作品タイトル不明
森で出会ったのは
私には地理の知識なんてない。でも、目立つ道なら、歩き続ければそれなりに、何処かの町や村に続きそうだという考えはあった。
森の中だから、開拓民と呼ばれる人たちの生活空間があるかもしれなかった。
当時は開拓民なんて言葉は知らなかったけれども、母が寝る前のお話として、森の中にあるありふれた、小さな村の事を教えてくれていたから、森の中には小さな村があるものだと思いこんでいた部分も大きかった。
でも、小さな子供がずっと歩き通しでも、村なんて見つけられなかった。
足は痛くて、疲れて、のどが渇いて、お腹が空いて、泣きたくなりながら私は歩いた。寒くて仕方がなかったけれども、それでもずっと歩いたのだ。
そうしてやっとたどり着いたのは、細い川の流れるほとりだった。
「水……」
私はよろよろとそこに近づいて、手で冷たい水をすくって飲んだ。冬の水だから胃がひっくり返りそうなくらいに冷たかったけれども、飲めた事実が大事だった。本当においしい水だと思ったのだ。
「……ここで寝よう」
ぼそりと呟いた私は疲れ果てていた。そして暗闇で誰も居ないし、頭も何も回らなかったけれども、疲れて疲れてその近くの苔の上に横になった。
目を閉じたらもうあっという間に意識が遠のいて、次に目を覚ましたらお日様がぎりぎり登り始めた明け方になっていた。
「……!!」
目を覚ましてどうなっていたんだろうと思ってから、私は周りを見回して、思い切り目を見開いた。
昨日見ていた川は思っていたより大きかった、それ以上に驚いたのは、その川のすぐ近くに、大柄な人が倒れていたって事だった。
「死んでる……?」
私は素性などしれないその男に近づいた。女の人は上半身裸にならないから、という理由で男だと思ったのだ。ついでにいうと非常にゴツゴツした体をしている人だ。王都ではあまり見かけない風貌に違いない。
その男はまだ若い感じがして、そう、若者ってくらいの年齢に見えた。頬が若干コケている。近づいてわかったけれども、体が呼吸に合わせて上下しているから、生きていた。
「……」
私はその男が自分にとっていいものか悪いものかの判断がつかなかった。つくわけもなかった。そういう人生は経験していなかったから。
ただ、近くに座り込んで、見たことなどない風貌の男を見ながら、懐のパンを引っ張り出したのだ。
昨日もらったパンは明るいところで見ると粗悪なパンで、カッチカチで、パッサパサで、かびていないだけましな代物だったけれども、食べられるから食べ物だった。
それに歯を立てた時だ。
がばっとその男が起き上がったのだ。
そして周りを見回して、腹の部分から、得体のしれない奇妙な音を立てたのだ。
つまりお腹を鳴らしたのである。
「……」
男は近くでパンを齧っていた私をじっと見た。お日様の光くらい眩しい、銀色の瞳の男だ。その目が私の手元のパンをじっと見ている。
私は大急ぎでパンを食べきろうとした。奪われる、と思ったからだった。でも。
「……一欠片でいいんだ、分けてくれねえか」
男がざらざらした声で言うものだから、これに嫌と言ったら力付くで全部取られそうだと言う考えになって、パンを半分にして差し出した。
男はそれを二口で飲み込んで、それから川の水をがぶがぶと飲んで、こっちをまともな顔で見た。
先程までの、野生の腹をすかせた獣、というだろうか、そんな目つきではない、理性のある目つきの顔という意味だ。そもそもまともな男の人の顔の基準など知らなかった。
「ありがとうよ、親切なちびすけ。お前さんにおれの神様の加護がありますように。……で、なんで一人でこんな場所にいるんだ。ここは砂漠に向かう道の一つだぜ」
「……」
私はせっせとパンを食べて飲み込んで、それからこう言った。
「お兄さんに関係ないと思う」
「関係はないな、でも食い物を分けてくれた親切なちっこいのに、悪い事はしたくねえんだ。どこから来たんだ、どこを目指してんだ。親戚を頼ってか? なら頼る親戚のいる村の名前を教えてくれりゃあ、そこまで送るぜ」
「そんなものは居ない」
「いないのになんでこんな場所にいるんだ」
よくわからないガキだな、と顔にでかでかと書いてある男だった。その男が首を傾げると、荒れ放題の炎みたいな髪の毛が、キラキラ光っていて不思議な気分になった。
なんだか知っているような気がする、顔なのだ。どこかで見たような。、誰かに似ているような。
そこまで考えて私は気がついた。
この男、鏡で見る私の顔に似ているんだ、と。
炎みたいな色をした髪の毛も、大きめの口も、なんとなく、自分と共通点がある気がする顔なのだと。
こんな場所で自分に似た顔の、それも男性に出会うなんて想定外だったけれども、私はぽつぽつと身の上を話した。
失踪した母親。面倒を見られない大変な状況に陥った親切なおかみさん達一家。連れて行かれた孤児院で起きた事。孤児院から出された後の事。
喋るうちになんだか悲しくなってきたけれども、ひとしきり覚えている限りの身の上話をすると、男がうんうんと頷いた。
「苦労してんな、ちびすけ。行く宛がねえってのがまた悲惨だな。まあ、行く宛がなけりゃ自分の二つついている足で立って歩いてどうにかするしかねえんだけどな。でもなあ、うーん」
「……この先に村はあるの? そこに私が働けそうなところはある?」
「この先は国境線の関所のあるでかい街だぜ。砂漠の国との国境だ。ちびが働けそうな場所は、ろくでもない場所ばっかりだな。子供相手にいかがわしい行為をする店とかだな。でかい街だと闇が深いぜ」
「どれくらい歩けばつく? 今日歩いたらつく? もう森の中には居たくない」
私はせっかちだった。とにかく、何が出るかわからない森を早く抜けたかったのだ。
パンは今皆食べちゃたし。
私に似た男は私を見下ろして唸ってからこういった。
「ちび、父親の名前は言えるか」
「言えない。聞いた事ないから言えない。死んだって聞いてる」
「そうか。ひとりぼっちか」
この男に優しい気遣いはないらしい。母親が最近居なくなって、さらに頼っていた知り合いも失って、孤児院という面倒を見てもらえた場所も失った私に対して、その言葉は残酷だった。
涙が出てきたけれども、私はそれをこらえた。頑張ってこらえた。
そして思い切り相手を睨みつけた、その時だ。
男がその顔を見て、げらげらと笑い出したのだ。笑うかそこで、と思わないでもないけれど、よっぽどおかしく思えたのか、散々笑って鳥すら逃げ出させたその男は、大きな背中を丸めて私を上から見下ろして、にんまり笑ってこういった。
「その気の強さ、嫌いじゃないぜ。気に入った。そのどっかで見たような面も気に入った。ようしお前、このおれが面倒を見てやる。行くぞちっこいの、今から歩かねえと関所の街すら行けねえからな」
「勝手に決めないでよ」
「じゃあここで永遠にマイゴしてるか?」
なんて言う二択を突きつけてくる男なのだろう。私はぐうと声にならない声を出して呻いた。
それにまた笑った男が、私の手を掴んで歩き出す。
掴まれた手は、びっくりするくらい温かかった。