軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

孤児院

「今日のご飯も少ないね」

「しー!! そういう事を言うとご飯取り上げられるから黙ってろ!」

「大人達はおかわりができるのにね」

孤児院には、色んな事情で子供達が入ってきたり出ていったりしていて、入れ替わりが激しくて、顔を覚えきる事なんてとても出来なかった。

何しろここ何年も、干ばつが続いてて、雨があまり降らなくて、作物の実りが悪くて、食べ物の値段は日に日に上がるようなものだったから、孤児院のご飯が少なくなるのも、どうしようもない事だった。そもそも、民衆が手に入る食料が少ないのだ。お金を持てる人からどんどん手に入れるわけで、孤児院という弱者の集まりに回ってくる食料はどうしたって最低限だった。

おかわりが欲しいと丁寧に訴えた子は、その日のうちに何処かに連れて行かれた。その日はおかわりが出来たけれども、そこで皆、そういう事を言うと、ここを追い出されていく宛もなくなって、という自分の未来が見えるようになったから、そういう不満は口に出せなくなった。

皆、未来の事が怖くて、でも、逃げ出す先なんてないから、必死に孤児院にしがみついている、弱い弱い子供だったわけだ。

「なんだか大人が皆険しい顔をしてるよね」

「なんだろうね」

それが始まった日も、いつも通りにご飯は少なくて、数日前にはあまりの寒さに凍死した子もいて、その子のお葬式をして、という、ひもじくて貧乏な孤児院だからしばしば起きてしまう出来事を終わらせて、子供達は小声で話していた。

そして、突然外が騒がしくなったと思うと、悲鳴が次々に上がって、混乱が広がって、ざわつく子供達の前に、物々しい雰囲気の、帯剣を許されている人達が現れて、こう告げた。

「この孤児院は本日を持って終了する! 子供は全員我らの管理下に置く!」

後で知った事だけれど、孤児院の院長が賭博に熱中しすぎて、孤児院の子供を借金の担保にしたらしい。大貴族がそれを良しとして、この孤児院を手に入れたのだ。そして運が悪い現実として、その大貴族は小さい子供に性的な目を向ける悪い変態だったのである。

「お前はいらない。お前は残っていていいぞ」

大貴族の好みを熟知しているのであろう、関係者がその騒ぎの数日後にやってきて、孤児院の子供達を検分して、大貴族の好みに合致する子供だけを選んでいた。

選ばれた子達は、男女の区別なく、比較的顔の整った、少し気弱そうで、自分の力では逃げ出せなさそうな、そんな子達だった。

関係者は、順番を呼ばれて前に出た私を見て鼻を鳴らした。

「なんだ、このとてつもなくぱっとしない、それも赤毛の子供は。連れて行け、これは御主人様の好みとはまるでかけ離れている」

赤毛というものは不人気だ。喜ばれるのは金髪に銀髪に、それから漆黒。その三色の髪の毛が、いい色の髪の毛だと言われている。

私の持っている赤毛は、髪の毛の色としては最悪だと言われていた。それも長い間。

不美人の色、と言うと、それは赤毛の事を示しているくらいに、赤い髪の毛は不人気で、時に不吉だと嫌われている。

大昔の悪い魔法使いが赤毛だったからとか言われる事もあるけれども、真偽は不明だ。私はそれが真実かどうか知らない。

時折、街で紙芝居をしてくれる旅の芸人が見せてくれる紙芝居の中の、悪い魔法使いは、なるほど誰も彼も赤い髪の毛ではあるが。

「ここから出ていったら行くところなんてどこにもないよ」

私は必死に言い返した。ここ以外に行く宛なんてない。ここしかもう、生きる場所がないのだ。

親族が一人も居ない六歳にも満たない子供に、世界は優しく出来ていない。

母を失い、おかみさん達とも別れた状況で、私はそう悟ってしまっていた。

私の言葉に、その関係者はさもありなんと言う調子で頷いてから、こう自信満々な調子で言った。

「安心しろ、御主人様はそのあたりもきっちり考えていらっしゃるからな」

その言葉が本当なのか、疑わしいのは間違いなかった。確かに孤児院に残る子供達はほっとした顔をしていたけれども、それはここに残っていいと選ばれたからで、その未来に明るい希望があるからではない。

