軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

●第241話●憧れのモデル

ベネディクトとの会談以降、細かい調整事以外やる事が無くなった勇は、これ幸いにと魔法陣の解読と新たな魔法具作りに没頭していた。

もっとも本当は、限定領域の遺跡調査に着手したり新たな遺跡を開拓したりしたかったのだが、王都行きを間近に控えたこの時期にする訳にもいかず、引き籠らざるを得なかった事も理由だが。

「ふぅ~~~、これでおしまい、っと。どうにか解読出来てよかったなぁ……」

「今回はかなり苦戦されてましたね? どうぞ、お茶です」

眉間を揉み込みながら勇がペンを置くと、アンネマリーが声を掛けながらお茶を差し出す。

柔らかな湯気と一緒に香りを楽しむと、勇はゆっくりお茶を口にした。

「ああ、ありがとう。は~~、落ち着く。今回のは、ちょっと今までのとは毛色が違うと言うか、かなりガチガチで固い感じなんだよね、描き方が」

「固い、ですか?」

机の上に置かれた魔法陣の写しに目をやりながら、勇が答える。

四日前から解析作業を始めて、先程ようやくそれが完了したのだ。

「うん。今回手を付けたのは音を集める魔法陣だったんだけど、一切の例外を許さないと言うか緻密と言うか……。なんか研究者の長大な論文を読んでるみたいでさ、参ったよ」

今回勇が解読していたのは、第二世代 魔法巨人(ゴーレム) の耳に相当する部分の魔法陣だ。

第一世代の 魔法巨人(ゴーレム) が喋ることも出来たので、期待して解読を試みたのだが、残念ながら読めないものだったためである。

以前軽く見たところ、周辺の音を集めて魔力パターンに変化しているようだったので、応用が出来そうだと興味を持っていた魔法陣だ。

しかしこの魔法陣が、いざ本格的に解読を始めると、その描き方が非常に独特だったのだ。

「これまでのも誤動作を起こさないよう丁寧に描いてある印象だったけど、こいつはちょっとレベルが違ってた」

例えば、音を扱う魔法具のはずなのに、光や湿度など省略しても問題無いような膨大なパラメーター類についても逐一その数値を確認するような描き方がされていたのだ。

解読早々にそれらのパラメータが出てきたので、重要なものだと思って解読を進めたが、最後まで利用されることの無い死にパラメーターだと分かって多大な疲労感を感じていた所である。

「まぁおかげで、色々なパラメーターがある事が分かったんだけどね」

「それは大変でしたね……。ちなみにこの魔法陣を使って、何を作るつもりなんですか?」

「今回は、まずマイクとスピーカーもどきを作るつもり」

「まいく? すぴーかー?」

「うん。こいつは音を集めてそれを魔力パターンに変換できるんだけど、その手前で音を増幅・減衰する事が出来るんだ。ようは小さな音を大きく出来るし大きな音を小さくすることも出来る」

「音の大きさを変えられるんですね」

「そうそう。似たような道具が元の世界にあってね。音を拾う道具がマイクで、その音を大きくして鳴らすのがスピーカー。広い場所で話す人の声を後ろの方まで届けるのに使われたりしてたんだよね」

音を大きくしたり小さくしたりするのは、正確にはアンプやパワードミキサーだったりするが、その辺りは割愛だ。

「で、それを元に楽器、魔道楽器とでも言えばいいのかな? 最終的にはそれを作るつもりだよ」

「魔道楽器、ですか。以前作られた魔法ピアノのようなものでしょうか?」

「正確にはちょっと原理は違うんだけど、あれも魔道楽器みたいなものだね」

以前作った魔法ピアノは、地球で言う電子楽器に似たアプローチの楽器だった。

音自体をゼロから魔法で合成しているので、電子楽器であるシンセサイザーやキーボードに近い。

対して今回作ろうとしている楽器は、音自体は楽器側で物理的に発生させ、それを魔力に変換、増幅して音を出す。

こちらのアプローチは、電気楽器であるエレキギターなどに近いものだろう。

厳密にはエレキギターは音ではなく音になる前の弦の振動そのものを直接拾っている。

なので、勇の作ろうとしているものは楽器用のマイクに近いのかもしれないが、この魔法陣が拾っているのが空気の振動なのかどうかまでは分からないので、どこまでいっても“っぽい物”だ。

