軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第22話 三度目の正直は…

――朝。

「いってきまーす」

「いってきます」

家を出てすぐに立ち止まり、となりを見る。

なぜなら、この感覚を昔から何度も感じたことがあるからで、

「「……あ」」

となりの家から出てきた彼女と、偶然目が合った。

「……おはよう、兼助」

「おはよう、眞白」

自然と並んで歩き始める。

「なんか最近、一段と暑くなってきたな」

「そうね。それに、朝から私を見られて興奮している兼助が近くにいるせいか、さらに暑いわ。熱中症になりそう」

「なんで俺が興奮してる前提なんだ……」

どんだけ発情してると思ってるんだ、コイツは。

「……でも、それを言うなら眞白だってなんか熱いぞ? 眞白こそ、朝から俺を見られて興奮してるんじゃないか?」

「っ! ……自意識過剰なの? その発言、普通に気持ちが悪いのだけれど」

「眞白も全く同じこと言ってたじゃんか……」

「私が言うのと兼助が言うのとでは感じ方が全く違うわ。身の程をわきまえなさい」

「これに関してはごもっともか……」

我に返ったらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。ただし美形に限る、じゃんこれ。

反省しながら歩いていると、遠くから「眞白~!」と呼ぶ声が聞こえてきた。

そこにはクラスの女子が数人いて、眞白に手を振っている。

眞白が微笑みながら手を振り返すと、クラスの女子たちはそのまま歩いていった。

そして時折、俺たちの方をチラチラと見て、

「朝からふたりで登校してたね!」

「すっごいラブラブじゃん!」

「いいな~、私も彼氏欲しいな~!」

きゃっきゃっと色めき立っている。

「よかったのか?」

「何がよ」

「あの子たちに合流しなくて」

俺が言うと、眞白がふいっとそっぽを向く。

「……いいわよ、別に」

鞄の持ち手をぎゅっと握ると、頬をほんのり赤らめて俺だけに聞こえる声量で呟いた。

「だって……いまは兼助と登校しているもの」

その言葉が、ずきゅんと心を打ち抜いた。

「……抱きしめていいか?」

「はぁ⁉ だ、ダメに決まってるでしょ⁉ こんなところで……」

「…………」

「…………」

「……あ、今期待したろ」

「っ! してないわよ! ばか!」

時折、いつものように口喧嘩をしながら通学路を歩いていく。

眞白と話していたらあっという間に時間が流れ、高校に到着。

下駄箱にやってくると、ちょうど上履きを地面に放り投げた長谷と目が合った。

「あ、北っちにましろんじゃ~ん。おっは~」

「おはよ、八江子」

「今日も朝から元気だな」

「いやいや、おふたりほどじゃあ……ねぇ~?」

「なんだよその目は」

「……ふへ。朝からラブラブだな~って思ってさ~?」

長谷が俺と眞白を交互に、からかうような目で見てくる。

「なんかましろん、ニヤケてるし~?」

「に、ニヤケてなんかないわよ。私の頬を緩ませられるほど兼助、ユーモアがないもの」

「おいなんで今俺が面白くないこと言った」

「確かに、北っちにはユーモアがない!」

「乗るな乗るな」

ほんと、長谷は常に面白い方の味方だな。

まぁ、だから俺の味方になってくれたことはほとんどないんだけど。

「そ・れ・に~……なんか肌ツヤいいし? ここ数日でさらに可愛くなっちゃってるし?」

「っ! そ、そんなことないわよ」

「いやいや、そんなことあるって~。いわゆるカップル特有の、アレな雰囲気をおふたりさんからビンビビンに感じるし~? 特別なつながり的な? ニコイチ的な? うぅ~ん……感じるなぁ~……」

「なんで急に渋いんだよ」

「この服、高いからなぁ……厳しいなぁ……」

「それは渋る」

「……ましろん、ユーモアは?」

「八江子百点、兼助マイナス百点」

「採点に私情入りすぎてんだろ」

ってかほんと眞白、長谷のこと好きだな。

俺たちも上履きに履き替え、騒々しい朝の廊下を歩く。

長谷は俺たちの少し前にいて、何気なく振り返るとさらりと言った。

「で、もうちゅーした? 今ABCのどの辺? ってか、もう一発カマしちゃった~?」

「ほんとデリカシーねぇな!」

付き合ったばかりのカップルに聞くことじゃないだろ。

「ね~教えてよ~。ましろん~」

「あのね……はぁ、まだ数日しか経っていないのよ?」

「でも北っちムッツリじゃん? 絶対性欲強いじゃ~ん?」

「何言ってんだお前は」

「……なるほど、やっぱり八江子くらいの距離感でもわかるのね。わかってしまうものなのね……ちなみに、兼助のムッツリに関しては一切の否定や反論はしないわ。残念だけれど」

