軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第13話 あの場所で話したこと

「眞白……」

夜風を浴びながら、驚いたように眞白が俺を見ている。

かく言う俺も、眞白がいたことに驚いていた。

「こんな時間に何してるんだ?」

「……別に。兼助には関係ないわよ」

眞白が景色に視線を戻す。

俺は少し距離を開けて、眞白のとなりに立った。

「兼助こそ、こんなところで何をしているの?」

「……別に。眞白には関係ないけど?」

「……何? 私に喧嘩を売っているの?」

「真似ただけだ」

「…………そ」

眞白がフンっと不機嫌そうに鼻を鳴らし、黙り込む。

「そ、それだけか?」

「何よ、それだけって」

「いや、いつもなら喧嘩を威勢よく買って、俺に対する悪口を無差別に浴びせるところだと思うんだけど……」

「そうしてほしいわけ?」

「なわけないだろ。いつも言ってるだろ俺はMじゃないって」

「……いつもMじゃないって言ってる人の方が気持ち悪いと思うけれど」

た、確かに……。

「いつも兼助の相手をしてあげられるほど、私も暇じゃないのよ」

それから、また眞白は黙って景色を眺め始めた。

その横顔は感情が読めず、でも何かを考えていることはわかる。

俺と眞白はよくここに来ていた。何かに悩んだり、考えたりするときに。

眞白もここにいるってことは、俺の手が届かない何かを考え込んでいるんだろう。

「ねぇ、兼助」

「なんだよ」

「粟原小百合、兼助が一番好きそうなタイプの女の子ね」

「っ! そ、それは……まぁ、確かに」

男の理想みたいな女の子。

優しくて、自分を好きでいてくれる子。

「好きじゃないの? 粟原小百合のこと」

「それは……ってか嫌じゃないのかよ」

「何がよ」

「粟原さんの話。この前あんなにブチギレてたのに」

「……もういいわ、それは」

まるで何かを諦めたかのような眞白の表情。

こんな眞白も、見たことがなかった。

「で、好きじゃないの? というか、好きでしょ?」

「……どうなんだろうな。好きか嫌いかで言われたら、たぶん好きだとは思う、けど」

「っ! ……はっきりしないわね。好きでいいじゃない」

「いや……」

でもやはり、眞白が気にかかる。どうしても、ちらついてしまう。

「ねぇ、兼助」

眞白は前を向いたまま、さらりと言った。

「私のことは気にしなくていいわ」

「……え?」

「兼助のことだから、どうせ私のことを気にしているんでしょ?」

「そ、それは……」

「……はぁ。ほんと、兼助は仕方のない人ね」

眞白が柵に体を預け、続けた。

「そもそも、私と兼助は幼なじみってだけでそれ以上でもそれ以下でもないでしょ? 仲のいい友人でもないし……まぁ、もちろん恋人でもない。ただ昔から、たまたま近くにいただけ。違う?」

「まぁ……そうだな」

「確かに、兼助は私の後ろをいつもついてきていたわ。それで……よく私の尻拭いをしていたことも、まぁ今日だけは認めてあげる。今日だけよ」

「念押さなくていいから……」

今日限りの承認なんて、別に欲しくない。

「でも、私は常に兼助が後ろにいて、フォローしてもらうことが前提でいるようなか弱い人間ではないわ。私は上黒川眞白よ? 誰かが近くにいなくても、ひとりで勝手に頂点に立っている。そういう人間だもの、私」

