作品タイトル不明
第14話 そっか
放課後。
日は傾き、オレンジ色の夕日がぼんやりと街に滲んでいた。
俺はひとり、帰り道を歩く。
すると、前の方にやたらトボトボと歩く女子生徒の姿が見えた。
「…………はぁ」
艶やかな黒髪にすらりと伸びる黒タイツ。
後ろ姿だけでも美人だとわかる彼女。
「あ、眞白」
「⁉」
眞白がビクッと肩を震わせた。
「……驚きすぎじゃないか?」
「け、兼助……急に話しかけてくるからよ」
咳ばらいをし、眞白が肩にかかった髪をいじり始める。
そして、眞白と並んで歩き始めた。
「にしても、なんでこんな時間に帰ってるんだ?」
「そっ、それは……図書室で勉強してたのよ。テスト近いし」
「あ、そうか期末! うわー、全然勉強してないな……」
思い出すだけで嫌な気分になってくる。
「ふはぁ……」
「眠そうね」
「まぁな。昨日は色々考えてたから」
「ふぅん……そ」
「眞白は眠くないのか? なんだかんだで帰るの遅かっただろ、昨日」
「眠くないわよ。帰ってすぐ寝たから」
「そっか」
「そうよ」
どこかよそよそしい会話が続く。
「…………」
「…………」
やがて沈黙が訪れると、眞白が落ち着いた声で訊ねてきた。
「というかいいの? 私と一緒に帰って」
「え、何が?」
「見られたら大変でしょ? それも初日から……いくら幼なじみとはいえ、相手は嫌な気持ちになると思うけれど」
「見られたら大変? 嫌な気持ち?」
「は、はぁ? それくらい分かるでしょ?」
「いや、なんのことだが……」
首をかしげていると、眞白が深いため息を吐いた。
「あのね、私が言うのもなんだけれど、女の子という生き物は繊細なのよ? 上手く付き合っていきたいのなら、きちんと女心を考えて行動しなさい」
「な、なるほど……わかった」
眞白がフンっと鼻を鳴らし、背筋を伸ばして歩いていく。
俺も変わらず眞白のとなりを歩いていると、眞白がチラチラと俺のことを見てきた。
「…………」
「……な、なんだよ」
「私の言ってること、本当にわかっているの?」
「女心を考えて行動する、だろ?」
「ならどうして私のとなりを歩いているの?」
「……え、今更俺にとなりを歩かれるのが嫌なのか?」
「そ、そうじゃないけれど」
「そうじゃないんだ」
「っ! う、うるさい!」
眞白が「あのね……」と、今から説教でも始めるかのように口を開いた。
「私とふたりで歩いてるなんて知ったら、彼女嫌がるでしょ? それに、初日からなんて……幼なじみとはいえ私は異性なのよ? 考えなくてもわかるわよね?」
「彼女が嫌がる? 初日? 何言ってるんだよ」
「はぁ⁉ 白々しいわね……」
苛立ったように眉間にしわを寄せると、眞白は俺をキッと睨み言い放った。
「粟原小百合と付き合った初日から、それも私とふたりで帰ったりなんかしたら彼女、嫌がるでしょ⁉」
眞白の声が、夕暮れの街に響き渡る。
「ったく……私をこれ以上苛立たせないで。じゃ」
眞白がすたすたと前を歩いていく。
――しかし。
「眞白!」
俺は眞白の腕を掴み、引き留めた。
「ちょっ……な、何? ……はっ! も、もしかして、私を都合のいい女としてキープしようとしているの? そ、それも体目的で……っ! 粟原小百合に言うわよ! 選んだ男がこんな肉欲にまみれたクズ野郎だって……!」
「俺、粟原さんと付き合ってないよ」
「…………へ?」
眞白がぽかんと口を開く。
「で、でも今日、よね? 告白の返事」
「あぁ。だから、その……断ったんだよ」
「断ったって……ど、どうして? 私言ったわよね? 私と寝たことは忘れていいって」
「まぁ、言ってたけどさ」
いや、眞白がそう言ったからこそ、俺は……。
「とにかく俺、粟原さんと付き合ってないから。だから、その……眞白とふたりで帰ったって嫌がる人はいないし、まぁ……これまでと同じ、だよ」
そう、これまでと同じ。
ただ、厳密に言えば同じではなかった。
だって俺は――あのとき、眞白と距離ができるのが嫌だったと思ったから。
あの日、あの場所で眞白は俺から離れようとしていた。
それはきっと、粟原さんのことを思ってのことだと思う。
でも、それがどうしても嫌だった。嫌だと思ってしまった。
