔からでもないわよ」
「へ、へぇ。なんか理由でもあるのか?」
何気なく訊ねると、眞白が不機嫌そうにそっぽを向く。
また何か地雷を踏み抜いたんだろうか……ダメだ、全然わからない。
困惑していると、眞白がぼそっと呟いた。
「兼助が甘いものばっかりよこすからでしょ……ばかけんすけ」
「え? なんて?」
「うるさい黙れ帰れ」
「雑なジジィの野次か」
「あ?」
「すみませんすみません」
相変わらず俺と目を合わそうとしない眞白。
でも長年近くにいるおかげか、理由は分からないけど機嫌が少しよくなったのは分かった。
それに心なしか、頬も赤い気がする。
「(……いや、夕日のせいか)」
こうして、思い返せば久しぶりに眞白と並んで帰ったのだった。
▽ ▽ ▽
翌朝。
登校して、教室に入る手前でばったり眞白と鉢合わせた。
眞白は俺を見てビクッと肩を震わし、
「……な、何よ」
「いや……おはよう」
「…………そ」
いつも通りの塩対応だが、やはりどこか柔らかさを感じる。
悪口がないからかな……なんてことを思いながら眞白の後に続いて教室に入った。
――そしてすぐに、違和感に気が付いた。
「えっと……え?」
俺と眞白に集まる視線。
眞白だけだったらいつも通りのこと。
だが、俺と眞白のふたりに、どちらかと言えば俺に教室中の視線が集まっていた。
「み、みんなどうした?」
困惑しながら言うと、教室がざわつき始める。
やがてクラスメイトのひとりが俺たちのところにやってくると、興味津々と言った様子で聞いてきた。
「上黒川さんと北くんって、付き合ってるの?」
「「…………え?」」
まさかの質問に、ふたりして声が漏れた。
ただ、幼い頃から何度も訊ねられてきたこと。
眞白はこの前も、
『そんなわけないでしょ? 兼助はよく言って下っ端。恋人みたいな対等の関係なんて――ありえないもの』
とばっさり切り捨てていた。
「な、なんで?」
「いや、昨日ふたりでカフェ行ってるとこ見た人がいて……私は知らなかったんだけど、ふたりって幼なじみなんでしょ? それに最近はなんか仲良さそうだし……」
「えっと……」
だからきっと、これまで通り眞白が切り捨てるのだと思っていた。
――しかし、今の眞白はこれまで通りの眞白ではなかった。
「なっ……つき……わたっ……しが……」
「ま、眞白?」
ぷるぷると震える眞白。
眞白は目を泳がせ、拳をぎゅっと握りながら絞り出すように言った。
「…………そ、そんなわけないでしょ……? け、兼助と私がなんて……あ、ありえない、から……ほんと、ありえない…………から」
眞白の小さな声が教室中に響き渡る。
昨日に引き続き、二度目の静寂。
「おっは~みんな~……って、え? 何この空気」
今登校したばかりの長谷も困惑していた。
やはり、今の眞白はこれまで通りの眞白ではなかった。
そんなこと、少し前からわかっていた。
……だけど、今の自分の感情は正直よくわからなかった。
もちろん、俺もみんなと同じように驚いていた。
でも、何より。
これまでの強気な、他を寄せ付けない女王様のような雰囲気とは全く違って。
余裕もなく、ただ恥じらっているような――まさに、普通の乙女のような幼なじみの反応が、表情が、
「(…………え、かわいいんだけど)」
今までこんなこと……あ、ダメだ。かわいい。
俺の幼なじみが……なんか、かわいい。