「この発言が自意識過剰にならないのが、さすが女王様というか……」

これが、眞白が眞白足る所以のような気がする。

「粟原小百合も言っていたわね。兼助はどうしようもない優しさに溢れているって」

「自分ではピンと来てないけどな」

「……正直、その通りだと思うわ」

「えっ……」

「ちなみに、私は『優しさ』なんて兼助が喜ぶような言葉は使わないけれど」

「その補足いらないから」

「とにかく、兼助は下っ端ナヨ助野郎なのだから……」

「おい撤回しろ。ナヨ助野郎は違うだろ」

「下っ端も異議申し立てしなさいよ……」

眞白は呆れたように俺を見て、こほんと咳払いした。

「だから、私に気を遣おうなんて、そんな一丁前なことはしないで。むしろ私に失礼よ。いい? いいわよね? そう、どうも」

「出たよ十八番の自己完結……」

眞白は言いたいことを言い終えたのか、また黙って景色を眺め始めた。

今のを聞いて、眞白の考えていることが少しわかった。

でも、眞白の「気にしなくていい」は俺の「気にする」とは明確に違っていて。

どうにかそれを言葉にしたいのに、上手く言葉が見つからない。

すると、眞白が懐かしむように口を開いた。

「この場所、昔はよく来たわよね。高校に入ってからはあまり来ていなかったけれど」

「そう、だな。大体、眞白が同級生を完全論破して泣かせて、ひとりで不機嫌になって……」

「ちょっと、そんな言い方やめてくれる? 私は正しいことを言っただけよ。悪者みたいに言わないで」

「いや、小学生の頃とかは完全に悪役だったぞ……」

男女ともに泣かせてたからな。何なら先生を泣かせたこともあった。

昔から、女王の片鱗は眩いほどにあったのだ。

「そういう兼助こそ、何か嫌なことがあるたびにここに来て泣いてたじゃない」

「そうだな。眞白に泣かされた時もここに来てたな」

「……は?」

「今も泣こうかな……」

眞白がため息をつき、批難するような目で俺を見る。

「でも私、ちゃんと慰めに来てあげたでしょ? どうせ兼助はここにいるってわかってたから」

「それを言うなら俺だって来てあげてただろ?」

「でも、兼助に慰められたことは一度もないと記憶しているわ。だって私、兼助ごときに慰められるほどか弱くないもの。そもそも、兼助に影響されることなんて少しも微塵もこれっぽちもないのだけれど」

「そ、そうですか」

「――だから」

眞白が俺をまっすぐ見て言った。

「私のことは気にしなくていいのよ」

眞白のどこか優しげな表情が、胸に引っかかった。

そんな俺を見て眞白が我に返り、慌てて言葉を足していく。

「ま、まぁこう見えて私、女の子の味方というか、なりふり構わずバッサリ切るような横暴な人間じゃないというか……素直に自分の思いを伝えるような、健気な女の子の邪魔はしない主義なのよ」

「眞白……」

「どう? ただ怖いだけじゃないでしょ? 見直した?」

眞白の挑発的な視線を受けて、俺は間髪入れずに言った。

「そんなの昔から知ってるよ、俺は」

何故か意図せず、そんなことを言ってしまった。

「っ! そ、そう……ならいいわ。うん、別に……いい、わ」

眞白が頬を赤く染め、そっぽを向く。

俺も顔が熱くなってきて、眞白から視線をそらした。

「…………」

「…………」

ぎこちなくも、心地よい沈黙が流れる。

まるでこのまま昔に戻るんじゃないかと思うほどに。

「ま、そんなところね」

眞白が呟くと、柵に寄りかかるのをやめ、自立する。

幕引きの気配がする。

「兼助は兼助のしたいようにすればいいわ。もう私は怒ってなんかいないし、気にしてもいない。晴れて自由ね」

眞白の言葉の節々から、終わりの気配がする。

なんだ、この気持ちは。

「ねぇ、兼助」

もう一度、眞白が俺の名前を呼んだ。

眞白の表情はどこか清々しく、もう何か考え込んではいないように見えた。

それがまた引っかかって、胸を締め付けてくる。

眞白はわずかに頬を緩ますと、そっと手を放すように言ったのだった。

「私と寝たこと、忘れていいから」

そう言って、眞白が立ち去っていく。

ひとり取り残された以上の物寂しさが全身を襲った。

「なんだよ……それ」

眞白はもう、いなかった。

家に帰ると、すでに十二時を回っていた。

つまり、もう金曜日。

今日、粟原さんに告白の返事をする。

「…………」

ソファーに深く腰掛け、薄暗い天井を眺めていた。

そうやって、俺は考え続けた。

あっという間に時間は流れ、いつしかカーテンの隙間からぼんやりと明るい光が差し込んでくる。

「そう……だよな」

俺は立ち上がり、ひとり呟いた。

――金曜日、放課後。

体育館裏で、粟原さんと向かい合う。

「まずはごめん。こんなに待たせちゃって」

「ううん。むしろ真剣に考えてくれたんだってわかって嬉しいよ」

「粟原さん……ありがとう」

本当に、粟原さんはいい子だ。

だから……俺は……。

「粟原さん、あのさ――」

これからまた、はじめるのだ。