俺はずっと、自分の気持ちをはっきりさせようとしていながら、眞白のことをわかろうとしていた。でも、そんなのは前も、そしてこれからもきっと無理な話だ。
他人の気持ちなんて、わかろうとする過程に価値はあれど、結果には何の価値もないのだから。
だからもう一度、自分の心の中を見つめた。
そして、眞白と距離ができるのが嫌だと思った。それがすべてだと思ったのだ。
「これまでと、同じ……」
正直、これが恋なのか、はたまた愛なのかは判然としていない。その両方の可能性だってある。いや、この際どちらでもいいのだ。
間違いなく、眞白にはとなりにいて欲しいと思った。広く簡潔に、ひとことで言えば――眞白が好きだと、今更ながらに思ってしまった。
だから俺は、粟原さんの告白を断った。
「兼助は、付き合ってない……そう、付き合ってない、のね……」
眞白が立ち止まり、呟く。
夕日を受けて輝く黒髪が、風にさらわれ美しく広がる。
眞白は日差しのようにやわらかであたたかな微笑みを浮かべ、ひとりごとのようにそっと呟くのだった。
「…………そっか」
そんな眞白の表情は、嬉しいや安堵という感情を何よりも物語っていて、眞白の瑞々しい気持ちが直接心に飛び込んでくる。
「っ!!!」
そんな顔、反則だ。反則すぎる。
こんなの――かわいいでしかない。
「はっ! えとえと、そ、その……と、というか最低ね! 二回も待たせておいて、け、結局断るなんて……あ、粟原小百合が可哀そうで仕方がないわ! うん、同情しかない。兼助ごときに断られるなんて、同情しかないわ!」
「うぐっ……!」
「もはやこれは罪よ。殺人とほぼ変わらない、最低最悪の行為よ! もし兼助が恋愛漫画の主人公なら、誹謗中傷殺到の大炎上で連載打ち切り間違いなしね」
「ぐ、ぐうの音も出ない……」
「というか、どうして今ものうのうと生きているの? いえ、どうして生きていられるの? よく罪の意識に耐えられるわね。私なら無理だわ。なるほど。神経が無神経に図太いのね。気持ち悪い。私が死神の代わりに地獄へ送ってあげるのもやぶさかではないわ。もちろん、私の足で兼助のチンケな体に風穴を開けて……」
「ごめんなさい! ほんとにごめんなさい! 最低最悪の人間だってわかってますから! ほんと、俺ごときがすみませんいつか死にますから!!」
「……そこまで言うと気持ち悪いわね」
「なんかもう自然に死にそうです」
いつもと変わらない密度の悪態だが、やはりどこかやわらかい。眞白の表情もまた、感情を隠しきれていなかった。
「まったく……本当に兼助は仕方のない人ね。ある意味可哀そうだわ。……まぁ、同情はしていないけれど」
眞白がそっぽを向きながら、ぼそっと言う。
顔を隠したかったのだろうが、隠せていない真っ赤な耳がどんな顔をしているのか教えてくれた。
「一回くらいは同情してくれ」
「それは無理な話よ」
「無理な話なんだ……」
あたたかい帰り道を、俺たちのペースで歩き始める。
眞白と並んで、歩き始めるのだった。
夜。
今日も眞白は俺の家にやってきて、お菓子と紅茶を飲みながらテレビを見ていた。
俺も眞白のとなりに座り、いつものようにコーヒーを飲む。
しかし、昨日ほとんど一睡もしていないせいか、気づけばソファーで寝てしまっていた。
「……ったく……さそうにねて……」
ぼんやりと眞白の声が聞こえてくる。
まどろんだ意識と視界の中、眞白が俺の顔を覗き込んでいるのがなんとなくわかった。
でも、眠気に引っ張られ意識が判然としない。
「…………」
ことり、とカップを置く音が響く。
そして、また眞白が俺の顔を覗き込んだかと思えば、徐々に顔が近づいてきて、そして――
ちゅっ。
確かに、唇にやわらかい感触がした。
そこで俺の意識は突然、はっきりした。
「…………はっ! わ、私何して……!!」
眞白が我に返り、顔を真っ赤にして固まる。
「お、起きてない……わよね……と、とはいえ今、私……っ!!」
バッと勢いよく立ち上がると、眞白が慌てた様子でリビングを出て行った。
「…………」
もう目は覚めていた。でも、起き上がることなんてできなかった。
「…………んぇ?」
ちょっと待て。ほんとにちょっと待て。
今、俺……眞白にキス、された……?