魔法と電気は別物なので、結果が得られさえすればよいというのが勇の考え方である。

そんなこんなで翌日。解読し終えた魔法陣を使って、まずはマイクとアンプ内蔵スピーカーもどきの作成に取り掛かった。

「こんなんで音を集められるとは、俄かには信じがたいのぅ……」

「あはは、そうですよね。私もちょっと疑ってますよ」

出来上がったマイクの試作品を前に、エトと勇が苦笑していた。

目の前にあるのは、長さ十センチの棒が立てられた五センチ四方の板が一枚と四十センチ四方の板が一枚。

そして二枚の板を繋ぐ、幅二センチ、長さ三メートルのきしめん状のケーブルのような物だけである。

「あらためて魔法具って、魔法陣で出来ているんだなぁと痛感しますね」

「そうじゃの」

地球のマイクとスピーカーとは似ても似つかぬ姿に勇が戸惑うのはもちろん、道具っぽさが欠片も無い形状にエトが不信を抱くのも無理はない。

道具と言うのは本来、必然性や効率を高めるために様々に説得力のある形状をしているものなのだ。

しかし魔法陣と言う文字通り魔法の仕組みを使う事で、そうした常識の多くが意味をなさなくなる。

今回も、音を拾う基準が必要なので棒が立ってはいるが、音は魔法陣付近から直接出るため、それ以外はただの板でも何でも良いと言うアバウトさだ。

「ちょっとどの程度増幅されるか分からないので、最初は低めの数値で行きますね」

そう言いながら、勇が大きな板のほうの魔法陣に数字を書き込んでいく。

実験用なので、数値変更機能は実装せず、都度数字を書き換える方式だ。

この音を出す部分については、魔法ピアノの魔法陣を流用している。

魔法巨人(ゴーレム) の魔法陣は、音を魔力に変換した後は魔力パスに渡してしまうため、物理的に音を鳴らす部分が存在しないのだ。

「コイツはこの辺りでいいか?」

「はい、大丈夫です!」

一方エトは、小さい方の板を持って研究所の端の方へと移動していく。

試作機は、小さい板に立てられた棒の周りの音を拾い、それをケーブルを通して大きな板へ伝え、増幅して音を出すと言うシンプルな構造だ。

そのため実験方法も、板を離れたところに置いて動かすだけと言う単純なものだ。

「では喋ってみるぞい?」

「お願いします!」

勇の返答に頷いたエトが魔法具を起動させ、棒の前で小さな声で何事かを呟く。

『オリヒメ、聞こえとるか?』

「うにゃっ!?」

タイムラグ無く大きな板からエトのこえが聞こえ、その横で暇そうに欠伸をしていた織姫が驚き尻尾を膨らませる。

「おおっ! 聞こえましたよ!!」

「そうか!?」

『そうか!?』

「うにゃにゃっ!」

結果を伝える勇に思わず反応したエトの声と、それを拾った魔法具から出力された声がハモり、再び織姫が驚く。

「ごめんごめん姫、驚かせちゃったね。今の数値で小さめの話声ってところかな?」

大きい方の板を前足でたしたしと叩いている織姫を優しく抱き上げた勇が、結果をメモする。

その後も何度か収音側の声の大きさと増幅の数値を変えた実験を繰り返し、INとOUTのレベル調整を行っていく。

一通りの性能が把握できたところで、これも無線で飛ばせないかと試してみたのだが、どうにも上手くいかなかった。

飛ばせる形に上手く変換が出来ないようなので、 魔法巨人の書記(ゴーレムライター) に使っている変換式とはまた別のロジックが必要なようだ。

音声が飛ばせれば、最終的には携帯電話のようなものが作れるだけに残念ではあるが、ひとまず保留しておく。

「よし、これでマイクとスピーカーとして使えることが分かったから、いよいよ楽器だ!」

