作品タイトル不明
第四十五話 成り上がり者たち
秋の後半。リンダム王国に複数の他勢力が接触してきた。王国領土より東の方、同じティリス川以南に支配域を確立した有力者たちが、挨拶の使者を送ってくるようになった。
エドウィンと同じように成り上がりを為し、ときには武力を用いながらそれぞれの支配域を確立したのであろう東の有力者たちは、ティリス川以南の西端に築かれたリンダム王国なる勢力の支配者が、大陸出身の得体の知れない人物ながら対話可能な相手であると判断したようだった。タイウェルとの戦いにおいて大義名分を大切にした甲斐があったと喜びながら、エドウィンは彼らの送ってきた使者を王の館に歓迎した。
「――ディラン総督からの挨拶の書簡、確かに受け取った。贈り物もありがたく頂戴しよう。こちらも書簡と返礼の品を用意し、我が配下の祭司に持たせて君の帰路に同行させる。君の一行には宿として家屋のひとつを貸すので、ゆっくり休んで長旅の疲れを癒すといい」
館の広間で玉座に深々と座り、隣にはクレアを座らせ、周囲にジェラルドたち側近を集め、さらに広間の壁際に戦士たちを並べて威厳を演出しながら、エドウィンは尊大な態度で言った。
今回訪ねてきたディラン総督とやらの使者は、戦士たちに囲まれた状況でやや緊張しながらも丁寧に礼を述べると、若い戦士の案内を受けて退室していった。そうして部外者の目がなくなったことで広間の空気が弛緩し、エドウィンは頬杖をついて気を楽にしながら小さく嘆息する。
「これで繋がりのできた東の有力者は三人か。しかし皆、好き勝手な称号を名乗るものだ。今度は総督ときたか」
「総督と聞けば偉い人だとアロナ人の誰もが理解できますから、好都合だと考えたのでしょうね」
少しばかり呆れながらエドウィンが呟くと、隣でクスクスと笑いながらクレアが答える。
ロドニア帝国の領土は、皇帝直轄領たるロドニア半島の他は何十もの属州に分割され、それぞれに皇帝の代官たる総督が置かれている。情勢が不安定な本土においては帝国南部を除く多くの属州で旧来の統治体制が崩壊し、総督が実権を持たない名ばかりの役職となったり、逆に上手く立ち回った者が自前の勢力を築いたりと混乱すること甚だしいが、駐留する帝国軍の総指揮官が総督を兼ねていたこのアロナ島においては、帝国軍が撤退するまで安定した武断統治が行われていた。
総督は偉いのだと子供でも知っている以上、現在のアロナ島で一地域の支配者となる際に、自分の権威を高めるために総督を名乗るというのはある意味で賢い手ではある。
ちなみに、これまでに接触してきた二人の有力者たちは、それぞれ族長と将軍と名乗っていた。
「まあ、今回のディラン殿もこれまでの二人も、なるべく格好よく偉そうに聞こえる称号を懸命に考えた結果なのだろうが……王と総督と族長と将軍が仲良く並び立つ世界とは。何とも多彩で面白おかしい」
半笑いで言いながら、エドウィンは玉座から立ち上がる。
そして、使者が置いていった贈り物――ディラン総督からの挨拶の品々に歩み寄る。
「布と塩、それに鉄製の武器が幾つか……悪くないな。どれも腐ることもなく、幾らあっても困らないものだ。我が国と友好的な関係を築きたいディラン殿の誠意の証と受け取ろう。我がリンダム王家からは布の礼としてリンダム陶器を、塩の礼として蜂蜜を、鉄製武器の礼として豚を贈ろう。今回も受け取った贈り物より少し価値が高くなるように用意しておいてくれ」
「かしこまりました、陛下」
エドウィンが視線を向けて言うと、王家の財産管理を任されている家令のドーラが慇懃に一礼しながら答えた。
リンダム王国の領土は全体的になだらかな地形で、良質な牧草地や森が多く、豚や牛や羊といった家畜の数に余裕がある。また、蜂蜜や木の実、獣の肉や毛皮など森の恵みも多く得られる。エドウィンが返礼品として選んだ品々は、そうした王国社会の状況を踏まえたものだった。
さらにそこへ、川沿いの人里で生産される上質な陶器――エドウィンは「リンダム陶器」と呼ぶことにした――を含めたのは、今後この陶器を特産品として輸出するための布石の意味がある。受け取った贈り物よりも高価値になるよう返礼するのは、単なる親切心ではなく、エドウィン王がそれだけ裕福で気前の良い為政者であることを相手に知らしめるため。