「否定しろよ」

もうそれ肯定と同じだから。ってか肯定するなよ。

「教えてよ~ん」

「嫌よ」

「いいじゃ~ん」

「嫌」

「え~ん」

長谷の最悪の絡みを突っぱねる眞白。

「手くらいはつないだっしょ~」

「嫌」

「ハグは? ハグは~?」

「嫌」

「軽いスキンシップくらいいいじゃ~ん」

「嫌」

頑なな眞白を見て、「え~ん」と長谷がつまらなそうに嘆く。

ただ、俺からすれば眞白はただ否定しているだけに見えなかった。

「いい加減にしなさい……まったく」

いかにも冷静に見える眞白だが、若干顔に力が入っている。

つまり、長谷にバレないように頑張って取り繕っているのだ。

そりゃそうだ。

俺と眞白は手をつなぐどころかハグをするどころか、キスをするどころか……それよりもっと前に、二回もシている。

それを悟られまいと頑張る彼女を見て、正直最低ながらも思ってしまう。

……やべ、かわいいな。

マジかわいい。ほんとにかわいい。強がってるウチの彼女、最高にかわいい。

かわいいなぁ……ほんとに。かわいすぎる。大丈夫か? 大丈夫じゃないな。だってかわいいし。うん、かわいい。

「……へっ」

「兼助、ニヤケすぎ」

「やべっ」

でも、やっぱりかわいい。

昼休み。

外に面した渡り廊下を歩いていると、前から見覚えのある女子生徒がやってきた。

俺と目が合うと、たたたっと駆け寄ってくる。

「北くん、こんばんわ~。いや、こんにちは? あれ、どっちだっけ。ま、どっちでもいっか。こんにちはでこんばんわ~」

「相変わらず思考の過程が駄々洩れだな……粟原さん」

俺の言葉に、粟原さんがクスっと笑った。

「そういえば、噂で聞いたよ? 北くん、上黒川さんとお付き合いし始めたんだって~?」

「えっと……う、うん」

「北くん、あのとき言ってたもんね。好きな人がいるって。それ、上黒川さんだったんだ~」

粟原さんの穏やかな視線に、ぎこちない笑みがこぼれる。

すると、粟原さんはにこっと笑い、明るく言った。

「だと思った~」

「え?」

「だって北くんの周りにいる女の子、上黒川さんくらいしかいないし。あとは見た目が目立つ子と私くらい? でも、見てたら正直わかるからね」

「そ、そうだったんだ……」

「よかったね~。おめでとう」

最低にも断ったのに、祝福してくれるなんて……ほんと、粟原さんは天使だ。

「ありがとう、粟原さん」

できる限り気持ちを込めて答えると、粟原さんが頬を緩ませた。

そして――右ストレートを繰り出してきた。

「……え?」

俺の頬をかすめる、粟原さんの右拳。

な、何が起こった……?