満足のいくテスト結果が得られたことで、嬉しそうにまた何やら紙に書き始める勇。

「他にも使い道がありそうじゃが、それを楽器に使うとはなぁ……」

「ふふふ、そのあたりがイサムさんらしくて良いじゃないですか」

楽しそうな勇を眺めながら、相変わらずだとエトは小さくため息をつき、アンネマリーは優しい表情で目を細めた。

それから二日後の朝。

「おおっ!! エトさん、相変わらず完璧ですよっ!!」

「そうか? まぁそれほど難しい形ではないからの。こんなもんじゃろ」

エトが持って来た物を手に取った勇が思わず声を上げる。

それは、日本人であればほとんどが“ギター”と答えるであろう見た目をしていた。

「いやぁ、この丸みを帯びたデザイン、やっぱりカッコいいよなぁ」

「そ、そうか。それは良かったの……」

ニスを塗ってあるのか上品に光るギターに頬ずりをする勇を見て、エトの顔が引きつる。

エトが持って来たギターは、丸みを帯びたクラシックなデザインのものだった。

シングルカットデザインと言われる、ネック脇の肩部分を片側だけカットしてある形状だ。

少しギターを齧ったことのある者であれば、アメリカにあるギターメーカーの某有名モデルに似ていると思い至るだろう。

「何か思い入れがあるものなのですか?」

引き気味のエトとは違い、楽しそうな笑顔のアンネマリーが尋ねる。

「前の世界にいた頃、ちょっとこの楽器――ギターを弾いてた頃があったんだけど、このデザインのギターに憧れてたんだよねぇ」

「憧れっちゅうことは、おいそれと手に入らんものだったのか?」

「そうですね。特別なモデルを除けば、普通にお店で売っているものではあったんですけど、とても高価だったんですよ。当時は貧乏な学生だったんで手が出なくて……」

「なるほど、そういう事だったんですね」

高校生の時分にギターを始めた勇にとって、この有名モデルは高根の花だった。

いつか欲しいと思いつつも、大学で就職活動を始める頃にはギターもほとんど弾かなくなってしまったので、結局手に入れずに今に至っている。

せっかく作るのならと、そのデザインによく似たものをエトにオーダーしていたのだ。

「ありがとうございます、エトさん。まさか異世界でこれを手にするとは思いませんでしたよ。しかも自分たちでゼロから作るとか」

「はっはっは、そりゃよかった」

「さーて、じゃあ張り切って仕上げていきますか。まずは弦を張らないと」

「ほれ、髭も持って来てやったぞ」

「おおっ、ありがとうございます!!」

礼を言い、勇はエトから受け取った袋から、細長いひも状の束を取り出して目の前に広げた。

この世界の弦楽器にも使われることがあるという、キラークズリという魔物の髭だ。

巨大なイタチのような見た目の魔物で、細長い髭がたくさん生えているらしい。

以前ワイヤーの替わりになるものが無いか、冒険者ギルドのロッペンに聞いた時に候補に挙がった物の一つだ。

金属っぽい質感で丈夫そうだったのだが、細すぎたため結局ワイヤーとして使う事は無かった。

今回ギターの弦に良さそうだと思い出して、あらためてオーダーしていたのである。

「うん、思った通り色んな太さがあるぞ」

髭を一本一本を手に取って詳しく調べていた勇が、何度か小さく頷く。

一見同じような髭であるが、比べてみるとその長さや太さが異なる事に気が付く。

長いものは二メートル程、短いものは一メートル少々といったところで、太さもかなりの種類がある。

そんな髭を、勇は太さごとに分けていく。

一般的なギターは弦の数が六本で、全て太さが異なる。