各地の支配者同士が物品を贈り合う。これは原始的で小規模なものではあるが、歴とした交易の始まりと言える。いずれは帝国支配の時代のように、商人を介してより大規模な交易が行われるようになり、物々交換だけではなく貨幣を用いた取引も復活するはず。アロナ島内だけでなく、大陸との交易も再び行われるようになるはず。
そのような時代が来たときのために、今から備えていくべき。当面は家畜やそこから得られる生産物、森の恵み、陶器などを主要な輸出品とし、ゆくゆくは王家の抱える職人たちの手がける鉄製装備や金細工なども輸出したい。そのために、国力を増してより多くの職人を抱えたい。
エドウィンはそのように企んでいる。商人の組合に雇われる傭兵として生きてきたからこそ、社会を富ませる上で商業は極めて重要であると、リンダム王国を強く豊かな国に育てる上で商業的発展は必要不可欠であると確信している。
「それにしても、まさか小さな神殿の祭司から一地域の支配者に成り上がる者がいるとは。有力者たちの名乗る称号だけでなく、経歴もまた色々と違っていて面白い」
贈り物のひとつである鉄製の戦斧の質を確認しながら、先ほどの使者との会話を思い出し、エドウィンは微苦笑する。
使者の話によると、ディラン総督はなんと、元々は一介の祭司だったという。自身の管理する神殿の周辺には小さな村ばかりでこれといった有力者がいなかったため、それらの村の住民たちを言葉巧みにまとめ上げて私兵集団のようなものを作り、「人々の生活を守るという聖職者の義務を果たす」ために戦いをくり広げて勢力を拡大した結果、己の支配域を確立したとのことだった。現在は祭司と総督の二つの称号を都合よく使い分けながら、器用に支配者を演じているという。
「まあ、祭司の性格も人それぞれですからぁ。けっこう俗っぽい人も多いですよぉ。私だってあんまり他の祭司のことは言えないですしぃ」
側近の一人として玉座の周りに侍っていた祭司長フィオナが言うと、エドウィンはますます楽しそうに笑う。
祭司でありながら俗世の支配者になったディラン総督も興味深いが、これまでに接触してきた他の有力者たちも、一人は元商人、一人は複数の農場を経営する大地主と、なかなか面白い経歴の持ち主だった。
また、その二人の送ってきた使者が歓迎の宴の場で語ったところによると、エドウィンと未だ接触していない他の有力者の中には、元々は盗賊をやっていたが掠奪するより貢がせる方が楽だと考え、領主のような立場に収まった者までいるという。
大陸のキラケス地方からアロナ島に渡って王になった元傭兵団長の自分も大概だが、島内各地に誕生している各勢力の支配者たちの背景は、実に多様で興味深い。様々な出自の者たちが実力と運を武器に成り上がりを果たす島内の現状は、混沌とした時代だからこそのものと言えた。
「さて、次はどんな有力者と知り合うことになるのやら……場合によってはこちらから使者を送るのも面白いか」
現状のエドウィンは、新領土の人里を全て回り終え、これまで誰の支配下にもなかった人里も全て征服し、ティリス川下流域の南側を完全に掌握し終えたところ。今後しばらくは国内社会の安定と疲弊した地域の復興、常備兵力の増強に注力する予定。
一方で外交に関しては、あえて穏健な態度で臨んでいる。力を十分に蓄えた後は東に並んでいる各勢力も征服していくつもりであるし、各勢力を率いる有力者の中にもこちらと同じことを企んでいる者は少なくないだろうが、今のうちから無闇に敵対していては不利益が大きい。だからこそ、いずれは戦うことになるであろう有力者たちとも友好を結ぶようにしている。
未だ交流のない相手には、いっそこちらから友好的に接触してもいいかもしれない。エドウィンがそう考えていたところ、およそ一週間後に、少々予想外のかたちで新たな勢力との接触が起こった。地続きの東ではなく、大河によって分断された北から、使者が来訪した。
ティリス川下流域の北側一帯を支配域とする、ベルノニア王国なる勢力。その国王ブレドリックと名乗る人物が、使者を通じてエドウィンに会談を求めてきた。