私は他の、基準を満たさなかった仲間たちと一緒に、幌馬車に乗せられた。一人一つ、手のひらくらいの大きさのパンを渡してもらえるなんていつぶりだろう。

泣いて喜んでいる子もいる。孤児院の皆は、はらぺこの時が長いのだ。

私はもしもの事を考えて、パンを二口かじって懐にしまい込んだ。そういう用心深さを、母が居なくなってから身につけてしまっていた。

「アイーダは全部食べないの?」

「夜にも同じようにパンがもらえるかわからないから」

「きっともらえるよ」

馬車の中で、隣りに座っていた子がそんな希望的観測を言っていた。私以外は、夜も同じ大きさのパンをもらえるに違いない、と思っている子供ばかりで、それは孤児院で、毎日、量こそ少なくてさみしいけれども、三食与えられてきた経験の結果だと、私は幼いながらもわかっていた。幌馬車はがたごとと揺れながら進んでいく。意外かもしれないが、馬車に乗せられての旅は乗る方にもかなりの負担がかかる。

それは馬車が大きく揺れたりするからだ。乗り心地が良いとはとても言えないものに、子供達がぎゅうぎゅうになって乗っているのだから、乗り心地が素敵な訳が無い。

しかし、誰も不平不満を言う事をしない。それはそうだ、皆行く宛が本当にない子供達で、孤児院という寄る辺を失ったのだから、この幌馬車が進む先しか、宛がないのが現実なのだ。

これで逃げ出そうと考える、短慮な子供は居ない。そもそも親から離されて育った身の上なので、保護者のない生活が苦労ばかりだと知っている。

一人でどうにかするための持ち物を、皆持っていないのだ。

私も似たようなもので、関係者から一旦、父の形見を取り上げられたものの、それがあまりにも価値のないものだったから、放って返された。

「こんな、刀身も錆だらけの役に立たなさそうな短剣など、ただのペーパーナイフよりもガラクタだ」

その言葉で、短剣は返してもらえた。それは運がいい話だけれども、その短剣で自分の未来を切り開けないと言われたようなものでもあった。

母が大事に大事にしていた、それだけしか記憶にない父の短剣を、私は服の下に隠して持っていた。どこでなくすか、わからなかったから。

他の子供達も、皆、価値のない役に立たない小さなものは、関係者から返してもらっていたから、皆、他人の持っているものは当座の資金にもならないし、約にも立たないとわかっていて、奪われたりはしなかった。それはありがたい事だった。

孤児院の仲間相手に、疑心暗鬼になりたくないのは誰もが同じだったのだから。

私もそんな皆と一緒に幌馬車に乗っていた。外の景色は前からも後ろからもよく見える。白い石の敷き詰められた道をずっと幌馬車は進んでいる。途中何度も、他の馬車や旅人とすれ違った。止まって休憩するような村も街も集落もない道だった。進んで行く目的地はこれから何日かかる場所なのだろう。疲れた、と小さな声で言う私よりも小さな子の声がしたけれど、なかなか馬車は止まってくれない。

馬車がようやく止まったのは、日暮れ前で、深い森の手前だった。

「一旦休憩だ。用を足したいやつは降りるように」

それは幌馬車を汚さないための渋々の対応だったのだろう。そう言ってきた御者の声はいやいやという感じだった。

確かに、子供が目を離した間に何処かに消えたりしたら、彼らにとって面倒くさい事で、いやいやなのも仕方がない。それでも、幌馬車を排泄物で汚せないから、そういう判断をしたに違いなかった。

そしてきっと御者も、本音を言えば日が暮れる前に森の道を抜けたかったに違いない。

森の道は、夜になれば何がやってくるかわからないのだから。

私は母が話してくれた森の話を思い出した。森にはなんでもいる。怖いものも恐ろしいものも良いものも悪いものも、ありえないものもありえるものも、森には皆揃っている。だから皆、森を怖がるのだと。