別に勇がこれから作る魔道ギターが、それと同じである必要性は無いのだが、自身が弾けない物を作ってもつまらないので、まずは地球仕様に出来るだけ近付ける事を目指す。

なのでまずはそれを再現できるだけのバリエーションが、この髭にあるのか調べなければならない。

ただ勇には、獣の髭と聞いてある程度は大丈夫だろうと言う確信めいたものがあった。

猫の髭もそうなのだが、動物の髭は種類ごとに生える位置がほぼ決まっていて、その太さや長さも場所ごとにおおよそ決まっている。

当然身体の大小もあるので個体差はあるが、同じ種類の生き物の髭であれば、バリエーションはありつつもある程度の範囲に収まる事が多い。

それにキラークズリの髭は、既にこの世界の楽器にも使われているという実績まであるのだから、なおの事である。

「よしよし、これならいけそうだな」

果たして目論見通り、十数段階の太さに髭を分けることに成功する。あとは本体に弦を張り、チューニングをしていくだけだ。

本体側にある穴に弦を入れてピンで固定し、有名モデルと同じようにヘッドの左右に三対ずつ設けられたペグの一つに巻きつけていく。

ギターの弦と弦の間の音程は、基本的には同じ音程差が付いており、三弦と二弦の間だけ少し差が小さい。

それを意識して、弦を張って軽く音を鳴らしては音の高さを確認するという地道な作業を繰り返していく。

しかし、チューナーも無く自分の耳だけを頼りに調整をするのは、想定以上に手間がかかる作業で、午前中いっぱいかけても目途は立っていなかった。

しかしそこに、思わぬ救世主が登場する。

「くあ~~~、これは中々骨が折れるなぁ……」

「残念! 先生、今のはそれじゃなくてこっちの音でした~~」

「うにゃ!?」

「ん?」

一区切りつけようと伸びをした勇の耳に、警護のため研究室に詰めているマルセラと、とうの昔に飽きてそのマルセラと遊んでいる織姫の声が聞こえてきた。

「マルセラさん、何をやっているんですか?」

「ああ、イサム様お疲れ様です。イサム様が鳴らしているぎたー、でしたっけ? それの音と同じ高さの音がどれかを当てる遊びを、先生としていたんですよ」

そう言いながら、マルセラが魔法ピアノの鍵盤を押す。

「さっきイサム様が鳴らしていたのは、この七番目の音でしたね」

「え? マルセラさん、これがどの高さの音か分かるんですか!?」

マルセラがなんでも無い事のように言った台詞に、勇が驚愕する。

「はい。昔から耳が良かったんですかねー。色んな音が、どの音と同じ高さの音なのか、何となく分かるんですよねー」

あははー、と笑いながらマルセラが答える。

「…………マルセラさん、じゃあこの音は?」

そう言いながら先程とは違う弦を弾きながら、勇が尋ねる。

「んーー、コレですね」

マルセラは一瞬だけ考えてから、先程押した鍵盤より一音高い鍵盤を押した。

「すごいっ!! マルセラさんは絶対音感を持ってたんですね!!!」

「うわわわっ! ぜ、ぜったいおんかんですか??」

興奮してにじり寄る勇に驚きつつマルセラが聞き返す。

「ええ。偶にいるんですよ、全ての音の高さを正確に判別する事が出来る人が!」

そう、マルセラはまさかの絶対音感の持ち主だった。

訓練でも身に付くとは言われているものの、生まれつき持っている人は二十万人に一人と言われる絶対音感を、マルセラが持っていたのは僥倖だろう。

そんなマルセラのおかげでチューニング作業は一気に進展。

その日の夕方前には、ギターの六つの弦の選定はもちろん、百本以上あったキラークズリの髭全ての音程調査が完了した。