「私ね、いつか北くんのこと泣かせることにしたの」

「あ、粟原さん?」

「それで今、トレーニング中なんだ。そのうち私の渾身の一撃、真っ当に喰らってね!」

「笑顔で怖すぎるよ粟原さん⁉」

恐れおののいていると、粟原さんの後ろから女子生徒がふたり飛び出してくる。

「ちょっと小百合! 物理的に泣かせたらダメだよ!」

「え、じゃあどうやって泣かせるの?」

「それは精神的にとか、幸せな姿を見せつけるとか……」

「あ、そっちか~。危うく駅前のジムに入会するところだったよ~」

「あ、危なかった……危うく小百合が肉体的に強くなるところだった……」

女子生徒ふたりが粟原さんの腕を引っ張り、連れ去っていく。

「北くん、またね~」

「お、おう……」

やっぱり粟原さんって、天然だよな……俺も駅前のジムに入会しようかな……もちろん、護身のために。

――夜。

「兼助、リモコン取って」

「うぃ」

「お菓子も取って」

「うい」

「疲労も拭って」

「何でも屋じゃないから」

ソファーに眞白と並んで座り、食後の穏やかなひとときを過ごす。

手を伸ばせば触れられる距離感で座っているのも違和感なく、もはやしっくりとさえ来ていた。

「このお菓子、美味しいわね……」

となりでもぐもぐと甘いものを頬張る眞白。

甘いものを食べている眞白も、かわいい。

じっと見ていると、俺の視線に気が付いた眞白がジト目で視線を返してきた。

「……そんなじっと見ないでくれる?」

「照れるから?」

「てっ、照れないわよ……今更」

「……かわいいな」

「っ! う、うるさい……ばか」

あまりに多幸感あふれる時間が流れている。

付き合ってからというものずっとこんな感じで、散々拗らせてきたことが嘘のように幸せだった。

喧嘩をすることはしょっちゅうだが、パワーバランスもそこまで偏りなく、至って順調。

そう。順調……なのだが。

「ねぇ兼助。そういえば昨日……」

「なぁ眞白。そういえば昨日……」

言葉が重なる。

しかし、重なったのは言葉だけではなかった。

お互いが同時にお互いを見て、ソファーについた手が意図せず重なっている。

「「っ!!!!」」

ドキッと胸が跳ねる。

サッと手を引き、ふたり同時に目をそらした。

「き、昨日私、リビングにヘアゴムを忘れたのだけれど……」

「あ、あーそれな。今俺も言おうとしてた」

ソファーから立ち上がり、置いておいたヘアゴムを眞白に手渡す。

「これで合ってるよな?」

「う、うん。ありがとう」

「ど、どういたしまして」

ぎこちない会話のあと、訪れる沈黙。

「…………」

「…………」

タイミングを探り合うような時間の後、

「あ、あのさ」

「あ、あのね」

再び声が重なり、ぎこちなさが跳ね上がった。

「さ、先いいぞ」

「け、兼助からでいいわよ」

「いやいや、眞白からで……」

「いやいや、兼助からで……」

そしてまたやってくる沈黙、静寂。

その後も結局、特にこれと言ったことは話さず、せず、できず。

ソファーに座ってダラダラとしていたら大体いつも眞白が帰る時間になって、玄関まで見送った。

「じゃあ……また」

「おう……また」

小さく言葉を交わし、眞白が扉を閉める。

が、頬を赤らめた眞白がすぐにもう一度扉を開き、扉の隙間から胸の辺りで小さく手を振って言った。

「…………おやすみ」

「っ! ……おやすみ」

俺が返すと、眞白が満足そうに頬を緩ませ、今度こそ帰っていく。

扉が閉まると、俺は思わずその場にしゃがみ込んだ。

「やっぱり、かわいいなぁ……」

これだけで、十分すぎるほどに満たされている。

付き合ってよかったと、心の底から思う。

……だけど、どうしても思い出してしまうのはさっきの気まずい時間のこと。

俺と眞白の交際は、至って順調だ。

――ただ。

付き合って以来、手をつなぐこともハグをすることも、キスをすることもなかった。なかったというより、できなかった。

そういう雰囲気になるたびに、照れが勝ってしまう。特に眞白は敏感で、触れようとしても不自然なくらいに避けられていた。

別に焦ることじゃない。まだ付き合って数日なんだし、相手はあの眞白なんだから。

……でも、付き合ったからにはそういうことをしたいと思うのはおかしいのだろうか? おまけに、すでにあの多幸感を経験しているせいで、その気持ちは正直強かった。

「……ほんと、おかしな話だよな」

だって俺たちは、順序がおかしいがもう最後までしている。それも二回。

手をつなぐなんてよりもっと深いスキンシップを取っている。

しかし、今は三回目が異様に遠く感じられた。

別に今であまりあるほどに幸せだし、それだけがすべてじゃない。

そんなことわかってるけど……手が触れるだけでこの緊張感は、この先が不安で仕方がなかった。

「どうすりゃいいんだ……」

付き合ってすぐに生まれた贅沢な悩みに、健全な男子高校生として頭を抱えるのだった。