そのためあまり幌馬車から遠ざかりたくなかったのだ。でも、用を足したい気持ちが勝って、私は茂みの方に入った。

用を足してほっとして、馬車に戻ろうとした矢先。

「この先の奴隷市場に子供をこんなに連れて行って、御主人様は大儲けだな」

そんな声が聞こえてきたのだ。

私は咄嗟にしゃがみ込んで、息を潜めて言葉の続きを待った。御者の声だった。御者と知らない誰かが話している。

「こんなに大勢を連れて行って、孤児院の方は騒ぎにならないだろうか」

「それは御主人様がしっかりと書類を作っておられるのだから大丈夫だ。出ていった子供達の出ていった理由その他を、法的になんの問題もない形で作ってある。その後の事までは保証できない、というのもな」

「確かに。親が引き取りたと連絡してきて送り届けた、などというごもっともな理由とあとは何だ? 徒弟として引き取りたいという要請があったから指定の場所まで送り届けたと?」

「孤児院の生活に耐えきれなくて逃げ出した、だ。皆ありふれているから誰も疑ったりしない」

「まったく、御主人様も大したものだ。あの孤児院の院長が、賭け事に熱心でぼろ儲けだな」

「はっはっは、違いない。そもそものその負け続けた賭け事の裏に、御主人様の知り合いがいるなんて事も想定外だろうよ」

私は聞いていて心臓がドキドキして、冷や汗をかいている気分だった。

よく意味がわからない言葉をたくさん言っているけれども、一つはっきりしているのは、私達がこの森を抜けた先か、森に隠されているかしている、奴隷市場に連れて行かれるという事だった。

奴隷、というものは故郷の国でも暗黙の了解として存在する身分だった。

奴隷と言うとどんなものを連想するかは人によるけれども、この国では要は、自分を買った相手に借金がある形にされて、借金の返済のために、その借金の分を満たすまでは無給で働く立場というわけだ。

運が良ければ借金を返済できて、自分を買い戻す形になって、晴れて自由の身になるけれども、そんな人間のほうが少ないのも、よくある話だった。

それは、借金の返済のために、主が無茶な命令をしたり、人間扱いしなかったりするからだ。過酷すぎる労働を行わされて、倒れてそのままという話も多い。

「で、子供だからどこがより良い値段で買い求めると思う」

「それは炭鉱や鉱山だろう。狭いところに潜り込める子供を、ああいった場所は重宝する」

私は悲鳴を押し殺した。母に宝石を贈りたいという人に、母がこう告げた事を今ここで思い出したからだ。

「その鉱山では、小さい子供を容赦なくこき使って宝石を採らせると聞きます。私の子供と同じような歳の子が、そんな苦しい思いをする場所で取れた宝石など、私には悪夢のようなものです」

それを聞いた頃は今よりも小さくて、意味なんてまるでわからなかったけれども、少し大きくなったら意味がわかって怖くなった。

そして、借金の方に子供をそういった場所に送り込む大人が一定数いる現実も知ったのだ。

お金がなくて。生活が苦しくて。育てられなくて。連れさらわれて。儲けが欲しくて。

理由は色々でも、そういった運命をたどる子供が、それなりにいる事を、もう私は知ってしまっていた。

幌馬車の中に乗る子供達は、今から奴隷市場に連れて行かれる。そして……鉱山とか炭鉱の持ち主に買われて、陽の光を浴びないような生活を送らされるのだ

と。

逃げなくちゃ。

私の頭に浮かんだのはそんな言葉だった。他の子供達にそれを知らせて、皆逃げなくちゃ。

でも、そうしたら、それを知った私は始末されないだろうか。

そんな事が頭をよぎった。でも、知らせなくちゃ。一人だけ逃げて助かっても、それは正しい道ではないだろう。

週末に、母とおかみさんと旦那さんと、幼馴染と通った神殿の説法を思い出して、私はそう考えたのだ。

苦難が待ち受けていても、正しい道を進みなさい。正しい道かどうかを考えなさい。人間であるのだから。

それが説法の中身だった。はっきり、こうだと理解できる内容ではないとしても、子供が精一杯考えて、正しい道だと思ったのがその判断だったのだ。

私は物音を立てないように走って、幌馬車に戻ろうとしたのだ、これでも。

しかし。

物陰に隠れながら、幌馬車に近づこうとしていた私の動きが止まったのは、幌馬車の周りに、得体のしれない集団が現れたからだった。

彼らはげたげたと笑っている。

「こんなところに子供ばかりの幌馬車だぜ、親分」

彼らは武装していた。それも、法的に許される範囲での武装だった。この国では、ある一定の長さの長剣を所持する身分が決まっていて、その身分以外の人間が長剣を持つと罰せられた。

しかし彼らは、その法律でも問題のない、二の腕ほどの長さの刃物を持っていた。

武器に詳しくないから、私はそれがどれだけ凶悪なものなのかわからなかった。

でも、今、のこのこと近づいてはいけない程度の状況判断は出来たのだ。

「ボロ儲けだな、森の先にある市場で大方売ろうって考えだろうがな、ここのあたりは俺達の縄張りだぜ」

「見回りをして正解っすね、さっさと森を抜けましょうや、親分」

「そうだな。魔物避けのろうそくの灯りがあれば、この森にいる大体の魔物には怯えなくていいからな」

幌馬車の子供達は見知らぬ男達の登場に声も出ない様子だった。

確かにそれはそうだろう。

だって。

「お前達、お前たちの身柄は俺達が預かった。従わないならこうなるぜ」

その集団の親分が投げ捨てたのが、首を失った御者だったのだ。悲鳴が聞こえては来なかったから、一瞬で、声を上げる余裕もなくそうなったのだろう。

子供達は日常の中ではありえない光景に言葉も出ないままだったけれども、うるさくしたり、抵抗したら同じ目に遭うとだけは感じ取った様子だった。

私はそこにと姿を現せなかった。ただ藪に隠れて息を潜めて、じっとしている他、何も行動できなかった。

戦う手段を何一つもっていない、状況をひっくり返せない六歳前後の子供の行動はそれくらいしかなかった。

「安心しろや、目的地につくまではお前達にひどい事はしないぜ。ただ言う事を聞かないと、どうなるかって言ったらあれと同じ未来だってのは覚えておけよ」

そういった親分が首のない御者を指さしてからゲラゲラ笑い、子分たちも同じくらい不吉に笑って、馬車はそのまま森の道を進んでいってしまった。

「……」

難を逃れたというわけだろうか。それとも一層難しい立場になったのだろうか。私は、周りを見回した。夕暮れ時で、周りが何も見えなくなりそうな世界で、たった一人で、森の手前で夜を明かさなくちゃいけない。

「どうしよう」

持ち物はろくにない。一人子供が夜を明かすには、なかなか難しい状況だというのは、間違いない事だった。

私は不安すぎて周りを見回した。何か夜をあかせそうな場所がないかとつい探したのだ。おとぎ話では、森の近くには小さな小屋があったりするから、そんなものがありやしないかと思ってしまったのだ。

王都の、王城から離れた地域で育った私にとって、森は違う世界と言っても良くて、おとぎ話の中の知識だけが、森に対する知識だった。

でもそんなものが都合よく現れるわけがない。私は野宿の経験なんてない。ない物づくしで、手持ちのものは二口だけかじったパン、切れ味のない短剣くらいだ。

「どうしたら……あれ」

私は泣き出しそうになりながら、目をこすった。そしてまじまじとそれを見る。男達が去っていった道ともう一つの道が……薄ぼんやりと光っているのだ。

後から知った知識で言うと、国と国を結ぶ大きな街道は、陽の光を吸収して夜になるとぼんやり光る石が敷き詰められていて、それ以外にも、その土地の領主が自分の考えで、そういった石を購入したり採掘したりして、道に敷く事もあったのだ。

私の目の前に現れた僅かに白く光る道は、そういった道の一つだった。

進む先を選べない。この道を行くか、奴隷市場への道を行くか、それくらいしか進む道がない。もと来た道を戻っても、孤児院のあった街に戻るまでの間に、集落などはまるでない。子供の足で何日かかるかわからない。その間、水を手に入れる事すら難しい。

そもそも、戻っても、孤児院に受け入れられる事はないだろう。また売りに出される可能性のほうが明らかに高かった。そんな未来は選べない。

私はじっと、男達が進まなかった方の道を見つめて、意を決して森の中に歩きだしたのであった。

男たちの進まなかった方に。